玩具おもちゃ)” の例文
けれども青いほろを張った、玩具おもちゃよりもわずかに大きい馬車が小刻みにことこと歩いているのは幼目にもハイカラに見えたものである。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
勿論もちろん、一種の玩具おもちゃに過ぎないのであるが、なにしろ西郷というのが呼び物で、大繁昌であった。私などは母にせがんで幾度も買った。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
などと思うと、欲しい玩具おもちゃを買ってもらえない子供のようにかりんの茶卓の上に、ほろりと涙を落してはそれを指の先で潰していた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
玩具おもちゃといっても、木の幹を小刀ナイフ一本でけずって、どうやら舟の形に似せたもので、土人の細工さいく物のように不器用な、小さな独木舟まるきぶねだった。
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
広栄はななめにぴょいぴょいと往って長櫃のうえへ眼をやった。そこには小さな玩具おもちゃのような三寸位の富士形をした微白ほのじろい物があった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
玩具おもちゃ箱をひっくり返したような公園の中には、樹とおんなじように埃をかぶった人間が、あっちにもこっちにもうろうろしている。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
みんなのくれた玩具おもちゃも足や頭の所へ押し込んだ。最後に南無阿弥陀仏の短冊たんざくを雪のように振りかけた上へふたをして、白綸子しろりんずおいをした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
見て行く中に、印度インドのコブラ(錦蛇にしきへびあるいは眼鏡蛇めがねへび)の玩具おもちゃがあったが、その構造が、上州の伊香保いかほで売っている蛇の玩具と同じである。
ここでフランシス・スワン夫人は玩具おもちゃにしていた角砂糖と薔薇のサンドウィッチを口へ入れようとした。私が心配して注意した。
踊る地平線:09 Mrs.7 and Mr.23 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
彼は玩具おもちゃの包みを炬燵こたつの上へ置くと、自分も母や姉のように蒲団ふとんの中へ足を入れた。母は包みを解いて中からセルロイドの人形を出した。
御身 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「信子さん、私はあなたに云って置きます。もう私はあなたの玩具おもちゃにはなりたくありません。あなたを凡て所有するか凡て失うかです。」
二つの途 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「じゃあ何だって、友達を素っ裸にして、病人に薬もやらないで、おまけに未だ其上見ず知らずの男にあの女を玩具おもちゃにさすんだ」
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
にんじんは道ばたで、煙突掃除えんとつそうじのように黒い一匹の土竜もぐらを見つける。いいかげん玩具おもちゃにしたあげく、そいつを殺そうと決心する。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
しかも映画館を一つ作ることを私は命じておきました、と少年はまるで玩具おもちゃの人形でも拵え上げるように、いとも軽々と口に出している。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「だから頼むのだ、玩具おもちゃのサーベルならば、怪我をしても知れたものだけれど、刀によっては、血を見なければ納まらぬ刀があるからな」
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
今から思たら自分がそんな体やさかいそないな事で満足してたのんで、つまりいうたら恋愛の仮面かぶって人玩具おもちゃにしてたのんや。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
木地細工の盆や、茶たくや、こまや、玩具おもちゃなどを並べている。其の隣りには、果物店くだものみせがあった。また絵はがきをも売っている。
渋温泉の秋 (新字新仮名) / 小川未明(著)
子供が玩具おもちゃでも楽しむように、眼鏡の奥で眼を細くして笑いながら、手をうしろへ廻して、ポンポンと背嚢ルックザックをたたいて見せた。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
八五郎に別れて大滝へ引返した平次、その辺をくまなく捜しましたが、大八車はおろか、玩具おもちゃの風車もそこにはなかったのです。
次郎は、授業が終ると、きっと四五人の仲間と大工小屋にやって来て、仕事の運びを眺めたり木屑を玩具おもちゃにして遊んだりした。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
玩具おもちゃの兵隊!」とだれかが声をかけた。かれはそれを聞いてあしを固くつっぱって歩くまねをしたので群集はどっとわらった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
表紙は浅黄色あさぎいろで、まん中にアンデルセンの首があって、そのまわりに天使や動物や花や玩具おもちゃの絵が一ぱい描いてありました。
わが師への書 (新字新仮名) / 小山清(著)
ついには玩具おもちゃ箱から赤鬼のお面を取り出してそれをかぶって読みつづけた事があったけれど、あの時の気持と実に似ている。
鉄面皮 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「遊ぶすべなど知らんでもよい。わしの代りにここへ坐って、ひなの客になっておればよいのだ。女童めわらべたちの玩具おもちゃになって神妙にしておればすむ」
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と私が言ったので、家内や妹は棺の周囲へ集って、毛糸の巾着の外に、帽子、玩具おもちゃ、それから五月の花のたぐいで、死んだ子供のからを飾った。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
珍しい玩具おもちゃも五日十日とたつうちには投げ出されたまま顧みられなくなるように、最初のうちこそ「坊ちゃん坊ちゃん」とはやし立てた子供も
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
どんなに苦しんだか知れません——一度はあのブルキ細工の蝶の玩具おもちゃを買って来て、自分を馴らそうとしたんですけど、それでも駄目なんです。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
「持論を出したよ。声を玩具おもちゃにする謡曲うたいや長唄はまだ罪が軽いけれど、金を玩具にする道楽は罰当りだ。禄なことはない」
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
朝靄あさもやを、微風びふういて、さざら波のたった海面、くすんだ緑色の島々、玩具おもちゃのような白帆しらほ伝馬船てんません、久しりにみる故国日本の姿は綺麗きれいだった。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
莫迦ばかを云え!」と梟帥たけるは云った。「それはお前達の芸術だ。お前達だけの芸術だ。そんな芸術はすぐに亡びる。そんな芸術は玩具おもちゃに過ぎない。 ...
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その一例を言えば、玩具おもちゃの「起き上り小法師こぼし」を材料は手前持ちで千個作って、得る所の賃銀はわずかに壱円二十銭です。
婦人指導者への抗議 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
「またみんなを玩具おもちゃにするのかい」と小母さんが笑う。この細工は床屋の寅吉に泣きついてさせたのだという。章坊は
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
そこへ杉田二等水兵がぬっと入ってきたものだから、一同はびっくりして、玩具おもちゃの人形のように椅子からとびあがった。
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その中の白いなみがしらもまるで玩具おもちゃのように小さくちらちらするようになり、さっきの島などはまるで一つぶ緑柱石りょくちゅうせきのように見えて来るころは
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「いやだよ。勝手なことをいうもんじゃあないよ。さんざん人を玩具おもちゃにしておいて、きっとこの仕返しをするから——」
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その前年から徐々そろそろ攘夷説がおこなわれると云う世の中になって来て、亜米利加アメリカに逗留中、艦長が玩具おもちゃ半分はんぶん蝙蝠傘かわほりがさを一本かった。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
祖父もその根本にやって来て、パイプを吹かしながらすわった。そして子供たちには、木の実が弾丸や玩具おもちゃとなった。
でも、それだったら、ぼくたちはまるでデパートの玩具おもちゃ売場にならんだ無数の玩具の兵隊と同じじゃないか。無数の、規格品の操り人形といっしょだ。
お守り (新字新仮名) / 山川方夫(著)
あますところの問題はわたくしが思量の小児にいかなる玩具おもちゃを授けているかというにある。ここにその玩具を検してみようか。わたくしは書を読んでいる。
なかじきり (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その玩具おもちゃのような可愛い汽車は、落葉樹の林や、谷間の見える山峡やまかいやを、うねうねと曲りながら走って行った。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
「うん、地震でもないのに、この大建築を玩具おもちゃのように揺り動かすなんて、九十郎の不思議な力は底知れないと思うよ。だが、奈落とはよく云ったものさ」
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ふなばたあい萌黄もえぎの翼で、かしらにも尾にもべにを塗った、鷁首げきしゅの船の屋形造。玩具おもちゃのようだが四五人は乗れるであろう。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二度も三度もしとを玩具おもちゃにしといて只で済ませるつもりかい、しょってるよこのしと、ふざけるんじゃないよ。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
多い小僧の中には面白半分にそこへ行く奴もある。またうまい物をくれるとか玩具おもちゃをくれるとかお金をくれるからというて慾得よくとくから好んで行く小僧もある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
空の雲々が銀碧色ぎんぺきいろにかがやき出した。小鳥等は玩具おもちゃのような庭の木々の中でペチャクチャとさえずり合った。
……サイレンは鳴ったのだろうか。荷車がいくつも街中を動いている。街はずれの青田には玩具おもちゃの汽車がのろのろ走っている。……静かな街よ、さようなら。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
玩具おもちゃを面白がって集める成人が多くなった割には、古いことがまだ一向わかっておらぬが、近年ブリキ・セルロイドが目まぐるしく新を競うようになるまでは
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
今私の手元に残るものとては白木の御霊代に書かれた其名と夕べ夕べに被われた夜のものと小さい着物と少しばかり——それもこわれかかった玩具おもちゃばかりである。
悲しめる心 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
わたしどもの裏庭の奥に住んでいる三太太サンタイタイは、夏のうち一対の白兎を買取り、彼の子供等の玩具おもちゃにした。
兎と猫 (新字新仮名) / 魯迅(著)
世間で一升ますに雄雌這入はいるのが好いとか、足が短くて羽をくのが好いとかいうのは、これは玩具おもちゃで、いわば不具同様、こんなのは矮鶏であって、矮鶏ではない。