“滓(かす)” の例文
吾輩が臓腑(はらわた)のドン底の屁(へ)ッ滓(かす)の出るところまで饒舌(しゃべ)り尽してしまっても、わかったのか、わからないのかマルッキリ見当が付かない。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
例えば、モリエールの作品は、読んで了った後に人生の滓(かす)が残る。「ユーモア小説」は読後に何んにも残らなくてこそいいのである。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
腦髓は煑沸し盡し唯僅かに頭蓋の底部に檸檬(れもん)大ほどの小さな滓(かす)の塊が殘つてゐた。それはカリ/\になつてゐて觸れるとまだ温かつた。
無法な火葬 (旧字旧仮名) / 小泉八雲(著)
壁には油絵や、金縁の写真などが懸けられ、床には家具やピヤノが置いてあって、暖炉棚の下からは、燃え滓(かす)や煤(すす)の臭(にお)いがぷんと来た。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
焚木(たきぎ)としてこれほどのものはなかろう。烈々(れつれつ)として燃え滓(かす)ひとつ残らないという。河畔(かはん)の貧しい生活者にもこうした天与の恩恵はある。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
日によって庭にはどうかすると、砲兵工廠から来る煙が漲(みなぎ)り込んで、石炭滓(かす)が寒い風に吹き寄せられて縁の板敷きに舞っていた。
黴 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
鼻の孔から嗅煙草の滓(かす)が、まるで濃い珈琲の雫(しず)くみたいに甚だ不体裁に、にょろりと覗いたことも、また部屋着の前がはだけて
山形県の東田川郡でも、米や蕎麦(そば)の粉の篩の滓(かす)がサナゴ(土の香一六巻三号)、上総の一宮(いちのみや)辺でも豆の粉を挽いた残りの滓がサナゴである。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
飲んでしまうと、茶碗の底に滓(かす)が沢山淀(よど)んでいる。木村は茶を飲んでしまうと、相変らずゆっくり構えて、絶間なくこつこつと為事(しごと)をする。
あそび (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その滓(かす)までも絞り抜いてでもしまいそうな、おそらく現実の醜さとして、それが極端であろうと思われるものがそこにあった。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
全く思いがけないもので何だかわたくしの身体に融け入って来る和(なご)やかなものがありながら、それはもう父の茹(ゆで)り枯しの滓(かす)で
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「よく噛んで、よい質は胃に摂(と)り入れ、滓(かす)は吐き出してしまうことだ。それを四民が心得ておりさえすれば、何を舶載しようと仔細はない」
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私とその淵との間に在るのは、たゞ、私の自尊心の殘り滓(かす)だけでした。世間の眼にはきつと私は、恐ろしい恥辱を蒙つてゐると見えたでせう。
というよりも、ほろびゆく江戸の滓(かす)でそれがあったのかも知れない。私はただ忠実に、私の幼少な眼にうつった町の人を記して見るにすぎない。
眠元朗は心で、全くそれにちがいない、おれは娘を人にわたすことができない、と、呟いて見たが、なぜかいまわしい感じが滓(かす)のように残った。
みずうみ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「理由は簡単(てみじか)です、あの人が大学の総長だつたからです。」商人(あきんど)は口に入れてゐた噛(しが)み護謨(ごむ)の滓(かす)をペツと床に吐き出した。
で、申しますには「此器(これ)はごく清浄(しょうじょう)です。夜前あなたが喫(あが)ったのですから」と言ってバタ滓(かす)の茶碗の縁に付いてあるのをそのまま侑(すす)めるのです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
そしてこの浅ましい行為によってお前は本当の人間の生活を阻害し、生命のない生活の残り滓(かす)を、いやが上に人生の路上に塵芥(じんかい)として積み上げるのだ。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
父さんも、大たい似たようなことを考えてはいたが、どこかにまだ滓(かす)みたようなものがこびりついていたようだ。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
あなたの妹さんに関する物語も、すっかり滓(かす)も残らないほどおさらいしてしまった。で、妻(さい)はもう三日も家にくすぶっていなけりゃならなかったんです。
それで急いで袋を縦に切り開いて見ると、はたして袋の底に滓(かす)のようになった簔虫の遺骸(いがい)の片々が残っていた。
簔虫と蜘蛛 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
されど此間我胸中には、猶少しの寺院教育の滓(かす)殘り居たれば、我も何となく自ら安(やすん)ぜざる如き思をなすことありき。我はをり/\此滓のために戒(いまし)められき。
労働者は夜それを見つめて、一日のうちに自分の身にこびりついた滓(かす)と土臭さからわが思いを清めるのである。
「いや、——濟まないが寅松親分に頼まう。殘つた煎藥と、それから昨夜呑んだ煎じ滓(かす)と鍋と、湯呑と——」
無暗に窓から乗り出す所為(せい)だろうか、それとも石炭の燃え滓(かす)という奴は特に子供の目が好きなのだろうか?
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
だし汁を取るとき、煮だした鶏骨に僅かにしがみついてゐる肉滓(かす)に似て、それよりも無味である。恰も、誤つて汁のなかへ混入した木片を噛(か)むやうなものであつた。
たぬき汁 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
終日そこで煮られていた人間の蒸煮肉(シチュー)の最後の滓(かす)が濾し取られている時に、マネット医師と、その娘のリューシー・マネットと、被告人の弁護の依頼者のロリー氏と
また、さうした人生の滓(かす)が体と心とに一杯につまつてゐるがために、其書くものがいつも生々躍動の趣を失つて、常に抽象的になつて行くのであるといふことが出来る。
作者の言葉 (新字旧仮名) / 田山花袋、田山録弥(著)
咽(のど)が渇くと栗番小屋の側の梨畑から採って来た梨を、皮も脱(む)かずに、滓(かす)ぐるみ呑み込んでしまう。そしてまた地上にごろりと寝そべって木の間から漏れる雲間を眺める。
この電気を起した残り滓(かす)の水は、年中水位の変らぬ河となっているので、ロスアンゼルスへ水道をひいたのと同じように、イムピリアル平原にも灌漑水をひくことに成功した。
アメリカの沙漠 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
一寸(ちよつと)話題(わだい)には成(な)らうと思(おも)ふ、武生(たけふ)から其(そ)の道程(みちのり)、實(じつ)に二十七里(にじふしちり)である。——深川(ふかがは)の俥(くるま)は永代(えいたい)を越(こ)さないのを他(た)に見得(みえ)にする……と云(い)つたもので、上澄(うはずみ)のいゝ處(ところ)を吸(す)つて滓(かす)を讓(ゆづ)る。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
心持はしーんとしてしまって滓(かす)のないような工合だし、着物はすっかり新調して上げてしまってあるし、お金のことまで打ち合わせたりしてあったし、いやに準備ととのっている。
転身の彼が、新しい熱意と、より高い希望で、滓(かす)のような思い出の多かった代田町一三八番地のその家を越したのは、もうギブスもとれ、痛みもすっかり去った夏のはじめだった。
風 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
灯火のしんに滓(かす)がたまれば誰か来る。油と灯心とが入っている浅い皿は、別の皿によって支えられるのだが、滓を下方の皿に入れることが出来れば、来訪者は贈物を持って来る*。
さう言つて了つて口を噤むと、何がなしに焦々した不愉快な氣持が滓(かす)の樣に殘る。恰度何か拙い物を食つた後の樣だ。そして其の後では、もう如何な話も何時もの樣に興を引かない。
硝子窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
楽しみをした滓(かす)だから何の惜気もない——といって神尾主膳を煙(けむ)に捲きました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そのとき人がになわせられるものは、苦難や疲れた経験や裏切られた知能と愛情など、過去の大なる重荷である——古来の生活の大桶(おけ)である。桶の底には、倦怠(けんたい)の苛辣(からつ)な滓(かす)がたまっている……。
現実が幻滅というにがい滓(かす)を伴わずに、私の偉大な予感に溶け込んでしまうような、そういう解放された生活のことを夢想するだけならね。水平線なんぞなくなってしまった生活のことをですね。
幻滅 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
いつも紅茶の滓(かす)が溜っているピクニック用の湯沸器。帙(ちつ)と離ればなれに転(ころが)っている本の類。紙切れ。そしてそんなものを押しわけて敷かれている蒲団。喬はそんななかで青鷺(あおさぎ)のように昼は寝ていた。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
それにしてもそれは彼自身の愚かな気持の滓(かす)であって、事を暴露する爪の垢(あか)ほどのききめにもならないことは、考え惑うことが子供じみているだけに、聞く人にとっては実につまらないことであった。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
煙のようになくなって、たゞ苦い苦い憎悪(ぞうお)の滓(かす)丈が、残っていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
午飯、卯(う)の花鮓(はなずし)。豆腐滓(かす)に魚肉をすりまぜたるなりとぞ。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
脆(もろ)き廃物……薄き滓(かす)……
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
そいつは滓(かす)だ
ある日 (新字新仮名) / 陀田勘助(著)
湯葉を竹にかける時、竹につく滓(かす)の厚く、固くなって、竹のかたのついた奴である。私が、骨屋町へ無くなると買いに行った。
死までを語る (新字新仮名) / 直木三十五(著)
駱駝(らくだ)の脚の下にむなしく砂が踏まれていると思うような日が幾日も続いた。太陽だけが日に一つずつ空に燃えて滓(かす)になった。
百喩経 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
津島はさく子に移されて行つた不快が、まだ滓(かす)のやうに腹に残つてゐたので、さうしたさく子の調子が、忽(たちま)ち逆上性の神経を苛立(いらだ)たせてしまつた。
風呂桶 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
その麹の中へ水を汲み込みそれをよく攪ぜて置き、そうしてその上澄(うわずみ)からだんだん汲んで行くもあれば、またその滓(かす)を絞り取って汁だけ売るのもある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
おまけに蝋燭の滓(かす)が一面にこびりついた、粗末ながらくた同様の銅の燭台が置いてあっても、主人をはじめ、主婦も、召使たちも、一向それを異としない。
この特権を捨てて、そのあとに残されるものは、捨てるにさえ値しない枯れさびれた残り滓(かす)のみではないか。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)