有頂天うちょうてん)” の例文
有頂天うちょうてん溺楽できらくのあとに襲って来るさびしいとも、悲しいとも、はかないとも形容のできないその空虚さは何よりも葉子につらかった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
如何に天才でも非凡人でもこう易々やすやすとトントン拍子に成上ると勢い矜驕きょうきょうとなり有頂天うちょうてんとなるは人間の免かるべからざる弱点である。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
奏する人をいよいよ有頂天うちょうてんにならせると共に、さしもの聞き手を、ようやく陶酔と恍惚こうこつの境に入れようこと不思議と言わんばかりです。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
キッコはまるで有頂天うちょうてんになってだれがどこで何をしているか先生がいま何をっているかもまるっきりわからないという風でした。
みじかい木ぺん (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
荘田勝平が、一方の手紙を読んで、有頂天うちょうてんになったと同じに、直也は他の一方の手紙を読んで、奈落ならくに突落されたように思った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ところで、有頂天うちょうてんの蛾次郎が、いま、なんの気なしに林の中をおどってくると、なんだか、ぬらりとしたものがはなの頭をなでたのである。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
近頃は有頂天うちょうてん山名宗三やまなそうぞうであった。何とも云えぬ暖かい、柔かい、薔薇色ばらいろの、そしてかおりのいい空気が、彼の身辺を包んでいた。
接吻 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
人間にんげん死体したいよりさきに、金魚きんぎょんだことをにした平松刑事ひらまつけいじは、有頂天うちょうてんになつてよろこんで、そのしょ早帰はやがえりしてしまつた。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
このてんまつは、警察署の前で張番をしていたあやしい自動車修繕工の目にも分かりすぎるほど映り、すっかり彼を有頂天うちょうてんにしてしまった。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこへゆくと歌のすきなマスノは、きりきりいをするような苦労をした。ただ歌いたいために有頂天うちょうてんになり、親にそむいて幾度いくどか家出をした。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
つつっぽのそでに鼻をつけると、こんの匂いがぷんぷん鼻の穴にはいってきて、気取り屋の豹一にはうれしい晴着だったが、さすがに有頂天うちょうてんになれなかった。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
そこにはワグナーの征服的な有頂天うちょうてんさも、フランクの理知的な要素も、ロマン派の作曲者達の芝居しばいじみた情熱もない。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
途中から実家へ帰ることを許されたとのしらせが、すでにきのうの朝、伊吹屋一家を、有頂天うちょうてんにさせていたのだった。
彼は、たちまちこのあばらやの新生活に有頂天うちょうてんだったのである。そしてしきりに生命とか、人類の運命とか、神とか愛とかいうことを考えようとした。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
あまり有頂天うちょうてんになると、幸福ににげられるという気がしたからであった。なにしろ、あいては太郎左衛門なのだから、にうけることはできないはずだ。
(新字新仮名) / 新美南吉(著)
和歌をさかなに飲んだのが思いの外いて来て、可なり正体がなくなっていたから、ひとしお執拗しつッこく掻き口説くどいたり、甘っ垂れたり、有頂天うちょうてんになったりした。
人に知られぬその相談の結果は、四人の青年が四人の若い女を招いて、次の日曜に催した有頂天うちょうてんな遊楽となった。
わたしはどんなにこの見物を興奮こうふんさせ、かれらを有頂天うちょうてんにさせようとねがっていたことだろう……けれども見物席けんぶつせきはがらがらだったし、その少ない見物すら
「野郎逃がしてなるか。」有頂天うちょうてんになった提灯屋亥之吉が、なおも強く佐平爺の腕を押えようとすると
我々はこのような、物珍しくも古めかしく且つ美しい趣を見て、殆ど有頂天うちょうてんになった——我国の家屋にあっては決して見られぬ、然し取り入れてもよい趣味である。
「そうら、わしの言わんこっちゃないて」とフョードル・パーヴロヴィッチは有頂天うちょうてんになって叫んだ。
そして最後の突然蛇のような目を持った密偵者の襲撃が一座の有頂天うちょうてんを破った時「おお長老様。早く早くおのがれになって!」と叫んで、そのひざもとに身を投げた時のモニカと
赤裸せきらな人間の愛の真実の前に、他の一切を忘れて有頂天うちょうてんになったとしても無理もなく、論理的の立場から見ても、その結婚が全然第三者の意志によって強制されたものであるから
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
顔に当る薄暮はくぼの風、足の下におどるトロッコの動揺、——良平はほとん有頂天うちょうてんになった。
トロッコ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そんな家に大きくなった杉本は、時たまの弁当に有頂天うちょうてんのよろこびを語るこの子供が、ひりひりと胸にひびいてきた。今になって杉本は、この低能組の受持に恰好した自分を発見した。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
かえってその全部が高く揚れば揚る程取り残された部分の肉体や精神が鉛のように片側に重く残る意識が強くなって、しきりに反省をいる。全くわれを忘れた有頂天うちょうてんにさして呉れない。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
つい三原山へ行きたくなりまた反対に有頂天うちょうてんになったりする、そういう場合に
五月の唯物観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼は言葉を途切らし、息苦しそうなふうを装い、騒々しく鼻をかんだ。そして子供が、待遠しさのあまり息詰った声で、「それから、お祖父じいさん、」と尋ねると、彼の心は有頂天うちょうてんになった。
上方米を廻漕かいそうし、やがて、長崎屋と一戦を、開始することにもなろうと言うことを、ハッキリと聴いたので、一種、異様な満足を覚え、なおもとくと、この大商人の有頂天うちょうてんなありさまを見聞し
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
りにつれていってくれるといったので、正吉しょうきちは、もう有頂天うちょうてんでした。
眼鏡 (新字新仮名) / 小川未明(著)
爺さんはもう有頂天うちょうてんになって、その宝物を取りに出かけました。
天狗の鼻 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
あの人たちをとくに有頂天うちょうてんにすることでしょう。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
有頂天うちょうてん
顎十郎捕物帳:16 菊香水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
この辺で、名古屋で大持てのために有頂天うちょうてんになった頭の上へ、したたかに冷水をあびせられた道庵先生の近況にうつりましょう。
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
恩田はもう有頂天うちょうてんになって、しゃべりちらした。目的物を獲得かくとくしたうれしさと、獲得の手段のすばらしさに夢中になっていた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
知らず知らず自分で選び取った道の行く手に目もくらむような未来が見えたと有頂天うちょうてんになった絵島丸の上の出来事以来一年もたたないうちに
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
と、公卿ばらは、有頂天うちょうてんになって、乾杯のどよめきをあげ、そして、足もとの不穏には、おおむねたかをくくっていた。
有頂天うちょうてんになって、“人造人間戦車”の設計図を押しいただいて、三拝九拝しているのは、珍らしや醤買石しょうかいせきであった。
今朝けさも早くから飛出して今まで社に詰めていた。結局はマダ解らんが、電報が来る度毎たんびに勝利の獲物が次第にえるから愉快でたまらん。社では小使給仕までが有頂天うちょうてんだ。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
コゼットの方は人形を持ってることに有頂天うちょうてんになって、もう何にも見も聞きもしなかった。
「待たれい、丹下! なるほど坤竜丸を何者かに盗み去られしは拙者の不覚。なれど、そういう貴公もあまり有頂天うちょうてんにはなれぬぞ。さ、この大刀におぼえがあるかどうだッ?」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
寺田ははじめのうち有頂天うちょうてんになって、来た、来た! と飛び上り、まさかと思って諦めていた時など、思わず万歳と叫ぶくらいだったが、もう第八競走レースまでに五つも単勝を取ってしまうと
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
本願寺の生菩薩いきぼさつさまが来られるときいて有頂天うちょうてんになり、座ぶとんはそろえて、緞子どんす、夜具類はちりめん、ふすまをはりかえさせ、調度は何もかも新しく、善つくし、美を尽さねばならぬときめた。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
おせんの桜湯さくらゆむよりも、帯紐おびひもいたたまはだたかァござんせんかとの、おもいがけないはなしいて、あとはまったく有頂天うちょうてん、どこだどこだとたずねるまでもなく、二れいと着ていた羽織はおりわたして
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
その有頂天うちょうてんぶりといったら、自分ひとりが今日の主催者ででもあるような気取りで、はしゃぎ廻って、愛嬌あいきょうを振りまいている。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「しかし、三島あたりの町沙汰でも、義貞はじめ、官軍の公卿大将ばら、みな勝ちに酔って、はや凱旋凱歌がいせんがいか有頂天うちょうてんとあるのは事実にござりまする」
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
所詮しょせん彼は「夢見る男」でありました。一生涯、そうして、夢の中では有頂天うちょうてんの美に酔いながら、現実の世界では、何というみじめな対照でありましょう。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
妹はそんな浅みに来ても若者におぶさりかかっていました。私は有頂天うちょうてんになってそこまで飛んで行きました。
溺れかけた兄妹 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それから三日して、旗男のところには二つの大きな快報が舞いこんで、彼を有頂天うちょうてんにさせた。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
上下有頂天うちょうてんとなって西欧文化を高調した時、この潮流にさおさして極端に西洋臭い言文一致の文体をはじめたのがたちまち人気を沸騰して、一躍文壇の大立者おおだてものとなったのは山田美妙斎やまだびみょうさいであった。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)