昏倒こんとう)” の例文
大川氏はこの悲劇のため一時まったく昏倒こんとうしたくらいで、ほとんど気抜けの態であるが、係員の質問に対しては割合明かに答えている。
黄昏の告白 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
述作じゅっさくの際非常に頭を使う結果として、しまいには天をあおいで昏倒こんとう多時にわたる事があるので、奥さんが大変心配したという話も聞いた。
これらの話を、だまって聞いていた私は、悲痛と、懺愧ざんきと、自責と、悔恨かいこんとのために、いくたび昏倒こんとうしかかったか知れなかった。
秘密 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
もう意識を失いかけて、昏倒こんとうしていた傷負ておいの若い浪人は、兵庫のことばと、手燭の明りに、又びくびくと全身の肉を痙攣ふるわせて
夕顔の門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
折々昏倒こんとうしかかるその上に持病のリューマチのために急に足部が痛み出してほとんど進行することが出来なくなって来ました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
ビルディングの通勤者は大半退出したあとなのだから、昏倒こんとうした者を運んでいくくらいのことはなんでもないと思いますね。
五階の窓:03 合作の三 (新字新仮名) / 森下雨村(著)
そしてそのあいだの、百マイルの道に精も根もつき、やっと辿たどりついて昏倒こんとうしたところを残忍な蟻どもに喰われたのだろう。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
例の箱型自動車十三号の中で僕は電灯のスイッチをひねると共に昏倒こんとうしたことを、このときになって思い出したのだった。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
瓶を持って妻の傍まで戻って来た時、突然、彼は瓶を手から落し、「頭が! 頭が!」と言いながら其の場に昏倒こんとうした。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ひややかなまま母、思いやりのない夫、家の人びとのあまりにすげなきしぶりを気づいては、お政は心中しんちゅう惑乱わくらんしてほとんど昏倒こんとうせんばかりにかなしい。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「——つまり奥さんは、もう一人の証人である百姓の男に助けられる迄は、その場で昏倒こんとうしていられたんです」
花束の虫 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
その秋風の昏倒こんとうの中で私は私のすずいろの影法師かげぼうしにずいぶん馬鹿ばかていねいなわかれの挨拶あいさつをやっていました。
インドラの網 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ここを先途せんどげども、せども、ますまするるなみいきおいに、人の力はかぎりりて、かれ身神しんしん全く疲労して、まさ昏倒こんとうせんとしたりければ、船は再びあやうく見えたり。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まだ本当に正気には返らないで、昏倒こんとうからめかかった瞬間の心持は、連々れんれんとして蜜のように甘い。
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
で、夢中で走っているうちに、うまい具合に藪から出たが、同時に昏倒こんとうしてしまったのであった。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
たぶん昼間彼が昏倒こんとうした部屋であろう、家具も何もない六畳ほどの畳敷きだ。ズーッと見て行くと、隣の部屋との境に、何か生きもののけはいがした。呼吸をしている。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
だがそれがなんの意味であるかわからぬうちに、からだを渦に巻かれるような感じで昏倒こんとうした。
菊千代抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
船は、俊寛の苦悶などには、なんの容赦もなく、半刻も経たないうちに、水平線にただよう白雲のうちに、紛れ込んでしまった。船の姿を見失ったとき、俊寛は絶望のために、昏倒こんとうした。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
これすなわち「だらし」に取りつかれたるものなるが、里俗には、なにか食物を携えおればこの魔にかからずといえど、実際においては、いわし売りの男が鰯の傍らに昏倒こんとうしたる例あり。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
雨にぬれた粗布そふの服をきて、茶色の肩かけをまとった、年のころ四十二、三の女である。かみは乱れてあお白くしょうすいした顔にへばりつき、死人のように呼吸いきも絶え絶えに昏倒こんとうしている。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
戦慄せんりつから、私はほとんど息が止まり、正に昏倒こんとうするところであった。これは人間の住む世界でなくて、猫ばかり住んでる町ではないのか。一体どうしたと言うのだろう。こんな現象が信じられるものか。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
それに対して厳然と答えた時の長老の姿、フェレラの昏倒こんとう
そして、監房の中で昏倒こんとうし、昏睡状態で家へ運ばれた。
風知草 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
語終らざるに怪しく叫びてついに昏倒こんとうす。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
彼女は馬の背の上で昏倒こんとうした。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
彼は敢無あへなくも昏倒こんとうせるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そしてこの二人の広告主の一人は、博士を昏倒こんとうせしめ、お化け鞄を奪った姓名未詳の兇賊きょうぞくであり、もう一人は例の目賀野であろうと考えていた。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
締めつけて来た。——たしか、相手は、三人ほどと覚えたが、不覚にも、そのまま自分は、昏倒こんとうしたものとみえる
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
貨物自動車の運転手は、額と向こうすねとに擦過さっか傷を負い左手の指先をくじかれて昏倒こんとうしていた。
鉄の規律 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
渠は実に死すべしとおもいぬ。しだいに風み、馬とどまると覚えて、直ちに昏倒こんとうして正気しょうきを失いぬ。これ御者が静かに馬よりたすけ下ろして、茶店の座敷にき入れたりしときなり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
昏倒こんとうしかけたがんりきは、お絹の動いたことにはまだ気がつかなかったけれど、上下で起るその人の声は早くも耳に入ると、必死の力でむっくり起き直って見ると、提灯ちょうちんの光が
それに、年がまだ二十六歳だったので、初々ういういしくさえあり、池田屋斬込みの際、咯血かっけつしいしい、時には昏倒こんとうしながら、十数人を斬ったという、精悍せいかんなところなどは見られなかった。
甲州鎮撫隊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
昏倒こんとうした蘇武に対する胡毉こいの手当てというのがすこぶる変わっていた。地を掘ってあなをつくり熅火うんかを入れて、その上に傷者を寝かせその背中をんで血を出させたと漢書かんじょにはしるされている。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
彼はハッと昏倒こんとうそうになるのをやっとこらえることが出来た。頭の中でドロドロした液体が渦巻の様に回転し始めた。レンズの焦点が狂った様に、周囲の景色がスーッと目の前からぼやけて行った。
夢遊病者の死 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
空腹と疲労ひろうでもう一歩も歩けなくなった。彼女は昏倒こんとうした。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
尤も昏倒こんとうしてしまうかもしれないけれども。
現にその夜の烏啼組のリーダーだった碇健二さえ右腕を引裂かれた上に昏倒こんとうしてしまい、部下の者たちは周章あわてて彼を肩に引担いで後退したほどだった。
蹴ころがされて、ウムとうめきながら立ち上がったのは、口元に昏倒こんとうしていた一角で、正気づいたが深傷ふかでを負っている、左の肩先から袖半身、染めわけたようなくれないである。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかるに二人の運転手は衝撃を受けて直ちに昏倒こんとうしたるをもって、被害者に打撃を加え得るものは、三人のうちでは交通巡査深井のみなり。しかも深井は柔道三段の心得ありしこと判明せり。
鉄の規律 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
二町あまりも行った時、急に前のめりに昏倒こんとうした。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
印袢纏は、奪ったマスクに狂喜して、自分の顔に充てたがどうしたものか、その場に昏倒こんとうしてしまった。髯男は、すぐさま駈けよって、防毒マスクを被せてやった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
昂奮のあまり、ほんとに、ひたいを牢格子へぶつけたらしい。タラ——と血の糸が、かれの片目を通って、あごに垂れた。と、亀次郎は、うーむと、うめいて、また昏倒こんとうした。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その瞬間、僕はうなり声と共に昏倒こんとうした。意識は濁ってしまった。一切の色彩も光も形も消えた……。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
叱られて、退くと、幼い十兵衛は、やがて自分の居間で、あけになって昏倒こんとうしていた。家臣が驚いて抱き起してみると、殺ぎ竹で傷つけた眼を、自分の手で小柄こづかえぐり抜いていたというのである。
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
司令部広間にいた幕僚も通信手も伝令も、皆が胸を圧えた。そして次の瞬間には立てて並べてあった本がバタリバタリと倒れるように、一同はつぎつぎに床の上に昏倒こんとうした。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
竹童はいちじの昏倒こんとう
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
隆夫は、残っているかぎりの力をこぶしにあつめ、のしかかってくる相手の上に猛烈なる一撃を加えた——と思った。果して加え得たかどうか、彼には分らなかった。彼は昏倒こんとうした。
霊魂第十号の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
棒、石塊せきかい、刀、おの、その他いろいろな兇器が僕の頭上に降って来た。——僕は昏倒こんとうした。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
蛇毒じゃどく昏倒こんとうするところを引かかえて、あの雑草園の下水管の中へ叩きこんできました。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
赤見沢博士の昏倒こんとうしているそばにあった鞄には、ちゃんと鍵がかかるようになっていたのに対し、かのお化け鞄を手にしたことのある人々の話によると、そのお化け鞄には鍵がかからない
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)