抽出ひきだし)” の例文
置きくした験温器をがしていた、次の間の小夜子は、長火鉢の二番目の抽出ひきだしを二寸ほど抜いたまま、はたりと引く手を留めた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
母は、それつきり、話をやめて座を起つたと思うと、小箪笥の抽出ひきだしをあけて、一枚の写真を取り出し、それを息子の前においた。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
「そのときの若い方のが、昨夜、銀座裏で逢ったの男なのさ」帆村は、抽出ひきだしのなかから新しいホープの紙函かみばこをとりだすと、そう云った。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いったいその女掏摸すりというのは、どの客であろうかと、銭筥ぜにばこ抽出ひきだしから眼鏡めがねをだして、上がってくるのを一人一人見張っている。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところが、大宝寺小学校の高等科をやがて卒業するころ、仏壇の抽出ひきだしの底にはいっていた生みの母親の写真を見つけました。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
最後の抽出ひきだしには来月生れると云ふ小児こどもの紅木綿の着物や襁褓むつきが幾枚か出て来た。次の間から眺めて居た美奈子はこらへ兼ねてわつと泣き伏した。
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
「番頭の勘七に訊きましたよ。虫干の時見たことがあるが、何處かの抽出ひきだしへでも入つて居たことでせう——といふことで」
それには誰も手をつけることは許されていない、十幾つかある抽出ひきだしや開きには、みな厳重にかぎが掛けてあるし、鍵束は父が放さずに持っている。
雪と泥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
やがて純次は、清逸の使いふるしの抽出ひきだしも何もない机の前に坐った。机の上には三分じんのラムプがホヤの片側を真黒にくすぶらして暗く灯っていた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
もっともその間に、夫は必ず茶の間へ下りて用箪笥ようだんす抽出ひきだしから私の日記帳を取り出して盗み読みすることは間違いない。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
暗く灰色にかすんだ海の涯が、いつまでも閑枝の心にのこっていた、机の抽出ひきだしには、遺書と、未知の人から来た手紙とが、何時までも這入っていた。
仙人掌の花 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
違い棚のついた小さい玩具がんぐのような茶箪笥ちゃだんす抽出ひきだしには、いろんな薬といっしょにべい独楽ごまやあめ玉の袋などもあった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
夫人はその追想記の中で、箪笥たんす抽出ひきだしを開けるにさえも、そッと音を立てぬように気をつけたと書いている。
頭のシンはむくてたまらないのに、意識だけはシャンシャンと冴え返っているような気持で彼は、正面の薬戸棚の抽出ひきだしから小さなカプセルを一個取出した。
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
博士は中單チヨキの鈕を半分掛けた儘で、手早く式部職へ當てた所勞の屆を書いて、用箪笥の抽出ひきだしから、御門鑑を出して、女中を呼んで、車夫に持たせて遣るやうに言付いひつけた。
半日 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
茶釜がなくなつてゐたり、米櫃こめびつふたがあいてゐたり、仏壇の下の抽出ひきだしが、ひき出したままになつてゐたり、——さういふことで泥棒が訪ねて来たことはわかるのである。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
抽出ひきだしもなければ彫刻のかざりも何もない机で、その上にはすずりもインキ壺も紙も筆も置いてはない。
家へ走り帰ると直ぐ吉は、鏡台の抽出ひきだしから油紙に包んだ剃刀かみそりを取り出して人目につかない小屋の中でそれをいだ。研ぎ終ると軒へ廻って、積み上げてある割木を眺めていた。
笑われた子 (新字新仮名) / 横光利一(著)
へへへへと笑いながら、枯れた手を延ばすかと思うと膝頭の火鉢の抽出ひきだしを引き出した。私はぞっとして身に寒気を感じた。お延び上って、暗いランプの光りで抽出しを見詰みつめた。
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
この小さな曲者は、ルイザが金をしまってる箪笥たんす抽出ひきだしの中を捜していたのである。クリストフは彼をひどく突つきまわし、その機に乗じて、胸にあることをすっかり言ってやった。
これが第一歩だが君は娘の部屋を見たね、鏡台の抽出ひきだしと机を除いて、余り冷たく生帳面きちょうめんに整理されてあったよ、娘の部屋として不似合にね、箪笥は平素錠を下さない癖らしく一番上の
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
化粧室では、鏡台や手函などは綺麗に掃除が出来ていて指紋なぞ残っていなかったけれど、鏡台の抽出ひきだしの中の、様々の化粧品のびんには、どれにも、幾つかのハッキリした指紋があった。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
書いても書いても尽くされぬ二人の情——余りその文通の頻繁ひんぱんなのに時雄は芳子の不在をうかがって、監督という口実の下にその良心を抑えて、こっそり机の抽出ひきだしやら文箱ふばこやらをさがした。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
圓山公園の煙草屋に朝鮮物の小抽出ひきだしのついた小箪笥が店に置いてあつた。
京洛日記 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
そのくせ、熱いきりきりした痛みが、顳顬こめかみのあたりまでのぼってきた。上の平たい根の長い歯を、あたしは懐紙ふところがみに包んで、鏡台の抽出ひきだしにしまった。その時気がつくと、口の中が血で真赤になっていた。
溺るるもの (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
この親爺さんはいつも抽出ひきだしのついた黒塗りの箱をさげてきた。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
天井にも、卓の抽出ひきだしにも
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
大抵のイズムとか主義とかいうものは無数の事実を几帳面きちょうめんな男がたばにして頭の抽出ひきだしへ入れやすいようにこしらえてくれたものである。
イズムの功過 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と保雄は怒鳴どなつた。二番目の抽出ひきだしからは二人の男の子の着類きるゐが出て来た。皆洗ひ晒しの木綿物の単衣ひとへばかりであつた。
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
ある晩訪ねて行った勇は、秀子の化粧卓の抽出ひきだしの中から、青酸の空ビンと、大きい西洋鍵を見付けてしまったのです。
流行作家の死 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
衣桁いこうのショールをとりながら、そばの箪笥たんす抽出ひきだしをがたぴしさせている閑子にいうと、閑子はふりむきもせずに
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
さぶは箪笥の小物入れの抽出ひきだしから、半紙三枚を折った書付けを取出して来て、栄二の前に坐り、それを手渡した。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
書棚しょだなや机の抽出ひきだしに手をかけてみたが、意地悪くも、どの棚も抽出も、ことごとくキチンと錠が懸っていて、いくら彼が力を出したとて開けられそうにもなかった。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
たとえば「妻ハコノ日記帳ガ書斎ノドコノ抽出ひきだしニハイッテイルカヲ知ッテイルニ違イナイ」けれども、「マサカ夫ノ日記帳ヲ盗ミ読ムヨウナヿハシソウモナイ」
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それから書卓の抽出ひきだしを開け、象牙ぞうげの柄に青貝のり込んでいる、女持ちの小形なピストルを取り出した。
ウォーソン夫人の黒猫 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
それを机の抽斗ひきだしから取出した半紙でクルクルと包みまして、同じ抽出ひきだしから出した屍体検案書の刷物すりものや二三の文房具と一緒に先刻の屍体台帳の横に置並べましたが
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そして、流石に着換えをする程の大胆さはなく、真青まっさおになって、箪笥たんすの前に坐ると、隣の部屋からの物音を消す為でもある様に、用もない箪笥の抽出ひきだしを、開けたり閉めたりするのだった。
お勢登場 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
膝の上なる女の重みはさながら石か鐵を背に負ふやうな心持をさせる折も折、女は机の抽出ひきだしから、少しばかり卷紙の端の出てゐるのを見付けて、咄嗟の疑念と嫉妬から抽出の中を底まで見せてくれと
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
それから、抽出ひきだしから香水を取り出して蒲団の襟首へ振りくと、また静に参木の胸へ額をつけて円くなった。しかし、もうこんなにしていられることは、恐らく今夜ひと夜が最後になるにちがいない。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
それを奥の茶箪笥ちゃだんすか何かの抽出ひきだしから出して来た奥さんは、白い半紙の上へ鄭寧ていねいに重ねて、「そりゃご心配ですね」といった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「その抽出ひきだしの一つに古金襴こきんらんきれがはいってた、客があったので見せるために、旦那がそいつを出してみると、古代箔こだいはく白地金襴の切が一枚なくなっていたんだ」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ミシンは太平洋戦争の起る直前、アメリカにいる悠吉の兄からおくってくれたもので、七つ抽出ひきだしの優秀品だった。くれてやるとはいえない義理があったのだ。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
すると果して書類函しょるいばこの一つの抽出ひきだしに、「月世界の生物について」と題する論文集を発見いたしました。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
麗子はテーブル抽出ひきだしを抜いて見ましたら、其処そこは綺麗に空っぽにされて、紙片かみきれ一つ残っては居りません。
向日葵の眼 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
箪笥の上の抽出ひきだしからは保雄のにもはれにも一着しか無い脊広が引出された。去年の暮、保雄が郷里の講習会にへいせられて行つた時、十二年ぶりに初めて新調したものだ。
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
五郎さんは夢中になって硯箱すずりばこ抽出ひきだしからいんを出して、郵便屋さんに押してもらって、小包を受け取りました。鼻を当ていでみると、中から甘い甘いにおいがしました。
お菓子の大舞踏会 (新字新仮名) / 夢野久作海若藍平(著)
食堂のドーアを細目に開けてのぞいて見ると、今までいたはずの妙子が見えず、幸子と雪子とが食器だな抽出ひきだしからテーブルクロースを出したり、一輪挿いちりんざしを片附けたりしていた。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
糸子は床の間に縫物の五色を、あやと乱して、糸屑いとくずのこぼるるほどの抽出ひきだしを二つまであらわに抜いた針箱を窓近くに添える。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
火鉢の抽出ひきだしからおふくろの小銭をくすねたことがある、土堤前にあった絵草紙屋の店で絵本をぬすんだこともあった、大なり小なり、なかまはたいてえやった
ちいさこべ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「座席について、横の壁にある抽出ひきだしを明けろ。そこにある水薬みずぐすりを飲むと、頭痛が直る……」
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)