悪辣あくらつ)” の例文
旧字:惡辣
つまり光子さんにはそういううらみあるとこいさして、市会議員に頼まれたもんですから、どんな悪辣あくらつなことかてしかねへんのです。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
奪った財宝の八割までを、自分と勘兵衛とが取り、後の二割を、配下の浪人どもへ分配してやった悪辣あくらつ所業しわざなども思い出された。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
竜之助の剣術ぶりは、かたの如く悪辣あくらつで、文之丞が門弟への扱いぶりはやわらかい、その世間体せけんていの評判は、竜之助よりずっとよろしい。
吾輩の本官を首にした上に、各道で好意的に手続きをしていた組合費の徴収をピッタリと停止してしまった。実に陰険、悪辣あくらつな報復手段だ。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
地方の政治は名状し難いまでに紊乱びんらんしてしまった! 悪辣あくらつな国司どもは官権を濫用らんようして、不正を働き、私腹をこやして、人民を酷使こくししている。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
孝子に幸福を与へしものは何人なんびとかの遺失せる塩竹の子のみ。或は身を売れる一人ひとり娘のみ。作者の俗言を冷笑するもまた悪辣あくらつきはめたりと云ふべし。
案頭の書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
世の中にはもっと恥知らずで、無法なことをする者がいるかもしれない。さくらのやりかたがそれらよりもっとずぶとく、悪辣あくらつで卑劣なものだ。
醜聞 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
三千石の裕福な殿様が、吹けば飛ぶような裏町の小間物屋に加えた圧迫の手は、残酷で執拗しつよう悪辣あくらつきわめたものでした。
この後引き続いて北条氏の悪辣あくらつたる権略によって、鎌倉殿の功臣がおいおいと滅亡して、その所領の全部または一部が収公せられて闕所となった。
名字の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
現実の政治は、決して単に美しい理想や理念や論理や良心のみで行われているのではなく、多分に醜悪しゅうあくで、低劣ていれつで、悪辣あくらつな側面を含んでいるのである。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
いよいよ悪辣あくらつな輸出戦の火ぶたが切られる日の前に、やかましい本船の頭株の異人達は、遠くは箱根、大森のあけぼの、新橋の花月とらっして行かれる。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「真相をあばく」に書いてあるような、しんからの悪辣あくらつな男ではない。おれが言うのだから、まちがいあるまい。
勧善懲悪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
そこへ行くと箆棒べらぼうには違ないが感心なところがあります。つまりやりかたは悪辣あくらつでも、結末には妙にあたたかいなさけこもった人間らしい点を見せて来るんです。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
相手が女性にょしょう、しかも、父にこそ恨みはあれ、何の罪科つみとがもない人と思うと、自分のもくろみがあまりに悪辣あくらつな気がして、やや、心が屈しかけた雪之丞、ふと
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
其れから日本で喉を焼けば含嗽うがひをするのだが、この医者はぐつと嚥下のみおろして仕舞しまへ、うすると薬が喉の奥へ善くしみ込むからと云ふ。随分悪辣あくらつな治療法である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
または悪辣あくらつな売淫周旋業者と売淫業者との巧弁悪計にあざむかれて身を売るというような原因も加っている。
私娼の撲滅について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
なんじは、汝個人のおそろしさ、怪奇、悪辣あくらつ古狸ふるだぬき性、妖婆ようば性を知れ! などと、さまざまの言葉が胸中に去来したのですが、自分は、ただ顔の汗をハンケチで拭いて
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「然うさ。赤石君も始終悪辣あくらつなことをやるから、正当防衛で仕方がない。美事みごと仇を討ってやったのさ」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その金で家を持ち、妻をめとった。その妻となった僕の母はやはり伊志田の悪辣あくらつな搾取に遭って、家を亡ぼした人の娘だった。父はそういう娘を探し出して娶ったのだ。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
事務長と木村とを目の前に置いて、何も知らない木村を、事務長が一流のきびきびした悪辣あくらつな手で思うさま翻弄ほんろうして見せるのをながめて楽しむのが一種の痼疾こしつのようになった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
すなわち今度は皆で押しかけないでパリサイ派とヘロデ党の中から数名の論客を選抜し、イエスの言葉尻をとらえてわなにかけようとする、小股こまたすくいの悪辣あくらつな戦法に出たのであります。
いやまったく、貴殿が勘忍袋かんにんぶくろを切られたのも、無理はござらぬて。今にして思えば、かの戸部近江と申すやつ、実にどうも悪辣あくらつなやつであったな。よく思い切って斬りなすったよ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ところで、今、幸い山鹿の方では気づかぬようなので、この間に帰ろうか、それとも、一言厭味いやみでもいってやろうか——と考えてみたが、とてもあの悪辣あくらつな男にはかなうまい、というより
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
彼はさらに、最も賢いところの悪辣あくらつな手段を考え出そうと努めるのだった。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
押勝にび、すすんで忠勤をはげみ、その報酬に官位の昇進を受けていた。彼等は面従腹背めんじゅうふくはいを人の当然の行為であると信じていた。彼等はむしろ押勝よりも悪辣あくらつであり老獪であり露骨であった。
道鏡 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
それはすべて義朝の悪辣あくらつな焼き討ちという計略にねざすことなのだ。
勿論これだけの事をしたのには、維幾との間に一通りで無いいきさつが有つたからだらうが、何にせよ悪辣あくらつな奴だ。維幾は怒つて下総の官員にも将門にも移牒いてふして、玄明を捕へて引渡せと申送つた。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
悪辣あくらつな株屋のE—なにがしとか、関東牛肉屋のK—某ほどではなくても、いたところのこの世界に顔が利き、夫人が永らく肺患で、茅ヶ崎ちがさきの別荘にぶらぶらしているせいもあろうが、文字通り八方に妾宅しょうたくをおき
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
してみると、長谷久兵衛なるものは、悪辣あくらつであるだけに権者きけものである。なんにしても、こいつを押えてかかるのが有利だと伊太夫が覚りました。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「また例のわるさやってるのんです、偽筆の署名までこしらえて写真に出すやなんてあんまり悪辣あくらつですさかい、訴えてやってもよろしいんですが」
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
が、そのおとなしい上等兵が、この時だけはどう云うわけか、急にみつきそうな権幕けんまくを見せた。そうして酒臭い相手の顔へ、悪辣あくらつな返答をほうりつけた。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
溝口屋鐘五郎の悪辣あくらつな奸策に乗せられて、一つ一つ出入り大名の屋敷を縮尻しくじり、最後にのっ引ならぬ窮境に追い込まれて、自分の命を縮めたのでした。
ここに汝、玉造の八百助ほど不届き至極なしれ者はない、つい一年前にもこれなる証人武藤権右衛門の悪辣あくらつ無道を
反対に、一部の黄巾賊が、その血をすすり肉をくらって、不当な富貴ふっき悪辣あくらつ栄華えいがをほしいままにしているのだ。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれどもそれは、まあ、文学少女の、文学的な悪態で、二番目の女房の現実的な悪辣あくらつさにくらべると、まだしも我慢が出来ると言っていいかも知れませんでございます。
男女同権 (新字新仮名) / 太宰治(著)
政府が売淫周旋業者が悪辣あくらつな手段を用いて純良な処女をあざむき、その意志に反した売淫を行わしめるような行為を防止し、それを犯す者は厳しく罰することも必要である。
私娼の撲滅について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
悪辣あくらつなる丹造は、その跡釜へ新たに保証金を入れた応募者を据えるという巧妙な手段で、いよいよ私腹を肥やしたから、路頭に迷う支店長らの怨嗟えんさの声は、当然高まった。
勧善懲悪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
そこを狙って悪浪人や、無頼の遊び人や博徒などが、正義顔をして一揆衆などと称し、往来の諸人を迫害した。で、そういう悪辣あくらつの徒に、二人は随所で苦しめられたのである。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
如何なる悪辣あくらつ、非人道をも、どしどし行って差支えないと考えられているのであります。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それになんばなんでも磯五がそんな悪辣あくらつなことをしようとは思わない。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
けれども彼の命をあやめにかかったわざわいは、余の場合におけるがごとき悪辣あくらつな病気ではなかった。彼は人の手に作り上げられた法と云う器械の敵となって、どんと心臓をかれようとしたのである。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
鳥沢の粂というのは郡内ぐんない切っての親分であって、ずいぶん悪辣あくらつなことをするし、また相応に義侠らしいこともする。
えっ……騙そうとして? ……あははは、冗談じゃない。旧交の深い君に対してなんで僕がそんな悪辣あくらつなことを
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
若くて悪辣あくらつな溝口屋のために次第に出入りの大名屋敷を奪われ、三年前伏見屋伝七が死んだ後は、せがれの伝之助は店を畳んで行方ゆくえ知れずになってしまいました。
肥え過ぎた人間は概して善人だという、殊に有賀は肉躰的にも精神的にも百事超然たる風格にみえたから、須井の如く悪辣あくらつな逆説をろうするおそれはないだろうと考えたのだ。
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あの悪辣あくらつな人間を以て自他共に許している大井篤夫が、どうしてあんな芝居じみた真似をしていたのだろう。あるいは人が悪いのは附焼刃つけやきばで、実は存外正直な感傷主義者センティメンタリストが正体かも知れない。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
悪辣あくらつなる詐欺さぎと言ってよかろう。また、瀕死の病人の魂を大声で呼びとめるというのも、恥かしいみじめな思想だ。さらにまた、医は能く病いを癒すも、命を癒す能わず、とは何という暴論だ。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
やはり色事師らしい磯五の悪辣あくらつさを突いた文面であった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その父に輪をかけて悪辣あくらつになったのが、この自分だということをも、自分ながら相当承認している。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、“街のダニ”ともいうべき悪辣あくらつな男のわなにかかった始末を、ようやく恟々おどおどと打ちあけだした。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)