心底しんそこ)” の例文
心底しんそこから感謝の意をひょうした上で、自分の考えも少し聞いてもらいたいのは山々であったが、何分にも鼻の奥が詰って不自由である。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれどわれわれの生活、この田舎いなかの、ロシアの、俗臭ふんぷんたる生活は、とても我慢がならないし、心底しんそこから軽蔑けいべつせざるを得ませんね。
もし八橋が心底しんそこから自分を思っていてくれるとしたら、彼は今更こんなことを言い出して、彼女の心を傷つけるに忍びなかった。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と、八つ裂きにしてもあき足らないほど、憎くも思い、いきどおりもするのであったが、さて——自分の寝首を掻かれそこなってみても、心底しんそこから
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私はこの船を立退たちのくところだ。で、お前に船長について来いと命令する。お前が心底しんそこは善人だということは私は知っている。
心底しんそこ、恐れ入りましたが、もうひとつわからねえことがある。……昨日から今日にかけて江戸じゅうに手を配った大捕物。
今年の花見の道中で、あのような心ない事を申しましたのも、心底しんそこからお二人様の御行末をいとしゅう思いましたればの事。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「うん、俺ああの野郎のつらを見るのが心底しんそこきれえなんだ。声を聞くのも虫が好かねえんだ。弟の方はさうでもねえけんど。」
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
わたしには心底しんそこをお打ち明け申しました所、どちら様にも義理が立ちませんから、薄情でもきょうかぎりこのお話には手をひかせていただきます。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
私はうちつけに書きます。万事直截其ものでお出のあなたは、私が心底しんそこから申すことをゆるして下さるだろうと思います。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
然しながら彼は、巴里人の、仏蘭西人の、心底しんそこからの人間らしさには、流石にほろりとさせられる弱味を有つてゐた。
劇作家としてのルナアル (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
お政が心底しんそこをしんにかいした人は、お政の父ひとりくらいであったろうけれど、それでもだれいうとなく、お政さんはかしこい女だという評判ひょうばんが立った。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
機転の利かなかったことが恥かしく、それに心底しんそこはやさしい彼女は、瘠せた子供を膝の上に抱き取り、唇の先を押しあて、もったいらしくこう言った。
其の代り心底しんそこからこの人と見込んで惚れて仕舞うと、なか/\情合は深い、素人衆の一寸ちょいぼれして水でもさゝれると移りがするのと訳がちがうそうで
たまたま下等な男どもにからかはれる女を見ても、如何にも羞しさに堪へない風情が、嘘詐うそいつはりや、慣習的の姿態とは見えず、心底しんそこから厭がつてゐるのだと信じて居た。
貝殻追放:016 女人崇拝 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
さあ、あなたは心底しんそこから、何でも金にする力を捨てたいと思っているのか、それを聞かして下さい。
外人でも日本人でも、料理を心底しんそこから楽しんではいないようだ。味覚を楽しみたい心は持っているが、真から楽しめる料理は料理屋にも家庭にもないからであるらしい。
味覚馬鹿 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
心底しんそこから頭を下げたい心持ちになったり、慈悲の光に打たれてしみじみと涙ぐんだりしたとしても、それは恐らく仏教の精神を生かした美術の力にまいったのであって
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
しか其麽そんなはなしをしてかせる人々ひと/″\勘次かんじひど貧乏びんばふなのと、二人ふたりるのとで到底たうてい後妻ごさいつかれないといふ見越みこしさきつて、心底しんそこから周旋しうせんようといふのではない。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
茶代拔きにして丁度五十錢ほど足りなかつた。私は帽子を脱いだ。そして五十錢銀貨二枚を婆さんの掌に載せた。載せながら婆さんの眼の心底しんそこからけはしくなつてゐるのに驚いた。
梅雨紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
心底しんそこのことである。はぐらかすとは様子にも見えないから、若い女中もかけ引きなしに
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「うん、じゃあ帰るよ。で、おつきあいの出来ないことは、まあ勘弁して貰うぜ。心底しんそこそれあ面白かろうけどさ、生憎そうはいかんのだよ。」こんな風に妹婿は先に帰る弁解いいわけ
「日本人で今日の時代に心底しんそこから滿足して居るものがあるでせうか。」と質問した。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
旦那だんなさまだとて金滿家きんまんか息子株むすこかぶ藝人げいにんたちに煽動おだてられて、無我夢中むがむちゆうかれつとはことちがふて心底しんそこおもしろくあそんだのではありますまい、いはゞ疳癪かんしやくおさへ、らしといふやうなわけ
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
あたしも、あなたに心底しんそこから惚れました。母があたしに乗りうつったのです。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
内野さんの前では心底しんそこから打ち解けて気が許せるという位の違いはあるの。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
何度なんたび会っても他人行儀で、心底しんそこから胸襟きょうきんを開いて語るという事がなかった。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
ジエィンがもつと愛想あいそのいゝ子供らしい性質や、もつと魅力のある、はきはきした態度——つまり、もちつと輕くて、わたかまりが無くて、素直すなほにならうと、心底しんそこつとめるのを、ベシーから聞くなり
俊雄は心底しんそこ歎服たんぷくし満腹し小春お夏を両手の花と絵入新聞の標題みだしを極め込んだれど実もってかの古大通こだいつうの説くがごとくんば女は端からころりころり日の下開山の栄号をかたじけのうせんこと死者しびとの首を
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
「おもしろい話ですね。」と私は心底しんそこから言った。
月見草 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
しながら「おとなしそうでいて心底しんそこの骨の強い人にはあたし決してほれることはできないの。この人はこんな人のよさそうな顔していて、しんはそれは氷のようにきついんですからね。ほほ、どうもおやかましゅう。」
と父親は久しぶりで心底しんそこから笑った。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
かぶってる赤毛布ばかりじゃない、心底しんそこから、この若い男は自分と同じ人間だった。そこで自分はつくづくつまらないなと感じた。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おれは心底しんそこから崇拝して、まるで牛みたいにやつのために働いてきたのだ! おれはソーニャと二人で、この地所から、最後の一しずくまでしぼり上げてしまった。
わたくし貴方あなた心底しんそこ思って居りまして済みません、あなたのほうでは御迷惑でも、それは兼がく存じて居ります、此のあいだお別れ申した日から片時かたときも貴方の事は忘れません
しかしながら、われわれ日本人も、実は、心底しんそこからさうなのではない。普通なら、やはりほんたうの気持を、人間同士の尊敬と愛情とを自然に示しあふ方がうれしいのである。
『美しい話』まへがき (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
とにかくその中にも心底しんそこから嫌いな人も少なくはなかったろうと自惚うぬぼれているのである。
謡曲黒白談 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
心底しんそこからね、いざとなりゃ。人もうんと笑わせてやるよ」
彼をおもひ之をおもふ時、自分は心底しんそこから激怒した。
「お愛し申してをります——をりますわ、心底しんそこ。」
お千代は何うも器量がいので心底しんそこから惚れぬきまして真実にやれこれ優しく取做とりなして
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「僕はことによると、もう実業はめるかも知れない。実際内幕うちまくを知れば知る程いやになる。其上此方こつちて、少し運動をして見て、つくづく勇気がなくなつた」と心底しんそこかららしい告白をした。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
心底しんそこから。」
実に孝心で、私は始めてお目に懸ったが、中々親孝行という事は出来ないもので、心底しんそこから感心しました、真実の処を申すが、女ばかりで別に親類もなく相談する処も無くってお困りの節は
彼は論理の権威で自己をいつわっている事にはまるで気が付かなかった。学問の力で鍛え上げた彼の頭から見ると、この明白な論理に心底しんそこから大人しく従い得ない細君は、全くの解らずやに違なかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)