かたま)” の例文
勝手へ後姿になるに連れて、僧はのッそり、夜がかたまって入ったように、ぬいと縁側から上り込むと、表の六畳は一杯に暗くなった。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それは、多分に彼の変態性の欲望が原因したのであったが、職業とする所の趣味道楽が、ひどくかたまったことも一部のいんをなしていた。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
うじゃ、立派りっぱなおみやであろうが……。これでそなたのようやかたまったわけじゃ。これからは引越ひっこしさわぎもないことになる……。』
皆んなは、かたまって逃げて森のところまで来た。鬼は、やはり眼隠しをさせられて、空地の、石の転っている処に彼方向きになって立っていた。
過ぎた春の記憶 (新字新仮名) / 小川未明(著)
表面だけかたまっている雪が、人の重みでくずれ、靴がずしずしめりこんだ。足をかわすたびに、雪に靴を取られそうだった。
(新字新仮名) / 黒島伝治(著)
灰神楽の為に灰がすっかりかたまって了って、使えなくなったものだから、婆やが別の新しい火鉢と取り替えて置いたのだよ。
灰神楽 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼は洋灯ランプを手に取って、仔細に床の上を検べ始めた。そして怪鳥の立っていたと思われる処から、小さな銭蘚苔ぜにごけかたまりが落ちているのをみつけた。
廃灯台の怪鳥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
男の子は男同志で、舞台を駈廻り、女の子は女らしく、かたまって縄飛びをしていた。——そして、黒吉は、相変らず小屋の隅に、ぽつんと独りだった。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
彫りかけて永き日の入相いりあいの鐘にかなしむ程かたまっては、白雨ゆうだち三条四条の塵埃ほこりを洗って小石のおもてはまだ乾かぬに、空さりげなく澄める月の影宿す清水しみず
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
眼を開いたまま眼をさまして、一ところにかたまっていた二ひきが悠揚ゆうようと連れになったり、離れたりして遊弋ゆうよくし出す。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そして今まで燃えた事のある甘い焔がことごとく再生して凝りかたまった上皮を解かしてしまって燃え立つようだ。
皆はかたまって歩き出した。誰か「本当にいいかな」と、小声で云っていた。二人程、あやふやに、遅れた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
身につけるものではないが、例えばマイヨオルの彫刻はせいぜい銅か土のかたまりであり、「信貴山縁起しぎさんえんぎ」は一巻の長い紙であり、名工の茶匙ちゃさじは一片の竹であるに過ぎない。
小柄な、真剣な、力強い、負けじ魂のかたまりのような人です。そうして蒼白く冷笑しているんです。
挿絵と闘った話 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
菊五郎吉右衛門も、今と大差なしでかたまってしまうだろうし、歌舞伎座幹部連もいずれも年配で、先が見えている、大器晩成と顧客ひいきがいう栄三郎もチト怪しいものである。
当今の劇壇をこのままに (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
手置のよろしからぬ横町、不性なる裏通、屋敷町の小路などの氷れる雪の九十九折つづらをりある捏返こねかへせし汁粉しるこの海の、差掛りて難儀をきはむるとは知らず、見渡す町通まちとほり乾々干からからほしかたまれるにそそのかされて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「あの梅は未だ種がかたまっていない。ああいうのを食った奴は六十パーセントぐらいまで中毒する。皆近所の子供だろう? 十人なら詰り患者が六人来る道理だ。梅は取られても損はないよ」
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
表面が融けかたまったのか、あるいは激しい雪崩なだれの圧力のためか、氷のように蒼白く光っていて靴鋲ネールが充分喰込まないような所もあって、ピッケルを持たない二人のために二、三度確保したりする。
一ノ倉沢正面の登攀 (新字新仮名) / 小川登喜男(著)
半分ばかりけてしまって、アルミニュームが流れ出したままかたまっているでしょう。これは何かって言うんですか?
壊れたバリコン (新字新仮名) / 海野十三(著)
すべて一心かたまりたるほど、強く恐しき者はなきが、鼻が難題を免れむには、こっちよりもそれ相当の難題を吹込みて、これだけのことをしさえすれば
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
始め、彼等は青鬼、赤鬼の中に取り巻かれた亡者のように、漁夫の中に一かたまりにかたまっていた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
やっと彼方に五六十軒かたまった小さな町の頭が見え出した。暗い暗い空にとろとろと真白なけむりの、上っているのは湯屋である。私は立止って、きっとその方を見遣みやった。……
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
隣の墓を掘り返すことは、土がかたまっていたので、少々骨が折れましたが、汗まみれになって、せっせと働く内には、どうやら骨らしいものに掘り当てることが出来ました。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この油を筆にませて、粉絵具を筆先きで少しずつ、パレットの上で溶解しながらガラスへ塗って行くのです、一時に多量溶解すると、すぐかたまってしまって始末に困ります
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
彼処かしこへ五本、此処ここへ六本、流寄ながれよった形が判でした如く、皆三方から三ツにかたまって、水を三角形に区切った、あたりは広く、一面に早苗田さなえだのようである。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「……がんの自殺死体のあったのは、あそこだ。われわれは四五メートル離れたこのへんにかたまっていた。これは、お前方の提供した写真にも、ちゃんとそのように出て居る」
鬼仏洞事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その不安が我々の方針と一致して、親睦会めいたかたまりは考えたよりも容易たやすく出来た。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
數限かずかぎりもない材木ざいもくみづのまゝにひたしてあるが、彼處かしこへ五ほん此處こゝへ六ぽん流寄ながれよつたかたちはんしたごとく、みな三方さんぱうからみつツにかたまつて、みづ三角形さんかくけい區切くぎつた、あたりはひろく、一面いちめん早苗田さなへだのやうである。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「同じ事を、可哀想かわいそうだ、と言ってくんねえ。……そうかと言って、こう張っちゃ、身も皮も石になってかたまりそうな、せなかつまって胸は裂ける……揉んでもらわなくては遣切やりきれない。遣れ、構わない。」
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
滝さんお聞き、蛇がその累々つぶつぶしたうろこを立てるのを見ると気味が悪いだろう、何さ、こわくはないまでも、可い心持はしないもんだ。蟻でも蠅でも、あれがお前、万と千とかたまっていてみな、いやなもんだ。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
透間にし入る日の光は、風に動かぬ粉にも似て、人々の袖に灰を置くよう、身動みじろぎにも払われず、物蔭にも消えず、こまやかに濃く引包ひッつつまれたかのおもいがして、手足も顔も同じ色の、蝋にも石にもかたまるか
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お町の肩を、両手でしっかとしめていて、一つ所にかたまった、我が足がよろめいて、自分がドシンと倒れたかと思う。名古屋の客は、前のめりに、近く、第一の銅鍋の沸上った中へおもてして突伏つっぷした。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「これかね、寛政子年ねどし津浪つなみ死骸しがいかたまっていた処だ。」
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)