千切ちぎ)” の例文
感激もなしにバタバタとぎ倒おされ、千切ちぎられ、引裂かれ、腐敗させられ、屍毒化させられ、破傷風化させられて行くことである。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ゴンドラを繋ぐ、理髪屋とこやの標柱のような彩色棒の影が、水の上で、伸びたり縮んだり、千切ちぎれたり附着したりして、一日遊んでいた。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
ソフアの傍には、の鉢植、むかしのままに、ばさと葉をひろげて、乙彦が無心に爪で千切ちぎりとつたあとまで、その葉に残つてゐる。
火の鳥 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
汽車は右の肩からちゝしたこしの上迄美事みごとに引き千切ちぎつて、斜掛はすかけの胴を置き去りにして行つたのである。かほ無創むきずである。若い女だ。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
青い小倉おぐらの職工服に茶色のオーヴァを羽織はおっていたが、オーヴァのボタンは千切ちぎれかかって危うく落ちそうにぶらぶらしているし
すると、一人の指導者格が、煮しめたような手拭を、すっとこ冠り、素肌の片肌脱ぎ、棒千切ちぎれを、采配のように振り立てて
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
あたくしの手足が千切ちぎれることよりも、奥様の一本のお指から赤い血がふきだすことの方がよっぼど悲しいのでございます。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私はそのとき要垣かなめがきの朱い葉を二つ三つ千切ちぎった。その深い茜に近い朱色な葉ッ葉のなかにも、彼女の皮膚の一部を想像することができたからである。
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
奥さんは、私の足もとから千切ちぎれた茄子なすの枝をひろいあげると、いたましそうにその紫色の花をながめている。私もほんとに申訳ないことをしたと思った。
こんにゃく売り (新字新仮名) / 徳永直(著)
「ところで、もう一つ、半九郎を殺した片袖——と言つても、半分千切ちぎつて捨てた袖だが、あの血だらけの袖は、何處から出た浴衣ゆかたか、それもわかつたよ」
その時、壁の向うではらわた千切ちぎれるような悲痛な泣声が起った。別の声がそれに押っかぶせて娘の名を呼んだ。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
思ひ設けし事ながら、今更にはらわた千切ちぎるゝばかり、聲も涙に曇りて、見上ぐる父の顏も定かならず
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
中等以下の者は全く着替がないですから、着物なども古くなると垢でぽろぽろに千切ちぎれてしまう。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
東京の様に四角い薄平うすべったいものにするのではなく、臼から出したまんまふかすのでまとまりのつかないデロッとした形恰になって居る。それを手で千切ちぎって、餡の中や汁の中へ入れる。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
鵞鳥がちょうの羽毛を千切ちぎって落すかと思うようなのが静かに音をも立てず落ちている。
雪の日 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
一円十三銭出せばり放題ですからの、大負けにして上げます。一本四十八銭のところが三十銭じゃ。実に利くものですぞ。のう。千切ちぎりにして味噌汁に入れる。身が溶けて油丈けになる
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
莟んでいるのを無理に指先でほごして開かせようとしても、この白い繊維は縮れ毛のように捲き縮んでいてなかなか思うようには延ばされない。いて延ばそうとすると千切ちぎれがちである。
烏瓜の花と蛾 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
つかみ出す音と、一緒に、男の躰はずたずたに轢き千切ちぎられて仕舞ったのだ。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
下界げかいるとまなこくらむばかりで、かぎりなき大洋たいやうめんには、波瀾はらん激浪げきらう立騷たちさわぎ、數萬すまん白龍はくりよう一時いちじをどるがやうで、ヒユー、ヒユーときぬくがごとかぜこゑともに、千切ちぎつたやう白雲はくうん眼前がんぜんかすめて
フィート程の処で荒々しく千切ちぎれている事だ。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
の時遅く、この時早く、万平は鳥打の横面よこつらを平手で二つ三つ千切ちぎれる程り飛ばした。男の鳥打帽がフッ飛んで闇の中に消えた。
芝居狂冒険 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ソファの傍には、の鉢植、むかしのままに、ばさと葉をひろげて、乙彦が無心に爪で千切ちぎりとったあとまで、その葉に残っている。
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
野々宮さんは、招待状を引き千切ちぎつてゆかの上に棄てた。やがて先生と共にほかの画の評にり掛る。与次郎丈が三四郎のそばた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
こう一気に読みおわった私は、あわてて綿を千切ちぎって耳へ詰めながら見まわすと、なるほどみんな耳の穴を白くふさいでいる。
踊る地平線:04 虹を渡る日 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
「どうも無理だよ。こんな小さなあかりじゃ仕様がない。そのうえ、千切ちぎったような雲が一ぱいひろがっていて、上からは案外見透みとおしがきかないんだぜ」
空中漂流一週間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
袖も千切ちぎれ、最後には袷も剥がれ、襦袢じゅばんむしられて、ほとんど半裸体のまま、傷つき倒れては起き上り、起き上っては小突き廻され、真に命を賭けて争い続けて居るのでした。
手筐てばこの底にめ置きし瀧口が送りし文、涙ながらに取り出して心遣こゝろやりにもり返せば、先には斯くまでとも思はざりしに、今の心に讀みもて行く一字毎にはらわた千切ちぎるゝばかり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
赤くけた樹の肌であった。高さは七八十メートルもあるかと思われたが、枝はそぎ落したように千切ちぎれ、頂き付近に僅か残る葉も白くくずれた色であった。宇治はほっと肩を落してふり返った。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
空はもう半ば晴れていたが千切ちぎれ千切れの綿雲が嵐の時のように飛んでいた。そのうちにボーイの一人が帰って来たので勘定をすませた。ボーイがひどく丁寧に礼を云ったように記憶する。
震災日記より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
幸いこんにゃく桶は水がこぼれただけだったが、私の尻餅ついたところや、桶のぶっつかったところは、ちょうど紫色の花をつけたばかりの茄子なすが、倒れたり千切ちぎれたりしているのであった。
こんにゃく売り (新字新仮名) / 徳永直(著)
若様はそれを千切ちぎって釣り針につけた。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
肋骨がメリメリと音を立てて千切ちぎれて行くような……今にも肺臓が引き裂かれて、呼吸いきが止まりそうな大苦痛を感じ初めたのであった。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
弦吾は素早く「やなぎちどり」と名前をプログラムから千切ちぎりとって、隣りにピタリと寄り添っているQZ19同志帆立介次ほたてかいじのうちに、ねじこんだ。
間諜座事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
紅の糸、緑の糸、黄の糸、紫の糸はほつれ、千切ちぎれ、解け、もつれてつち蜘蛛ぐもの張る網の如くにシャロットの女の顔に、手に、袖に、長き髪毛にまつわる。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
舞台で、私の着ている青い衣裳を、ずたずた千切ちぎり裂きたいほど、不安で、いたたまらない思いでございました。あたしは、ちっとも、鉄面皮じゃない。
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ある者は五十の赤を二枚、または三十の白札で百五十エスクウド分、或いは黒だけ五枚で五十なんかと、どんなに細かく千切ちぎっても大きくまとめても、札は買える。
その代り、血の附いた浴衣の袖の、下の半分だけ千切ちぎつたのを拾つた者があります。
あの大学生が……曲馬場で老人と馬の話をしてジョージ・クレイの技術を賞め千切ちぎっていた……あれが本物のジョージ・クレイであったか。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
うらむような、泣くような、ちょう千切ちぎれるような哀調あいちょうをおびた楽の音であった。来会者の中には、首すじがぞっと寒くなり、思わずえりをかきあわす者もいた。
霊魂第十号の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その黒い中に敵の弾丸は容赦なく落ちかかって、すべてが消え失せたと思うくらいい煙が立ちあがる。いかる野分は横さまに煙りを千切ちぎってはるかの空にさらって行く。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
スウプのなかへ麺麭パン千切ちぎって浮かすことの好きなミドルエセックス州の代言人ソリシタアや、絶えず来年度の鉄道延長線の計画を確かな筋から聞き込んだと吹聴しているプラハの土地利権屋や
踊る地平線:09 Mrs.7 and Mr.23 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
破れ千切ちぎれた登山靴を宙に飛ばして、逃げ出して行くのでした。そうして知らないうちでも、自働電話でも何でも構わない。
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
弦吾は無形むけいの敵と闘った。血を油に代えて火を点じ、肉を千切ちぎって砲弾の代りに撃った。何とかして、この中から義眼のレビュー・ガールの、名前を見付け出したい。
間諜座事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
女はちらりと白足袋の片方をうしろへ引いた。代赭たいしゃに染めた古代模様のあざやかに春をびたる帯の間から、するすると蜿蜒うねるものを、引き千切ちぎれとばかり鋭どく抜き出した。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
硝子ガラスごしの光線は千切ちぎれ雲のような投影を落している。
襟首を掴んでいる牛太郎の手の甲をモリモリと噛み千切ちぎりざま、持って生まれた怪力でもって二十貫ぐらいある豚野郎を入口の塩盛しおもりの上にタタキ付けた。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そこから千切ちぎれてもいいんです。あたし、死ぬのはいや。どうしてもこんなところで死ぬのはいや
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その本は大分丹念たんねんに使用したものと見えて裏表うらおもてとも表紙が千切ちぎれていた。それを借りたときにも返した時にも、先生は哲学の方の素養もあるのかと考えて、小供心こどもごころうらやましかった。
同時に自由詩社の元老として有名な加藤介春かいしゅん氏から、神経が千切ちぎれる程いじめ上げられた御蔭で、仕事に対する好き嫌いを全然云わない修業をさせられました。
スランプ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あの刑事なら右腕をつけ根のところから千切ちぎられて、今頃は蒼い顔をして三途さんずの川を歩いている筈だった。——が、それにしても、声音こわねが似ているので、貫一はぞっとした。