出奔しゅっぽん)” の例文
なにしろあっし達は旅鴉たびがらすのことであり、そうそう同じ土地にいつまでゴロゴロして、出奔しゅっぽんした奴のことを考えているいとまがないのでネ。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それを盗んで土産に持ってゆけば、かならず梁山泊への仲間入りができるにちがいないと、かねがね出奔しゅっぽんの望みを持っていたからだ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
生家うち出奔しゅっぽんしたんだ、どうしたんだ、こうしたんだとまるで十二三のたんだがむらむらとかたまって、頭の底から一度にいて来た。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
仲間の小野は東京へ出奔しゅっぽんしたし、いま一人の津田は福岡のゴロ新聞社にころがりこんで、ちかごろははかまをはいて歩いているといううわさであった。
白い道 (新字新仮名) / 徳永直(著)
その晩城代の邸をとびだしたきり、家へももどらず、いずこかへ出奔しゅっぽんしてしまったというそのうわさを、そのまま真にうけて、問う人があれば
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
出奔しゅっぽんした前太子蒯聵は晋の力を借りて衛の西部に潜入せんにゅう虎視眈々こしたんたんと衛侯の位を窺う。これをこばもうとする現衛侯出公は子。位をうばおうとねらう者は父。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
何とぞして今一度東上し、この胸の苦痛を語りておもむろに身の振り方を定めんものと今度漸く出奔しゅっぽんの期を得たるなり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
ただし壮年の男などはよくよくの場合でないと、人はこれを駆落ちまたは出奔しゅっぽんと認めて、神隠しとはいわなかった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
大正の世となりて女優松井おすまの縊死いし、新華族芳川よしかわの娘おかまが出奔しゅっぽん、医者浜田の娘おえいの自殺なんぞ
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
吉助は愚物ながら、悶々もんもんの情に堪えなかったものと見えて、ある夜ひそかに住み慣れた三郎治の家を出奔しゅっぽんした。
じゅりあの・吉助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
だが、あるの中沢氏の旅宿には、湿っぽい場面が行燈あんどんのかげに示しだされた。それは木魚のおじいさんが幼少のころ出奔しゅっぽんした、母親がたずねて来たのだった。
あなたに対するしんの愛から云うても、理想に対する操節そうせつから云っても、出奔しゅっぽん浪死ろうしは必然の結果です。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
これが何か犯せる罪あって出奔しゅっぽんし、三国山へこもったのを、右の鶴見が殿の仰せを受けて召捕りに向ったのだが、その仰せを受けた時に、鶴見が返答して言うことには
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
年のせいで少し耳は遠くなりましたが、気性の勝った威勢のいゝ爺さんでございます。兼松は長二の出奔しゅっぽんひどく案じて、気がきますから、奥の障子を明けて突然いきなり
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
麹町こうじまち四丁目千馬ちば三郎兵衛の借宅に、間喜兵衛、同じく重次郎、新六なぞといっしょに同宿していた中田理平次が、夜逃げ同様に出奔しゅっぽんしたという知せが同志の間に伝わった。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
兎も角その女を手に入れる為に纏った金が入用いりようだったのだ。そして、聞けば富美子さんが帰って来ない内に出奔しゅっぽんする心算つもりでいたんだそうだ。僕はつくづく恋の偉力を感じた。
黒手組 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
俺は父親てておやから少しだって愛された覚えはない。俺の父親てておやは俺が八歳やっつになるまで家を外に飲み歩いていたのだ。その揚げ句に不義理な借金をこさえ情婦を連れて出奔しゅっぽんしたのじゃ。
父帰る (新字新仮名) / 菊池寛(著)
殿中のお庭先で何者かに首をられ、そして、その首が新御番詰所へ投げ込まれて、同時に、お帳番の若侍神尾喬之助が出奔しゅっぽんした元日から七日経った、七草ななくさの日の午後である。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼は実家を出奔しゅっぽんして、宜黄ぎこうというところへ行って或る家に雇われていたが、やはり実家が恋しいので、もう余焔ほとぼりめた頃だろうと、のそのそ帰って来たのであることがわかった。
その玄宗皇帝の御代みよも終りに近い、天宝十四年に、安禄山あんろくさんという奴が謀反むほんを起したんだが、その翌年の正月に安禄山は僭号せんごうをして、六月、賊、かんる、みかど出奔しゅっぽんして馬嵬ばかいこうず。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
嘉六も粗筋だけは知っている安宅という女教師の郷里への引退に就ては、その実、ひどい神経衰弱であったことや、その神経衰弱がこうじて、先生は実家から出奔しゅっぽんし、自殺のおそれがあるため
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
さくらの出奔しゅっぽんは、功刀家にとって殆んど致命的な出来事であった。
醜聞 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
元の巌殿いわど引返ひっかえして、山越やまごえ出奔しゅっぽんするぶんの事です。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして彼はそのまま出奔しゅっぽんしてしまった。
新訂雲母阪 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
などと云って来ないところを見ると、出奔しゅっぽんした超短波の落ちつく先は案外怪しいかも知れないんですが、まだそこまで判っていません。
科学が臍を曲げた話 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
いやしくも東京を出奔しゅっぽんして坑夫にまでなり下がるものが人格を云々うんぬんするのは変挺へんてこな矛盾である。それは自分も承知している。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
無断で国表を出奔しゅっぽんして、この江戸表に遊び暮らしているというのを聞き、はるばる尋ねてまいりましたような訳……。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
高山を出奔しゅっぽんして、寝物語の里でうじゃついている間に、がんりきの百と出来合って、百の野郎が自慢面に、高山へ取残して置いた三百両ほどのお蘭どののお手許金を
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と聞いて源之進は大いに驚き、早速にやしきへ立帰り、急ぎおかしらへ向け源次郎が出奔しゅっぽんおもむきとゞけを出す。
はじめ出奔しゅっぽんせしと思ひしに、其者そのものの諸器褞袍おんぽうも残りあれば、それとも言はれずと沙汰さたせしが、一月ひとつきばかりありて立帰れり。津軽つがるを残らず一見して、くわしきこと言ふばかり無し。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
小雨そぼ降る七夕の昨夜ゆうべ久しく隠まって置いたかのお園は何処いずこへか出奔しゅっぽんしてしまったものと見え今朝方けさがた寝床は藻抜もぬけの殻となり、残るは唯男女が二通の手紙ばかりという事である。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
お父さんが出奔しゅっぽんした時には三人の子供を抱えてどうしようと思ったもんやが……。
父帰る (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それはどういうわけじゃな。あの出奔しゅっぽん中の喬之助めが、弟の琴二郎に在所ありか
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
北畠信雄が、岡崎城を訪ねて、家康に、用あり気な顔を見せたのは、石川数正出奔しゅっぽんの十数日後——十一月の末だった。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とにかくこう云う訳で自分はいよいよとなって出奔しゅっぽんしたんだから、もとより生きながらほうぶられる覚悟でもあり、またみずから葬ってしまう了簡りょうけんでもあったが
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お妙の如きは遂に堪えきれずなったものか、帯刀にも告げず、自分の邸を出奔しゅっぽんしてしまった。そのことは更に世間に伝わって、更に強勢な悪感情の材料となった。
くろがね天狗 (新字新仮名) / 海野十三(著)
心あたり漏れなく問合せ候ても一向に相知れ申さず候につき、殺され候、または神隠しにでもひ候歟、いずれにも致せ、不憫ふびんの事なりとて、雲石師うんせきしは愚僧が出奔しゅっぽんの日を命日と相定め
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
思われるのは例の茂太郎という小倅こせがれが、天馬往空の悪い癖で、今度は河岸かしをかえて東北地方へでも飛び出し、兵部の娘がそれを追っかけて、例の夜道昼がけをいとわぬ出奔しゅっぽんぶりを発揮したために
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
大坂へ出奔しゅっぽんしても、自分は決して、秀吉に寄って、身の栄達をはかろうなどとは——ゆめ、思いもしていない。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
半左衛門亡き後のこととて、虎松は陰になり日向になり、この年若の半之丞を保護してきたつもりなのに、彼はスルリとわきの下を通りぬけて、どこかへ出奔しゅっぽんしてしまった。
くろがね天狗 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ズーデルマンのマグダと云う脚本をつい近頃になって読みましたが、これはマグダという女が、父の意にもとって、押しつけられた御聟おむこさんをきらって、家を出奔しゅっぽんした話であります。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この出立はむしろ出奔しゅっぽんに近い。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、お前は放埒ほうらつすさんだ揚句、阿波を出奔しゅっぽんして行方をくらまし、わしは、原士のおさに見破られて、とうとう、この剣山へ捕われの身となってしまった。よくよくの因縁だ。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真鍮は真鍮と悟ったとき、われらは制服を捨てて赤裸まるはだかのまま世の中へ飛び出した。子規は血をいて新聞屋となる、余は尻を端折はしょって西国さいこく出奔しゅっぽんする。御互の世は御互に物騒ぶっそうになった。
京に着ける夕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
関羽の出奔しゅっぽんは、あくまで義にそむいてはいない。彼は七度ななたびも暇を乞いに府門を訪れているが、予が避客牌ひかくはいをかけて門を閉じていたため、ついに書をのこして立ち去ったのだ。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今に三人が海老茶式部えびちゃしきぶ鼠式部ねずみしきぶかになって、三人とも申し合せたように情夫じょうふをこしらえて出奔しゅっぽんしても、やはり自分の飯を食って、自分の汁を飲んで澄まして見ているだろう。働きのない事だ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あるいはそのもの変心して遠く出奔しゅっぽんしたのでもあるか、どうか。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)