もた)” の例文
啓吉は黙ったまま井戸端へまわったが、ポンプを押すのもかったるくて、ポンプにもたれたままさっきの蟋蟀のことを思い浮べていた。
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
哲郎は起って女と並んだ時、爪立つまだちをめた女の体がもったりともたれて来た。哲郎はその女の体を支えながらボール箱に手をやった。
青い紐 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
左にだらだら坂を上ると段々畑が現れて、鍬の柄にもたれながらこっちを見ている人達の姿が目に入る、これは其処へ通う路であった。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
が、大井はやはり退屈らしく、後頭部を椅子の背にもたせて、時々無遠慮に鼻を鳴らしていたが、やがて急に思いついたという調子で
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「あんた怒ったの」と、松山が云い、その肥えた躯で深喜にもたれかかろうとした。深喜は躯をそらし、ふところから紙入れを出した。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
奥には——いや炉部屋ろべやの側の竹窓がある小さい部屋には、その道三秀龍が、窓べりにもたれて、往来のほうを見まもっているのだった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
窓を開けると、水のやうな月夜、遠く祭のどよみを聽いて、低い生垣にもたれるやうに、シヨンボリ立つて居る女と顏を合せました。
よろよろと幕にもたれかかったと思うと、ちょうど幕に呑まれたように、ハムレットの姿がふっと舞台から見えなくなってしまった。
ハムレット (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
Bはさう大して上等の普請ではなかつたけれども、兎に角新しく気持よく建てられた二階の欄干にその身をもたせ得たことを喜んだ。
山間の旅舎 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
広間の長椅子にもたれて其のへんに置いてある上海や香港ホンコンやマニラあたりの英字新聞を物珍らしく拾ひ読みした後、早く寝てしまつた。
海洋の旅 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
さうして濕つぽい夜更けの風の吹いて來る暗い濠端ほりばたの客の少い電車の中に互ひの肩と肩とをもたせ合つて引つ返して來るのであつた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
灯を点けることも忘れ窓掛カーテンを引くことも忘れて、凝乎じっと私は椅子にもたれていたが、「旦那様、お食事のお仕度が整いましてございます」
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
が同時にまた、思出の多いここの頼母たのもしさを感じて、葛木は背後うしろに活路を求めるのを忘れつつ、橋の欄干に、ひた、とそのせなもたせた。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
瀬川は机の上の手紙を慌ててかくし、抽斗ひきだしの中へしまい込むと、それから机に背をもたらせて寄りかかりながら「まあ、お座り」と言った。
繻子しゅすの模様もついとは思うが、日除ひよけ白蔽しろおいに、卸す腰も、もたれる背も、ただ心安しと気を楽に落ちつけるばかりで、目の保養にはならぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
嵐の前の宵、客のない暗い二階の欄干にもたれて沖を見ていた。昼間から怪しかった雲足はいよいよ早くなって、北へ北へと飛ぶ。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼は娘の死体を抱き起して、大トランクにもたせかけ、手際よく髪をい始めた。髪の道具もちゃんとトランクの中に用意してあったのだ。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
二人は、裏畑の中の材木小屋に入つて、積み重ねた角材にもたれ乍ら、雨にしめつた新しい木の香を嗅いで、小一時間許りも密々ひそ/\語つてゐた。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
私は、彼女の体を抱き起して、壁にもたせかけた。それからこんどは、首を拾いあげた。その首を彼女の肩のうえにめてやった。
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
夜具代りにした二三枚のケットにもたれて、書見にふけっているように装いながら実は考えごとにふけっていたと思われるのである。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
背中を貸すだけではなく、やや疲れたと見た時分には、草にふしたその腹を提供して、そこにもたれて眠ることをさえ許すの風であります。
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お雪は剥くものを剥いてしまうと、それを目笊めざるに入れて、水口にいる女中の方へ渡した。そして柱にせなかもたせて、そこにしゃがんでいた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
こゝにわれ鍋の鍋にもたれて熱をうくる如く互に凭れて坐しゐたる二人ふたりの者を見き、その頭より足にいたるまで瘡斑點かさまだらをなせり 七三—七五
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
かの女は、くぐり門に近い洋館のポーチに片肘かたひじもたせて、そのままむす子にかかわる問題を反芻はんすうする切ない楽しみに浸り込んだ。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「他あやん、そんな暖簾にもたれて麩噛んだみたいな顔せんと、もっと元気出しなはれ。おまはんまで寝こんでしもたら、どんならんぜェ。」
わが町 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
若いうちは色気から兎角了簡の狂いますもので、血気いまだ定まらず、これをいましむる色にりと申しますが、すこぶ別嬪べっぴんが膝にもたれて
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
唯机にもたれているばかりであるけれども、油然ゆうぜんとして楽しいのはやはり心一つに遊ぶからである、というような、そういう心の遊びである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
幾度いくどか二人はつんのめりそうになった。両腕を互の首根っ子に廻わして、お互にまた引きずったり、もたれかかったりしていた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
男はそんな事に気も付かないていで、椅子の背に横すじかいにもたれかかったまま女の出て行ったあとをじいーっと見詰めているようであった。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼は、壁一面に貼りつけた満洲の地図と大きな地球儀を備へた離れの居間にうづくまつて、酒がまはると脇息にもたれて仮寝うたゝねをするだけだつた。
サクラの花びら (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
... そして、いつ帰ったか戸締りを破って這入って、籐椅子にもたれたまゝ狭心症で死んでいた——ふうん」ともう一度感嘆して、「よし直ぐ行く」
青服の男 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
四十あまりの大番頭が端近の火鉢にもたれて店番しているのを見て、三次は、ははあ、これが昨日瓦屋へ談じ込んで行った白鼠だな、と思った。
朝からの気疲れがおしげの身体を包んだ、新吉なんか怖かないやと思つてゐるうちに、そこにもたれてほんの暫くまどろんだ。
一の酉 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
あたしの愛しい方! おつむをあたしにおもたせなさいまし! 何だつてあなたは、そんな不吉なことをお考へになるのです?
そういう時、ぼくはひとり、甲板の手摺てすりもたれ、あわだったなみを、みつめているのが、何よりの快感でした。あなたとは、もう遊べませんでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
彼は軽く桛杖にもたれながら、じっとその場所に立っていて、今にも跳びかかろうとする蛇のように相手の男を見守っていた。
西中島にしなかじまの大川に臨む旅籠屋はたごや半田屋九兵衛はんだやくへえの奥二階。欄干てすりもたれて朝日川の水の流れを眺めている若侍の一人が口を切った。
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
加藤夫人はこれをドアまで送つてもとの椅子へ戻るまでに、中将は此処で始めて溜息をき、椅子の背へもたれて眼を閉ぢる。
(新字旧仮名) / 喜多村緑郎(著)
埃の舞ひこむ窓口に軍治は机を置き、長持にもたれて足を投げ出し、弱い眼つきで垂れ迫る感じの低い天井を眺めたりした。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
二階座敷の欄干にもたれて、川の中を往來ゆききする小舟を見たり、小旗の立つた蠣舟かきぶねに出入りする人を數へたりして、竹丸は物珍らしい半日を送つた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
イングラム孃は本をとり上げると椅子にもたれかゝつた。で、その話は、れてしまつた。私は殆んど半時間位の間、彼女の方をじつと見てゐた。
彼は独り自分の臥榻ねいすの上にもたれて、黄金色きんいろの長髪の間にはなはだ高い眉がしらをややしわめて、旧游きゅうゆうの地ビルマ、ビルマの夏の夜を偲んでいたのだ。
鴨の喜劇 (新字新仮名) / 魯迅(著)
それは吉田がもうすっかり咳をするのに疲れてしまって頭を枕へもたらせていると、それでもやはり小さい咳が出て来る
のんきな患者 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
そして、卓子テーブルを隔てた前方には、前の幕合から引き続き坐り込んでいる、支倉はぜくら検事と熊城捜査局長が椅子にもたれていた。
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それから汽車に乗っている間、窓の枠に頭をもたして、乗客ひとの顔の見えない方ばかりに眼をやってじっと思いに耽っていた。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
卒然いきなり手をって引寄せると、お糸さんは引寄ひきよせられる儘に、私の着ている夜着の上にもたれ懸って、「如何どうするのさ?」と
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
チヤーチルを宿屋ホテルに送り込んだ紹介人ひきあひにんは、帰りに本屋の店を覗いてみた。本屋は椅子にもたれて籠のカナリヤを逃がしたやうな、浮かぬ顔をしてゐた。
突堤の先端に立っている警羅けいらの塔の入口から、長靴をいた二本の足が突き出ていた。参木は一人になるとベンチにもたれながら古里ふるさとの母のことを考えた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
或る日、トムさんが畠に出て、一鍬土を耕して、じつと鍬の柄にもたれ、ぽかんと口をあけて空想にふけりました。
小熊秀雄全集-14:童話集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
と番人も僕達の仲間入りをして欄干にもたれた。いくら金閣でも朝から此処に坐り続けていたら退屈するのだろう。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)