一廉ひとかど)” の例文
くて三十四歳の時は、押しも押されもせぬ一廉ひとかどの禅師になり、亡師のあとを継いで松蔭寺の住職となり、まだ破れ寺ではあるが
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
従って三五屋という名前は大阪では一廉ひとかど大商人おおあきんどで通っていたが、長崎では詰まらぬ商人あきんど宿に燻ぶっている狐鼠狐鼠こそこそ仲買に過ぎなかった。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
わしの衣裳の精霊は、わしの皮膚の中に滲み入つて、十分たつかたたぬ中にわしはどうやら一廉ひとかどの豪華の児になつてしまつた。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
一廉ひとかどの人物のように言いはやされた能登守、それをこうして見ると、振られて帰る可愛い優男やさおとことしか思われないのであります。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
寝さしておいて、謡を教えさしたッて一廉ひとかどの役には立つのに、お金子かねだといや直ぐあれなんだもの。考えてみりゃ心細いよ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
バイロニズムに浮かされかかっていた少年にはそれ相応な幼稚な不満があって、それが一廉ひとかどの見識でもあるかのように思いなされるのである。
世は上下とも積年の余弊に苦しみつかれている様を見ては、われひと共に公禄こうろくむもの及ばずながらそれぞれ一廉ひとかどの忠義をつくさねばなるまいと
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
夕方に商人が出る時分に「おはよ/\」の蝋燭ろうそく屋の歌公というのが、薩摩さつま蝋燭を大道商人に売り歩いて、一廉ひとかどもうけがあった位だということでした。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
料理屋の酒を飲んだり待合へ這入はいるから通人となり得るという論が立つなら、吾輩も一廉ひとかどの水彩画家になり得る理窟りくつだ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
成るほど此の男は一廉ひとかどの大名らしい品格と貫禄かんろくとを備えているけれども、何だか優男やさおとこじみていて、二萬の大軍に号令する武門の棟梁とうりょうの威風がない。
右の方々には一廉ひとかどの識者もあるのに、なぜそんな必然の結果にお気が付かれんであろうか。脇から見てもハラハラする。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
さればこそをぢ君の御腹立をも申解まうしとかばやとさへ思ふなれ。おん身には好き稟賦ひんぷあり。學ばゞ一廉ひとかどの人物ともなるらん。
そして維新の風雲の間に一廉ひとかどの地位を占めて来た。けれども今日の我輩をもって功成り名を遂げた者としてしまうのはいけない。我輩は諸君の友達だ。
青年の天下 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
このたび一廉ひとかどの働きをしたものども、本多民部左衛門、奉書目付岡田忠蔵以下に、それぞれ百五十石の加増をした。
無惨やな (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
内地で一廉ひとかどの仕事が出來るものが移住して來たからであらうが、一つには、讀書によつて知識を吸收するからぢや。
泡鳴五部作:05 憑き物 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
ほかにも三、四の会社に関係して、相談役とか監査役とかいう肩書を所持している。まず一廉ひとかどの当世紳士である。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すると彼の態度は急変し、それ迄意匠を盗む怪しい奴と思われていた私が、すくなくとも一廉ひとかどの人間になった。彼はこの件を会長と相談して来るといった。
何れも顔付だけは一廉ひとかど何か民衆解放に貢献するみたいに声明してはストライキを売ったりしてるのと同様だ。
ニッポン三週間 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
それらが一廉ひとかどの俳人になってどんな事を仕でかすか、どんな新しい方面を開拓して行くか、我らの思いも及ばぬ事をするか、それは計り知られぬものがある。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
かやうな學校の倫理で教育せられた多數の女は、他日また今の姑達の多數が平氣で若い嫁に加へて居るやうな暴虐を一廉ひとかどの賢母振つて繰返すことになるでせう。
姑と嫁に就て(再び) (旧字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
出さぬ奴の先霊もたちまち地獄へ落ちるとおどしたら、何がさて大本教を信ぜぬと目が潰れるなど信ずる愚民の多い世の中、一廉ひとかどの実入りを収め得るに相違ない。
の藩中でもあるいは御家人旗下はたもとのような処へでも養子にって、一廉ひとかどの武士に成れば、貴様も己に向って前々まえ/\御高恩を得たから申上ぐるが、それはお宜しくない
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「それに、己もちょうど働きざかりだ。これで女にさえ関係しなければ、己も一廉ひとかどの財産ができる。」
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
みな一廉ひとかどの人物なのだ、優しく謙虚な芸術家なのだ、誠実に、苦労して生きて来た人たちばかりだ。
善蔵を思う (新字新仮名) / 太宰治(著)
それでは生活難と闘わないでも済むから、一廉ひとかどの労力の節減は出来るが、その代り刺戟しげきを受けることが少いから、うっかりすると成功の道を踏みはずすだろうと云った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
第一貴処あなた、困る事には此役に立たない商業学校の卒業生が学校を出れば一廉ひとかどな商業家になつた気でゐる、高等商業学校を初めとして全国に商業学校が各府県に一つづゝある
青年実業家 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
湯灌場者は死人の手汚てあかで黒ずんでいるし、ほかの古物も、長らく人間の喜怒哀楽を見て来ているようで、そこらの品の一つ一つが一廉ひとかどの因縁を蔵しているらしく思われる。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「へえ。あれが漁夫の賭博場かい。さう思つて見ると面白いね。」榮一は一廉ひとかどのいゝ思ひ付きのつもりで云つたことを、妹のために容易たやすく打ち消されて照れ隱しにかう云つて
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
その頃は兵さんも、もう一廉ひとかどの若者になっていた。牛や馬と同様に納屋の天井裏に、鼠と一緒に寝起ねおきしてはき使われながらも、兵さんは二十前後のちゃんとした若者であった。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
彼の若い望みは一廉ひとかどの小説家になりたかった。しかし、彼は彼の青春が去ろうとするとき自分の才能が自分で認め信じた程に恵まれていないことを発見しなければならなかった。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
一廉ひとかどの家柄のものならば、一代に二度三度京都に勤番をして、名誉官を拝命して帰って来るから、当然これをもって他人と区別することができたけれども、微々たる平民に至っては
名字の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
趣味の方では、伯父は一廉ひとかどの見識をもっていた。それで庭などを造るにも、金鱗湖とか、その向うの由布山の密林とか、裏の田とかいうものが注意して背景としてとり入れてあった。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
一廉ひとかどの男にとっては答えるのも面白くないような質問をかけると、彼はただ庇護ひごするような微笑を見せ、ラテン語の句をもち出し、神様が解き明かしてくださるように祈りに祈れと
何か自分では一廉ひとかどの彫刻師になったような気持で、師匠から当てがわれた仏様の方をやるのは無論であるが、それだけではたんのう出来ないような気持で、何か自分の趣向を立てたもの
一廉ひとかどの武士に育て上げて遣わすが、わし膝下しっかで修行を積んで見る気はないか」
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
己は罪を犯してゐない。己は貧乏だ。あの猩々は随分金になる代物で、己の身分から見れば一廉ひとかどの財産だ。それを余計な心配をしてなくさないでも好い。どうにかして取り戻したいものだ。
で、ガルール等の仕事は、綱や鎖で一生懸命にその荷物をひっからげることで、その合間には船員達の作業に手伝をさせられた。そうして彼等はいつの間にか、一廉ひとかどの水夫らしくなって来た。
蕃山ほどの大事業ある人にして此言始めて可味あじわうべくなるべしといえども、即これ先日申上候道の論を一言にて申候者と存候。朝より暮まで為す事一々大事業と心得るは、即一廉ひとかどの人物といふものと存候。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
そりやその筈さ、自分では一廉ひとかどおとなのつもりでも、まだ兵隊さんにも、行かれない年なんだからね。まあよく積つても御覧、お父様はあんなだし、荷物といつちや何一ツ出来やうじやなし。
誰が罪 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
惜しいことには夭死わかじにした。今居ったなら一廉ひとかどの人物となっておるに相違ないと思う。何でも議論風発と云う勢で、そうして東京育ちの弁を振うもの故、予の如き田舎漢いなかものはいつも遣りこめられた。
鹿山庵居 (新字新仮名) / 鈴木大拙(著)
久留米侯有馬頼徸は和算家として一廉ひとかどの人物であるが、もとより江戸で天文方の山路主住から学んだもので、当時随一の大家であった藤田貞資を抱えたといっても、藤田は江戸にいたのであった。
兎に角一廉ひとかどの利方だと、わたくしには思われます。80
外交の事に掛けても一廉ひとかどの腕前があるに違いない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「ハハハ……、オイ川手、貴様も実業界では一廉ひとかどの人物じゃないか。みっともない、そのざまは何だ。オイ黙らんか。黙れというのだ。……まだ泣いているな。往生際おうじょうぎわの悪い奴だ。……よし、それじゃ俺が黙らしてやろう」
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
お神さんはいつでも万平贔負びいきであった。芝居のお供といったらいつも万平で、万平のお蔭でお神さんは一廉ひとかどの芝居通になっていたのであった。
芝居狂冒険 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
友造ともざう袖崎そでさきうちおんがあるとつたのもほかではない、けんきこえた蒔繪師まきゑしだつた、かれちゝとしつかへて、友造ともざう一廉ひとかどうで出來でき職人しよくにんであつたので。
月夜車 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
首と云うものは、名もない雑兵ぞうひょうのものなら知らぬこと、一廉ひとかどの勇士の首であったら皆そう云う風に綺麗きれいに汚れを除いてから、大将の実検に供えるのである。
これを突飛として見れば突飛だが、注意を以て観察すればその人が、一廉ひとかどの注意人物でない限りはありません。
そして士族の子弟が皆この校へ入学していた。その教官には一廉ひとかどの学者が多く、中には有名な漢学者もいた。
彼も若い頃は一廉ひとかどの愛煙家であったに違いない。少しみ過ぎたと気が附いて、止めようとして、初手しょては誰でもする代用品を使ってごまかした。それではいけない。