馭者ぎょしゃ)” の例文
親方おやかた、おまえさんは、戦争せんそうにいきなさったか。」と、ききました。ふいにこういかけられたので、馭者ぎょしゃは、おどろいたかおをして
しらかばの木 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それから馭者ぎょしゃは、茂った樹木の間からそびえ立っている煉瓦と木材の破風を、鞭で指しながら「あれがリドリング村です」と云った。
馬車はかなりの歩速で躍ッていたが、馭者ぎょしゃの鞭の数がまだ少ない気がした。黙っているお菊ちゃんだってやっぱり同じだろうと思った。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
馭者ぎょしゃを失った犬どもがこの時烈しく吠え出した。三頭ながら空を仰ぎ降りしきる雪に身をふるわせさも悲しそうに吠えるのである。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
馭者ぎょしゃが馬を追うごとに、馬車はぎしぎしときしめきながら、落ち葉の波の上を、沈んでは転がり浮かんでは転がって行った。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
スコッチ服の馭者ぎょしゃがキチンと馭者台へ座ってときどき思い出したように片手の喇叭を吹き鳴らしながら、往来を横切ろうとする老人などに
円太郎馬車 (新字新仮名) / 正岡容(著)
帝劇女優の音羽かね子が馭者ぎょしゃアルフィオの女房ローラになって、第一幕の有名なサントッツァとトゥリドオの二重唱を中心に抄演したのでした。
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
馬車がようよう止まると、馬丁は馭者ぎょしゃ台から飛び降りて来た。外国婦人も降りて来た。私たちの車夫も駈け寄った。往来の人もあつまって来た。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「同じ馬車に上等中等下等がありました。私は当時必ず下等でした。『おい、若い衆、下等で行こう』と馭者ぎょしゃが定めてしまうから仕方がありません」
村の成功者 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
貸家かしやがあるたびに、馭者ぎょしゃに車を留めさせて、マリイが間取りの様子や庭などを見て来る間、男は車の中に待っていた。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
馭者ぎょしゃは橇の中で腰まで乾草ほしくさに埋め、くびをすくめていた。若い、小柄な男だった。頬と鼻の先が霜であかくなっていた。
(新字新仮名) / 黒島伝治(著)
ガーエフは頭巾ずきんのついた暖かい外套がいとうを着ている。召使たちや馭者ぎょしゃたちが集まる。エピホードフは荷物の世話をやく。
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
あるいは馭者ぎょしゃがときどきむこうから自分に気づいて、ふざけてむちの革でさわっていったとかいうことです。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
ある日、一台の馬車がそのうちの前に止りました。馭者ぎょしゃが戸を開けると、大屋敷の父親や、看護婦が下りました。すると、玄関から下男げなんが二人駈け降りて来ました。
料理人も、馭者ぎょしゃも、召使も、家来も、一人々々王を置き去りにして、れいの商人のところへ行ってしまいました。まもなく食物たべものにもさしつかえるようになりました。
イワンの馬鹿 (新字新仮名) / レオ・トルストイ(著)
かつて馭者ぎょしゃたりし日の垢塵こうじんを洗い去りて、いまやそのおもてはいと清らに、その眉はひときわひいでて、驚くばかりに見違えたれど、まがうべくもあらず、渠は村越欣弥なり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
馬は踠き出す、馭者ぎょしゃは絆を引きしめる。谿が鳴り山が響いて風が一過したかと思うと、大雨が襲って来た。止まるべき家もないので、馬車は雨をいてひた走りに走る。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
皎々こうこうと月のさえた夜だったが、寒さははげしかった。わたしたちの駅伝馬車は、てついた大地を矢のように走った。馭者ぎょしゃはたえずむちを打ちならし、馬はしばらく疾駆した。
たとえば年寄りの栗毛くりげなどは、馭者ぎょしゃのアントンのむちを横っ腹へ食らいはしまいかとたえずびくびくしながら、乾草の山をかき分けているのですが、これは馬のことですから
老人の馭者ぎょしゃが、この喧噪けんそうの中に、こっくりこっくり居眠りをしていた。馬車とはおどろいたが
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ある時の彼はまた馭者ぎょしゃや労働者と一所に如何いかがわしい一膳飯屋いちぜんめしやかたばかりの食事を済ました。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
後に陛下の馭者ぎょしゃになった人と私の親戚に当る伊藤八兵衛という二人が始めたもので、雷門に千里軒というのがあって此処ここがいわば車庫で、雷門と芝口との間を往復していたのです。
銀座は昔からハイカラな所 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
山高帽子の馭者ぎょしゃに黒鴨仕立ての馬丁、毛並を揃えた二頭立ての駿足を駆って、威風四辺を払う勢い、これが丸の内界隈や銀座通りを疾駆する光景、見た目は確かに自動車以上だが
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
そこで思い付いたのがこの花馬車競技でございます。一等賞を取れば五千法。……これに限ると、四輪馬車に馭者ぎょしゃをつけて一日二百五十法で借り、「生きた花馬車」を作りました。
手々に手廻てまわりのものや、ランプを持って、新宿まで電車、それから初めて調布行きの馬車に乗って、甲州街道を一時間余ガタくり、馭者ぎょしゃに教えてもらって、上高井戸かみたかいど山谷さんやで下りた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
りょうの馬車を認め目科はれを呼留よびとゞめてず余に乗らしめ馭者ぎょしゃには「出来るだけ早くれ、バチグノールのレクルースまち三十九番館だ」と告げ其身も続て飛乗りつ只管ひたすらうませかたてたり
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
宋の龐元英ほうげんえいの『談藪』に、いん州の五峯に至りし人、〈馬上遥かに山中の草木蠕々ぜんぜんとし動くを見る、疑いて地震と為す、馭者ぎょしゃいう、満山皆猴なり、かず千万を以て計る、行人独り過ぐれば
馬は一条ひとすじの枯草を奥歯にひっ掛けたまま、猫背ねこぜの老いた馭者ぎょしゃの姿を捜している。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
しかし貴族と馭者ぎょしゃとは違うのであるから、負債はどこまでも支払わなければならないことを言い聞かせれば、おそらく説得できるものと思ったので、結婚以来初めて祖父に言訳いいわけをしたり
中の条町にて昼食ちゅうじき。掛茶屋に腰を下ろしている間に、前の通りで五十ばかりになる田舎者と馬車の馭者ぎょしゃとが押問答をしている。田舎者のつれらしい三十位の女が子を抱いてそばに立っていた。
彼が最後に書物を買った時は、チョッキから、上衣から洋袴ズボンから、外套まで、小型の奴は悉くポケットに詰め込み、大冊は両わきに抱えたので、何処の辻馬車の馭者ぎょしゃも彼を乗せる事を拒んだ。
愛書癖 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
明治、鹿鳴館ろくめいかんのにおいがあった。私は、あまりの懐しさに、馭者ぎょしゃに尋ねた。
新郎 (新字新仮名) / 太宰治(著)
馭者ぎょしゃも勿論馬車の上に休んでいたのに違いない。が、俺は格別気にも止めずに古本屋の店へはいろうとした。するとその途端とたんである。馭者はむちを鳴らせながら、「スオ、スオ」と声をかけた。
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しばらく五六人の馭者ぎょしゃらしい人たちの間に割りこんで、手もちぶさたそうに炉の火にあたっていたが、みんなの吹かしている煙草にむせて急に咳が出だしたので、僕は小屋のそとに出ていって
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
けれども藍丸王の行列が見えると、こんなに繁華な往来が皆一時にピタリと静まって、見る間にみちを左右に開いて、馭者ぎょしゃむちを捧げ畜生は前膝を折り、途行く人々は帽子を取って最敬礼をする。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
かまどはみな火が燃えており、炉には威勢よく炎が立っていた。主人はまた同時に料理人頭であって、かまどなべを見て回り、馭者ぎょしゃたちのためにこしらえるうまい食事の監督をし、ひじょうに忙しかった。
お婆さんは、にこにこ笑いながら、おなじように杖一本で、箱のなかにいた六匹の二十日鼠はつかねずみを六匹のたくましい馬に変え、鼠をいきな馭者ぎょしゃに変え、六匹の蜥蜴とかげを六人のりっぱなお供に変えました。
シンデレラ (新字新仮名) / 水谷まさる(著)
馭者ぎょしゃが二人、馬丁ばていが二人、袖口そでぐちえりとを赤地にした揃いの白服に、赤いふさのついた陣笠じんがさのようなものを冠っていた姿は、その頃東京では欧米の公使が威風堂々と堀端を乗り歩く馬車と同じようなので
十九の秋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
馭者ぎょしゃ、料理人、下男下女、国家の用役をなす官吏、例えば行政官・裁判官・軍人など、農業・工業・商業に従事する労働者、弁護士、医師、芸術家、自由職業に従事する者などは、皆この範疇に属し
馭者ぎょしゃに云う
孟買挿話 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
彼は陽城を出て、四頭立ての驢車ろしゃに美人を大勢のせ、酔うた彼は、馭者ぎょしゃの真似をしながら、城外の梅林の花ざかりを逍遥していた。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つづいて、ピシッ、馭者ぎょしゃがむちをあてるとうま本気ほんきになってはししました。そとていると、だんだんえきからとおざかりました。
しらかばの木 (新字新仮名) / 小川未明(著)
馭者ぎょしゃは長いむちを振り上げて馬を追った。馬車はごとごと揺れながら走った。敬二郎と紀久子とはそーっと手を握り合った。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
これまでは、ヴォローヂャも家へ帰ると、クリスマス・ツリーの用意をしたり、馭者ぎょしゃや牛飼いが雪の山をつくるのを見に、庭へ走って行ったりしたものだった。
少年たち (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ただどうもあそこへ行くのがいやでならんというのは、あの町へ行くときは旦那を馬車に乗っけて行くのでな、馭者ぎょしゃというものが旦那の言いつけでわしらを駆り立てるのじゃ。
馭者ぎょしゃは台の上にのっていましたが、酒にでも酔っているらしく、妙な声ではな唄をうたっていました。車をひっぱる痩馬やせうまは、この酔払い馭者に迷惑そうに、とぼとぼとついていきます。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その前には黒い、ドアを閉めた二頭立てのそりがあった。今この黄昏たそがれのなかでKが離れた場所から見て馭者ぎょしゃだろうと想像したのだが、その馭者を除いて、だれ一人見うけられる人影はなかった。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
そのかかり船に、長崎辺の伯父が一人乗込んでいると云うて、お小遣こづかいの無心に来て、泊込んでおりました、二見から鳥羽がよいの馬車に、馭者ぎょしゃをします、寒中、襯衣しゃつ一枚に袴服ずぼん穿いた若い人が
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうしてものをも云わずお母様から濃紅姫を無理に引き取って、その手をぐんぐん引きながら表へ出まして、用意の出来ている白馬三頭立ての花で飾った馬車へ乗せると、直ぐに馭者ぎょしゃに向って——
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
「ホウ。」といって、そのとき、馭者ぎょしゃは、つなをひきました。やせた赤毛あかげうまが、ガラッ、ガラッとわだちをきしらせました。
しらかばの木 (新字新仮名) / 小川未明(著)