かへりみ)” の例文
平次が妾のお源の神妙らしく取繕とりつくろつた顏をかへりみると、お源は少しあわてて、大きくうなづきました。平次の推理には一點の隙もありません。
この亡夫と云ふ言葉に、この寢室の祕密が——この寢室の堂々としてゐながら、打ち棄てゝかへりみられないと云ふ魔力が——ひそんでゐるのだ。
京水とあひかへりみて感じ、京水たはふれにイヨ尾張屋とほめけるが、尾張屋は関三の家号いへななる事通じがたきや、尾張屋とほむるものひとりもなし。
今にして壽阿彌の手紙をかへりみればその所謂いはゆる愚姪ぐてつ」は壽阿彌に家人株けにんかぶを買つて貰つた鈴木、師岡、乃至ないし山崎ではなくて、眞志屋十二代清常であつた。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
かへりみる台所のかたには、兼吉の老母が転輾てん/\反側はんそくの気はひ聞ゆ、彼女かれも此の雪の夜の物思ひに、既に枕にきたるも、容易たやすくは夢の得も結ばれぬなるべし
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
塾のおとさんが時々見廻りに来て呉れるのに任せである。自分のくはは入口の庭の隅に立て掛けたまゝだ。畠も荒れた。しかし私は今、それをかへりみいとまが無い。
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
洛中らくちうがその始末であるから、羅生門の修理しゆりなどは、元より誰も捨てゝかへりみる者がなかつた。するとそのてたのをよい事にして、狐狸こりが棲む。盗人ぬすびとが棲む。
羅生門 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
時々とき/″\顔をげると、ひたひの所丈がすなしろくなつてゐる。だれかへりみるものがない。五人も平気で行きぎた。五六間もた時に、広田先生が急に振り向いて三四郎に聞いた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
入江にちかづくにつれて川幅次第に廣く、月は川面に其清光をひたし、左右の堤は次第に遠ざかり、かへりみれば川上は既に靄にかくれて、舟は何時しか入江に入つて居るのである。
少年の悲哀 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
人の手でいつくしまれて居たその当時の夢を、北方の蛮人よりももつと乱暴な自然の蹂躙じうりんに任されてかへりみる人とてもない今日に、その夢を未だ見果てずに居るかと思へるのである。
かずらざる無學むがくひとには、一時いちじおどろかすの不便ふべんあらん文盲人もんまうじん不便ふべんどくながらかへりみるにいとまあらず。其便不便そのべんふべんしばらさしをき、かく日輪にちりんもとなり、つきつきものなり。
改暦弁 (旧字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
いよ/\利根の水源すゐげん沿ふてさかのぼる、かへりみれば両岸は懸崖絶壁けんがいぜつぺき、加ふるに樹木じゆもく鬱蒼うつさうたり、たとひからふじて之をぐるを得るもみだりに時日をついやすのおそれあり、故にたとひ寒冷かんれいあしこふらすとも
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
この登山に唯一のおそろしきものゝやうに言ひす、胸突むなつき八丁にかゝり、暫く足を休めて後をかへりみる、天は藍色に澄み、霧は紫微しびに収まり、領巾ひれの如き一片の雲を東空に片寄せて
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
賢弟とわかれて国にくだりしが、国人くにびと大かた経久がいきほひにきて、塩冶えんやめぐみかへりみるものなし。従弟いとこなる赤穴あかな丹治、富田の城にあるをとむらひしに、利害を説きて吾を経久にまみえしむ。
私事恥を恥とも思はぬ者との御さげすみをかへりみず、先頃して御許おんもとまでさんし候胸の内は、なかなか御目もじの上のことばにも尽しがたくと存候ぞんじさふらへば、まして廻らぬ筆にはわざと何もしるし申さず候まま
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
京水とあひかへりみて感じ、京水たはふれにイヨ尾張屋とほめけるが、尾張屋は関三の家号いへななる事通じがたきや、尾張屋とほむるものひとりもなし。
国民の耳目じもく一に露西亜ロシヤ問題に傾きて、只管ひたすら開戦のすみやかならんことにのみ熱中する一月の中旬、社会の半面をかへりみれば下層劣等の種族として度外視されたる労働者が
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
平次はガラツ八をかへりみて面白さうに笑ふのです。この男、一體何時になつたら嫁を貰ふ氣になるでせう。
もとよりかかるをこそと一〇四みだれ心なる思ひ妻なれば、一〇五ねぐらの鳥の飛び立つばかりには思へど、一〇六おのが世ならぬ身をかへりみれば、親兄弟はらからのゆるしなき事をと、かつうれしみ、かつ恐れみて
四方しはうかへりみはしさりて行方しれず。