阿修羅あしゅら)” の例文
眼に血をそそぎ、すさまじい形相ぎょうそう壱岐殿坂いきどのざかのほうを見こむと、草履ぞうりをぬいで跣足はだしになり、髪ふりみだして阿修羅あしゅらのように走りだした。
顎十郎捕物帳:08 氷献上 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
と叫びながら、再び追いつくと、私はもう息も絶え絶えの姿であったが、阿修羅あしゅらになって、左右の腕でところ構わず張りたおした。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
額には油汗がぎらぎら浮いて、それはまことに金剛あるいは阿修羅あしゅらというような形容を与えるにふさわしいすさまじい姿であった。
親友交歓 (新字新仮名) / 太宰治(著)
むしろ、阿修羅あしゅらの世に、ぜひなく悪鬼正成と生れかわった自己の修羅道の苦患くげんは今日が第一歩ぞとさえ、ほんとには思っている。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
唱えていたのも俺の姿、今又この通り会社の仕事で張り切って阿修羅あしゅらのようになっているのも俺の姿だ。君には何方の姿が俺らしく見えるかね?
人生正会員 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
長居ながいはめんどうと思ったものか、阿修羅あしゅらのごとき剣幕けんまくで近く後日の再会を約すとそのまま傾く月かげに追われて江戸の方へと走り去ったのだった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
得ようと阿修羅あしゅらのように戦ったことを! ああある時は二つの船はふなばたと舷とを触れ合わせて白刃と白刃で切り合った。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その光で、あたりの光景がべにを流したように明るくなりました。そこに一箇ひとりの囚徒が阿修羅あしゅらのようにあばれています。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
穴の口でぱっと火薬に火をつけると、お尻を宙に立て口先を水道の口のように細めて、煙を穴の奥へ吹き込んだ。斜酣は阿修羅あしゅらのような活動振りである。
採峰徘菌愚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
元来年々大きなあられの降るというのは八部衆の悪神すなわち天、龍、夜叉やしゃ乾達婆けんだつば阿修羅あしゅら迦楼羅かるら緊那羅きんなら
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「もはや修羅しゅらの時刻になったようです。阿修羅あしゅらどもがお迎えにまいったと申しております。お立ち下さい」
もし飽くまでも不得心ならば、帝釈たいしゃく阿修羅あしゅら眷族けんぞくをほろぼしたと同じ意味で、兄が手ずから成敗するからそう思えと、怒りの眼に涙をうかべて云い聞かせた。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
時も時なら、おりもおりでしたから、思わぬ珍事出来しゅったいに風流優雅の絵模様を浮かべたたえていた水上は、たちまち混乱騒擾そうじょう阿修羅あしゅら地獄にさまを変えたのは当然——
むか阿修羅あしゅら帝釈天たいしゃくてんと戦って敗れたときは、八万四千の眷属けんぞくを領して藕糸孔中ぐうしこうちゅうってかくれたとある。維摩ゆいまが方丈の室に法を聴ける大衆は千か万かその数を忘れた。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
人間は徹頭徹尾てっとうてつび利己的の動物であるといい、強いものは弱いものをおとし踏みにじるのが人生である、阿修羅あしゅらのようになってそうしたことのできるものは謳歌おうかされ
親子の愛の完成 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
これは少年が初めて目にした、母性の阿修羅あしゅら像だつた。その畏怖は永く少年の胸から消えなかつた。
少年 (新字旧仮名) / 神西清(著)
実に悪魔サタンがこの世にくだって以来、わたしほど傲慢無礼の動物はありますまい。わたしは更にリドへ行って賭博を試みましたが、そこは全く阿修羅あしゅらちまたともいうべきものでした。
気がつかなかったけれど、いつの間に現れたか、一人の怪漢がジュリアをにらんでヌックと立っていた。左手には古風な大型のピストルを持ち、その形相ぎょうそう阿修羅あしゅらのように物凄かった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この系統のものとしては、他に興福寺の阿修羅あしゅら像だけを私は美しいと思う。新薬師寺の十二神将に至っては、もはや信仰が病的状態に入ったことのあらわれとしか思えないのである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
いかに阿修羅あしゅらのように荒れたとて、敵ではないにきまっているのに、さも、尚たのむところありげに、おくれも見せずたたずむ姿には、必勝を期するものの自信がありありと見えるのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ピカ一は加代子さんを抱き、ゆすりなが阿修羅あしゅらのような顔をあげて
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
まるで阿修羅あしゅらみたいなおやじは、塩をむんずと掴むと、力士が土俵に塩を派手はでにまくみたいに、土がむき出しの工場の地面に、大半の塩をばらまいて、手に残ったほんの僅かの塩を口に放りこんだ。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
あけてもくれてもひじさすきもを焦がし、うえては敵の肉にくらい、渇しては敵の血を飲まんとするまで修羅しゅらちまた阿修羅あしゅらとなって働けば、功名トつあらわれ二ツあらわれて総督の御覚おんおぼえめでたく追々おいおいの出世
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
また、時々、尾撃びげきしてゆく羽柴勢が、逆突ぎゃくとつをくって押し返され、阿修羅あしゅらの両勢のおめき合うのが、すぐその辺のもののように迫って来る。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
最後の晩餐ばんさんの図である。私は目を見はった。これはさながら地獄の絵掛地。ごったがえしの、天地震動の大騒ぎ。否。人の世の最も切なき阿修羅あしゅらの姿だ。
その実は如意宝珠にょいほうじゅ のごときものであって諸天と阿修羅あしゅらとはその実を得るのが非常の喜びである。ところがその実が熟して水中に落ちる時分にジャンブと音がする。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
はたして現われたのは紋十郎で、彼女がそこにいるとも知らぬか阿修羅あしゅらのような姿をして峠を上の方へ走って行った。その跫音も遠ざかりやがて全く聞こえなくなった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
われらの尊む夜叉羅刹やしゃらせつの呪いじゃ。五万年の昔、阿修羅あしゅらは天帝と闘うて、すでに勝利を得べきであったが、帝釈たいしゃく矢軍やいくさに射すくめられて、阿修羅の眷属けんぞくはことごとく亡び尽した。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼は阿修羅あしゅらのようになって、ここの繁み、かしこの藪蔭に躍り入った。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
馬の腹の下から助けを呼ぶ人……鞭をくらって泣き叫ぶおんな子供——阿修羅あしゅらのような中を、馬はさながら急流をさかのぼるごとく、たてがみを振り立て、ふり立て、やっと司馬道場の門前へ——。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「おう、阿修羅あしゅらが今、地獄を現じて見せてやる。地獄もまた、わいらのような似非法師えせほうししょうらすためには、この世に現じる必要がある」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかもその主人公はこうまいなる理想を持ち、その理想ゆえに艱難辛苦かんなんしんくをつぶさにめ、その恥じるところなき阿修羅あしゅらのすがたが、百千の読者の心に迫るのだ。
めくら草紙 (新字新仮名) / 太宰治(著)
これまたずっと以前むかしからその島君に参っていて、通い詰めていたということじゃが、その恋人の島君を、右衛門に取られたと知るや否や、阿修羅あしゅらのように荒れ廻わり、どこから金を持って来るものか
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
芸心げいしん阿修羅あしゅら
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いよいよ、彼の馳駆ちくをゆるす戦線も圧縮されてきた。——宋江はたのしんでいた。「今日こそは、張清の阿修羅あしゅらな姿を、近々、この目で見られようか」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
阿修羅あしゅらとなった鬼火の姥は、裾ひっからげ御幣ごへいふり立て
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ゆたかな、慈悲のおんそうにはちがいない。けれど阿修羅あしゅらもおよばぬすさまじい剣気を眸に持っておいでられる。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、顔を阿修羅あしゅらにして、むらがるなかへ、えつつ駈けこんで行った者は、すべてそれきり帰って来なかった。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
阿修羅あしゅらかとも疑われる勝助のすがただった。事実、彼の前に立ち得る者なく、目前に、数名は突き伏せられた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
敵の形相ぎょうそうも、阿修羅あしゅらの姿も、戦いがたけなわとなって、自分もそれとなったときは、何でもないものであるが、もっとも不気味なのは、初めに接近したときである。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わらわらと、その後から、奉行所の番士たちが追いかけて来るのを、老先生は阿修羅あしゅらのように振りとばして
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
親光は、阿修羅あしゅらとなり——逆賊尊氏にも見参げんざんせん! 尊氏にも一ト太刀! ——とつづいて門へ駈け入ったが、たちまち大勢の白刃に囲まれ無残な死をとげてしまった。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、それを追ッかけ追ッかけ続いて二丁斧を振りかざしながら躍り出して来た黒面こくめん阿修羅あしゅらがある。——あッと、これには殷直閣いんちょっかくも仰天して急に、馬首を向けかえた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
満身あけになりながらも、まだ、二本の刀を持ち、触れれば何物も一さつの血けむりとしてしまいそうな、武蔵の阿修羅あしゅらそのままな姿が、なにか、不可思議なものに見えてきた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
叱咤と共に、その使者を、槍の石突いしづきで突き倒し、ふたたび阿修羅あしゅらとなって、敵兵を迎えた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おめきつつ、阿修羅あしゅらのように、槍もろとも、泥水をね上げて突ッかけて来る人間を見ると
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たたかい合い、さけびあい、双鶏そうけいつめ、くちばしに、阿修羅あしゅらの舞を見るがごときとき——ばくちの魔魅まみかれた人間たちこそ、鶏以上にも凄愴せいそうな殺気を面にみなぎらせてくる。
彼の命令で、水馬すいばに自信のある者は、敵影のない深瀬のふちを通って馬を泳がせ泳がせ渡っている。——また一部の兵は、矢をくぐって、向う岸へかけあがり、阿修羅あしゅらの吠えを放ッていた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いかにも、複雑な形相ぎょうそうだった。阿修羅あしゅらの像みたいに、突っ立っている。
謙信が人いちばい目をかけていた山本帯刀たてわきなどは、阿修羅あしゅらとさえ称ばれた者であった。いつの戦いでも、退がねが鳴って味方が退き出しても、いちばん最後でなければ敵中から帰って来なかった。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)