鍋釜なべかま)” の例文
しばらまつててゐるうちに、いしかべ沿うてつくけてあるつくゑうへ大勢おほぜいそうめしさいしる鍋釜なべかまからうつしてゐるのがえてた。
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
それは老若男女、あらゆる市民の必死のいでたちであった。鍋釜なべかまを満載したリヤカーや、老母を載せた乳母車うばぐるまが、雑沓ざっとうのなかをきわけて行く。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
夕方の仕掛に忙しい鍋釜なべかまだの、野菜物だの、玄米くろごめだのを洗っているこの附近の長屋女房のかしましい群れに、じっとそそいでいるらしいのである。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「わたしが自分でります。」こう云って、エルリングは左の方を指さした。そこはがんのように出張でばっていて、その中にかまど鍋釜なべかまが置いてあった。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
七輪も鍋釜なべかまも、庖丁も俎板まないたも、凡そ金になりさうもない物は、所狹きまで取散らばし、まさに足の踏みどころもない有樣ですが、さすがに女の夜逃げで
かまちの柱、天秤棒てんびんぼうを立掛けて、鍋釜なべかま鋳掛いかけの荷が置いてある——亭主が担ぐか、場合に依ってはこうしたてあい小宿こやどでもするか、鋳掛屋の居るに不思議はない。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ゆき子は敷蒲団の一枚をホテイ・ホテルに買つて貰つて、その金で、鍋釜なべかまや七輪を買ひ、初めて、マアケットでやみの米を一升と炭を少しばかり買つて来た。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
しかして、その荒神は家中の土間の所にかけてあり、家を出でて旅行をするときに、必ずこれを礼拝し、これと同時に鍋釜なべかまふたを頭上にいただく風習がある。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
だれがなんといったって、世界中せかいじゅうでおれの威勢いせいにかなうものはあるまい。おれが一声ひとこえうなれば、十ほういえ地震じしんこって、鍋釜なべかまのこらずひびがいってしまう。
物のいわれ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
間取りは六じょうふた間に、八帖ほどの板の間。勝手にかわやが付いていた。井戸はすぐ裏で、勝手には造りつけのへっついがあり、手桶から水瓶みずがめ鍋釜なべかままで揃っていた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
掘立小屋ほつたてごや出來できてから勘次かんじはそれでも近所きんじよなべかま日用品にちようひんすこしはもらつたりりたりして使つかつた。おつぎはあひだしんけた鍋釜なべかま砥石といしでこすつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
動いたことのない古物が——鍋釜なべかま麦稈むぎわら帽子、靴、琴、鏡、ボンボン時計、火鉢、玩具、ソロバン、弓、油絵、雑誌その他が古ぼけて、黄色く脂じみて、かびに腐つてゐる。
日本三文オペラ (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
浪士らは思い思いの家を見立てて、鍋釜なべかまから洗い米などのざるにそのまま置き捨ててあるようなところへはいった。耕雲斎は問屋といやの宅に、稲右衛門は来迎寺らいごうじにというふうに。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
屋台店を並べて犠牲用いけにえようの家畜や鳩を売る者、奉納用の貨幣を両替する者などのかまびすしく叫ぶ声、おまけに籠や鍋釜なべかまさげてこの門からかの門へと宮の庭を自由に通り抜ける市民もあって
よし連れて行てろう。連れて行くが、君はめしかなければならぬがよろしいか。江戸へ行けば米もあれば長屋もある。鍋釜なべかまも貸して呉れるが、本当の家来をめにすれば飯炊めしたきがない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しかし婆さんは何とも思わないでこの水で朝夕、鍋釜なべかまを洗うようであった。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
しばらく立ち止まって見ているうちに、石の壁に沿うて造りつけてあるつくえの上で大勢の僧が飯や菜や汁を鍋釜なべかまから移しているのが見えて来た。
寒山拾得 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
第一に真面目でおとなしいし……と隣の夫婦がすぐ鍋釜なべかまの次に女房を考えたのも無理ではないしまた、時折出歩く無可先生の姿を見かけ、嫁に行きたい
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
臺所だいどころ豪傑儕がうけつばら座敷方ざしきがた僭上せんじやう榮耀榮華えいえうえいぐわいきどほりはつし、しやて、緋縮緬小褄ひぢりめんこづままへ奪取ばひとれとて、竈將軍かまどしやうぐん押取おつとつた柄杓ひしやく采配さいはい火吹竹ひふきだけかひいて、鍋釜なべかま鎧武者よろひむしや
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
勝手には水瓶みずがめもないし、もちろん鍋釜なべかまも、その他の食器もなかった。古道具屋で買った箪笥たんすがひとさおと、ちょっとした将棋盤と、それから掃除用の品があるだけだった。
秋の駕籠 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
勿体なくも、朝暗いうちから廊下敷居を俯向うつむけにわせて、拭掃除ふきそうじだ。鍋釜なべかまの下をかせる、水をくませる、味噌漉みそこしで豆府を買うのも、丼で剥身むきみを買うのも皆女房の役だ。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「へへへ。そんなのがいるくらいなら、床の間に今戸焼の鍋釜なべかまを乗っけちゃあおきませんやね」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
同じ鍋釜なべかまで煮た物をべ、心の底まで知れきってると思っていたのに、親方はおれのいい訳も聞いてくれなかった、事情も話さずに仕事から外し、黙って浅草の店へ追っ払おうとした
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
具足奉行ぐそくぶぎやう上田五兵衛は具足を分配する。鉄砲奉行石渡彦太夫いしわたひこだいふ鉄砲玉薬てつぱうたまくすりを分配する。鍋釜なべかま這入はひつてゐた鎧櫃よろひびつもあつた位で、兵器装具には用立たぬものが多く、城内は一方ひとかたならぬ混雑であつた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
裏長屋の総井戸をその鍋釜なべかま一ツかけない乾いた台所から見晴しながら、ほうきを畳へ横ッ倒しにしたまんま掃除もしないで、火の玉小僧め、表角の上州屋から三升と提込んでね、おかみさん
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
農家と違うのは天床てんじょうが低いのと、たいていの客がべつに部屋を取らず、そこでこみあって寝るし、鍋釜なべかまを借りてその炉で煮炊きもするため、それらに必要な道具類が並んでいることなどであった。
雨あがる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)