貝殼かひがら)” の例文
新字:貝殻
また貝殼かひがら一方いつぽうしかないといふことは、自然しぜんにたまつたものでなく、むかしひとつてからをすてたものであるといふほかはないのです。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
八木奬三郎氏の實見談じつけんだんに據れば此岡の麓には今尚ほ貝殼かひがら點々てん/\散布さんぷして、曾て一大貝塚有りし證跡せうせきを留むと云ふ。此地海岸をる事凡一里。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
此時分このじぶん發掘法はつくつはふといふのは、幼稚ようちなもので、幻花はハンマーでこつこつつて、布呂敷ふろしき貝殼かひがらしやくくらゐ。
屈從くつじうに慣れた女が、ふと乳虎の怒を發したやうに、血に渇いた眼が、ギラギラと貝殼かひがらのやうに輝くのです。
市井のそこに住む人等ひとたちあふらと汗とが浸潤しんじゆんしてか、地は、陰濕じめ/″\してどす黒い………其のどす黒い地べたに、ぽツつり/\、白くしやれた貝殼かひがらが恰で研出とぎだされたやうになツてゐる。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
あきなひ留守るすの、晝過ひるすぎしんとして、やなぎかげ腰障子こししやうじまつてる、したみせまへから入口いりくちけて、くぼむだ、泥濘ぬかるみめるため、一面いちめん貝殼かひがらいてある、しろいの、半分はんぶんくろいの、薄紅うすべに
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それで、その當時とうじひと住居じゆうきよしたあと海岸かいがん附近ふきんのこつてゐて、かれつてすてた貝殼かひがらや、さかなけだものほねなどがたまつてゐるところがあります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
それでいろ/\けなくつて、やうやく七ぐわつ十一にち末吉すゑよし駈付かけつけてると、貝殼かひがらやまだけしろのこつて、あゝ因業ゐんがう親分等おやぶんらは、一人ひとりかげせぬのであつた。
沈紋の中に又押紋をうもん畫紋ぐわもんの別有り。ぬのむしろ、編み物、紐細き棒の小口、貝殼かひがら等をけて印したる紋を押紋と云ひ、細き棒或はへらを以てゑがきたる摸樣を畫紋と云ふ。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
青黒いコメカミが激情のためらしく、ヒクヒク動きますが、閉ぢた唇はみにく貝殼かひがらのやうに、頑固に引締つて閻魔ゑんまの廳の釘拔くぎぬきを借りて來ても開けられさうもありません。
これらの貝塚かひづかひろさは、おほきなのになると一町歩以上いつちようぶいじようのものもあつて、貝殼かひがらのつもつたあつさは數尺以上すうしやくいじようたつしてをります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
此他このたに、四十一ねんの十ぐわつ、七八九三ヶにち、お穴樣あなさま探檢たんけん駒岡こまをかにとかよつた、其時そのときに、道路だうろ貝殼かひがらくのをて、何處どこ貝塚かひづかから持出もちだしたのかとうたがつてた。
それでたる貝塚かひづか探檢たんけんしたくなつたので、四十一ねんぐわつたるつてた。しかるにいま全滅ぜんめつして、わづかにはたけ貝殼かひがら點々てん/\いてくらゐで、とてそうこと出來できぬ。
つて、それがだいそうぞくする舊貝塚きふかひづか(といふもへんだが)ともおもはれぬ。何故なぜならば、はいこんじて、細密さいみつくだかれたる貝殼かひがらが、貝層中かひそうちうに一せんかくして、またそうしてるからである。
玄翁げんおう望生ぼうせいとは、しゆ附着ふちやくせる貝殼かひがらしたのみ。