親爺おやじ)” の例文
そんな親爺おやじがこの楽屋へ丼飯なんぞ持って来たことがあったのかと、思返して見ようとする者すら、一人もないような有様であった。
勲章 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
抱え主の親爺おやじの話もちょいちょい均平の耳へ入った。ある点は誇張であり、ある点はナイブな彼女の頭脳あたまで仕組まれた虚構であった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
わたくし三浦みうらとついだころは五十さいくらいでもあったでしょうが、とう女房にょうぼう先立さきだたれ、独身どくしんはたらいている、いたって忠実ちゅうじつ親爺おやじさんでした。
それを知らなければ畢竟ひっきょう無理解没分暁ぼつぶんぎょう親爺おやじたる事を免れ難いかもしれない。ましてや内部生活の疎隔した他人はなおさらの事である。
相対性原理側面観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「一つ、そこに下っている綱を引っ張ってみて下さい。それで鳴る鳴子なるこ親爺おやじの方にも娘の方にも、両方の室にあるのですから。」
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
可愛そうだと思って百もやると材木の間に親爺おやじが隠れていて、此方こっちへ来い/\と云って、又人が来ればワーッと泣き出す奴があります
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
御本家に飼殺しの親爺おやじ仁右衛門、渾名あだな苦虫にがむし、むずかしい顔をして、御隠居殿へ出向いて、まじりまじり、煙草たばこひねって言うことには
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くわをかついでいる百姓ひゃくしょう親爺おやじさんといったほうが適当であり、講義の調子も、その風貌にふさわしく、訥々とつとつとしてしぶりがちだった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
悪魔ではなくて、いい幽霊が手伝っているのかも知れないぞ。あの子のお父さんは立派な狩人だった。だから親爺おやじの幽霊が、自分の子供を
負けない少年 (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
「土手の煮売屋の親爺おやじ、綱屋の綱七——このの主人によく似ていると言われ、平常ふだんから孫右衛門殿が贔屓ひいきにしてやっていたが」
あの女がたった一人いるおかげで、この村の若者や親爺おやじどもは、だいぶ不自由をしのぎいいし金もかからないと喜んでいますよ。
禅僧 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「永田の紙屋なんか可哀相かわいそうなものさ。あの家は外から見ても、それは立派な普請だが、親爺おやじさん床柱をでてわいわい泣いたよ」
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
「ヤイ、石金のもうろく親爺おやじめ、オタンチンのげじげじ野郎め、わらじの裏みてえなつらアしやがって、きいたふうのことをぬかすねえ」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
威光のある親爺おやじから追払われた、その垣根から屋敷の周囲をめぐって見ると、とにかく、村中きってこれだけの構えの家はない。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「せっかく親爺おやじ記念かたみだと思って、取って来たようなものの、しようがないねこれじゃ、場塞ばふさげで」とこぼした事も一二度あった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この夏期学校に来ますついでに私は東京に立ち寄り、そのとき私の親爺おやじと詩の話をいたしました。親爺が山陽さんようの古い詩を出してくれました。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
騒ぎの最中で誰も老僕の挙動など注意していなかったけれど、私はふとそれを見て、親爺おやじ気でも違ったのではないかと驚いた。
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
(その買い物は、実に趣味の悪い品ばかりで、自分はたいてい、すぐにそれを、焼きとり屋の親爺おやじなどにやってしまいました)
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
すると事務長の八木稔と言うのと、この水夫長の矢島五郎君の二人だ。ところが、事務長の八木稔の方はもう五十近い親爺おやじだ。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
一度ならず二度までもあまりといえば不思議なので翌朝よくあさ彼はすぐ家主いえぬしの家へ行った、家主やぬし親爺おやじに会って今日まであった事を一部始終はなして
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
「女も見つかったが、親爺おやじがやんやん云って来るものだから、たった一週間しかいられなかった、おちついて好い処だね」
草藪の中 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
わて親爺おやじに無心して払いまっさ」と柳吉もだまっているわけに行かなかったが、種吉は「そんなことしてもろたら困りまんがな」と手をった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
しかし娘のお加代というのは死んだ親爺おやじ似かして、母親とは正反対の優しい物ごしで、色が幽霊のように白くて、縫物が上手という評判であった。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
三郎は驚いて声のぬしを見た。父の山椒大夫に見まごうような親爺おやじで、この寺の鐘楼守しゅろうもりである。親爺は詞をいで言った。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
長者の親爺おやじは、腕のできる郷士を大勢召し抱えて、今度賊が来たら、村の者とも合図しておいて、一あわ吹かせてやると待ちかまえているんです。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武家の辻番所には「生きた親爺おやじの捨て所」と川柳に嘲られるような、半耄碌もうろくの老人の詰めているのが多いのであるが
西瓜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
なにしろ怠け癖がついちまって、さっぱり仕事もせずに、もうろく親爺おやじみたいに、ぼそぼそ言ってるだけだからなあ。
しばらくして、お近婆さんは男と一緒に夜逃げしたのだとわかった。それは兵さんのうちの隣の小屋にいた飴売りの親爺おやじと、かけ落したと言うのだった。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
ぼくは親爺おやじの金まで持ちだした。……三年かかれば研究はできあがると思ったが、だめだった。それから屋敷を売って次の五年間の研究費を作った。
ふしぎ国探検 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この親爺おやじがもう六十近くなってから、特赦を受けて世の中へ出てきたのである。そうしてそれからどうなったか、すぐにまた分らなくなってしまった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
伸太郎 ちょいと高いしきいだったが、娘のお蔭で越えさせられてしまった。俺もこれでやっぱり親爺おやじの端っくれかな。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
にんじんはれて、日の照りつける真下に、突っ立ったまま、じっとしている。彼は、親爺おやじのすることをみている。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「阿Q、これでも子供が親爺おやじを打つのか。さあどうだ。人が畜生を打つんだぞ。自分で言え、人が畜生を打つと」
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
学士と女とで、死人のように青い顔の病人を車へ連れ込むのを見て、家番やばん親爺おやじも手を貸そうとして進み出た。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
千蔵つい嬉しくなって、世間の親爺おやじという親爺をみんな隠居させたらさぞ安楽だろうと思ったくらいである。
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
格のついた親爺おやじらしい落ちつきを示して、赤ん坊の身体に石鹸をつけ、タオルで、ごしごしこすっている。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
でもこの人は剽軽ひょうきんではあったが親切者で、若い売子たちに対しては親爺おやじ気取りの注意をもってよく面倒を見ていた。そんな関係からみんなに可愛がられていた。
「智慧のある馬鹿に親爺おやじは困りはて」という川柳がありますが、あの智慧のある馬鹿息子むすこがもっているような、そんな智慧は決して、般若の智慧ではありません。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
るとき難波橋なにわばし吾々われわれ得意の牛鍋屋うしなべや親爺おやじが豚を買出して来て、牛屋うしや商売であるが気の弱いやつで、自分に殺すことが出来ぬからと云て、緒方の書生が目指された。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
魚の町と云う小説を書きたくなる。階下の親爺おやじさんと義父は連れだって出たまま今朝も戻っては来ない。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
何とか都合してもらえないだろうかと懇願する———哀願さえもする———客が絶えないが、この店の親爺おやじもよくある鮨屋すしやの親爺の型で、無愛想を売り物にしており
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
するとその間が僅か五間ほどになって、よくその黒いものを見定めますと、それは思いがけない「親爺おやじ」ではありませんか。北海道では熊のことを、俗に親爺というのです。
(新字新仮名) / 久米正雄(著)
この娘は、絵の勉強と称して、パリとマドリッドとに、二年間行っていたが、この夏アメリカへ帰って来て、グリーンランド帰りの親爺おやじの世話を、目下しているわけである。
サラダの謎 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「なんでもない、なんでもない、火事ごっこだよ。畜生!」彼は親爺おやじと妹の身の上を案じた。
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
おれも、もう長いことはあるまい……よくそれでも本陣、問屋、庄屋を勤めあげた。そうあの半六親爺おやじが草葉の陰で言って、このおれを待っていてくれるような気がする……
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「うちの親爺おやじ(夫君のこと)はタマネギや肉の一杯はいっているオムレツが大好きなのよ」
鮟鱇一夕話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
これか。これは藤沢の制服なんだ。彼いわく、是非僕の制服を借りてくれ給え、そうすると僕はそれを口実に、親爺おやじのタキシイドを借りるから。——そこでやむを得ず、僕がこれを
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「おれの仕事はうまくすすんで行っている。明日シモンは親爺おやじのところへ帰るだろう。」
イワンの馬鹿 (新字新仮名) / レオ・トルストイ(著)
そこに近づくと、肉切台のむこうに立っている肥った親爺おやじに、彼は卵を指さして見せた。
黄色い日日 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
すっぱりと手を切るから、手切金てぎれきんの五十両、なんとか工面くめんをしてくれと千賀春にいわれ、のぼせ上って前後の見境みさかいもなく親爺おやじ懸硯かけすずりから盗みだして渡したが、手を切るとは真赤な嘘。
顎十郎捕物帳:06 三人目 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)