襟垢えりあか)” の例文
日増しの魚や野菜を喰っている江戸ッ子たあ臓腑はらわたが違うんだ。玄海の荒海を正面に控えて「襟垢えりあかの附かぬ風」に吹きさらされた哥兄あんちゃんだ。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おもて二階を借りている伊東さんというカフェーの女給じょきゅう襟垢えりあか白粉おしろいとでべたべたになった素袷すあわせ寐衣ねまきに羽織をひっかけ、廊下から内をのぞいて
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
大小だけは人をして避けしめるほど威嚇的な長刀ながものであるが、襟垢えりあかのついたあわせに上へ一重ひとえの胴無しも羽織っていない。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
留守の間に襟垢えりあかのこびりついた小袖こそでや、袖口の切れかかった襦袢じゅばんなどをきちんと仕立て直しておいてくれたあによめはこう言って、早く世帯を持つように勧めた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
もうもう五宿の女郎の、油、白粉おしろい襟垢えりあかにおいまで嗅いで嗅いで嗅ぎためて、ものの匂で重量おもりがついているのでございますもの、夢中だって気勢けはいが知れます。
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
第一そうすりゃこんな襟垢えりあかのついたものを着ていないでも——と私の紺絣対服(例の軽気球の高座着は世帯を畳むとき置いてきてしまったからもうなかった)
わが寄席青春録 (新字新仮名) / 正岡容(著)
路傍みちばたのこけらぶきの汚ないだるま屋の二階の屋根に、襟垢えりあかのついた蒲団ふとんが昼の日ののどかな光に干されて、下では蒼白い顔をした女がせっせとものをしていたが
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
彼女が此処ここへ這入って来た時、早くも彼女の服装に注意したのですが、それは見覚えのない銘仙の衣類で、しかも毎日そればかり着ていたものか、襟垢えりあかが附いて、ひざが出て
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「おや、ひどい襟垢えりあかだ事、こないだ着たばかりだのに——兄さんはあぶらが多過ぎるんですよ」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何故私は此人を軽蔑したのか? 襟垢えりあかの附いた着物を着ていたとて、庭に襁褓むつきしてあったとて、平生へいぜい名利めいりほかに超然たるを高しとする私の眼中に、貧富の差は無い筈である。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
これは銘仙だか大島だか判然しない着物を着た、やはり年少の豪傑がはふりつけた評語である。が、豪傑自身の着物も、余程長い間着てゐると見えて、襟垢えりあかがべつとり食附いてゐる。
着物 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
奥様から頂いた華美はでしまの着古しに毛繻子けじゅすえりを掛けて、半纏はんてんには襟垢えりあかの附くのを気にし、帯は撫廻し、豆腐買に出るにも小風呂敷をけねば物恥しく、酢のびんは袖に隠し、酸漿ほおずき鳴して
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
古い達磨だるまの軸物、銀鍍金メッキの時計の鎖、襟垢えりあかの着いた女の半纏はんてん、玩具の汽車、蚊帳かや、ペンキ絵、碁石、かんな、子供の産衣うぶぎまで、十七銭だ、二十銭だと言って笑いもせずに売り買いするのでした。
老ハイデルベルヒ (新字新仮名) / 太宰治(著)
それも髪結かみゆいさんが結ったのではない、自分でもちのよいように結ったのへごみが付いた上をコテ/\と油を付け、撫付なでつけたのが又こわれましたからびんの毛が顔にかゝり、湯にも入らぬと見えて襟垢えりあかだらけで
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
女房はねんねこ半纏のひもをといて赤児を抱き下し、渋紙しぶかみのような肌をば平気で、襟垢えりあかだらけの襟を割って乳房を含ませる。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
四年越しのこの艱難かんなん、その実も結ばず花も咲かず、鼠木綿の襟垢えりあかに、女子おなご妙齢としごろをこの流転……、千浪殿、千浪どの、弟に代って重蔵が、こ、この通りお詫びいたしますぞ
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あつくるしいね、かすりの、大島おほしまなにかでせう、襟垢えりあかいたあはせに、白縮緬しろちりめん兵子帶へこおびはらわたのやうにいて、近頃ちかごろだれます、鐵無地てつむぢ羽織はおりて、温氣うんきに、めりやすの襯衣しやつです。
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
未だ会わぬうちは多少の敬意をっていたけれど、一たび其人の土気色した顔が見え、襟垢えりあかが見え、襁褓むつきが見えて想像中の人が現実の人となると、木地の吾が、貧乏だから下らんと
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
古いありふれたところでは、足袋たび下駄げたが新しいとか、襟垢えりあかがついてないとかいうのであるが、前にも云ったようにこの頃の服装はいろいろになって来たから、それ位のことでは標準にならない。
中に、襟垢えりあかのついた見すぼらしい、母のないの手を、娘さん——そのひとは、いとわしげもなく、親しくいて坂を上ったのである。きぬの香に包まれて、藤紫の雲のうちに、何も見えぬ。
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
丹頂たんちょう姐御あねごも、元を思えば、近頃はまったく尾羽おはち枯らしたものです。藍気あいけのさめた浴衣ゆかたにさえ襟垢えりあかをつけている旅役者の残党に交じって、曲独楽きょくごまの稽古をやらなければならない境遇。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うち見窄みすぼらしかったが、主人も襟垢えりあかの附た、近く寄ったら悪臭わるぐさにおいぷんとしそうな、銘仙めいせんか何かの衣服きもので、銀縁眼鏡ぎんぶちめがねで、汚いひげ処斑ところまだらに生えた、土気色をした、一寸ちょっと見れば病人のような、陰気な
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
家で着ている寝衣ねまきなんぞは襟垢えりあかが光るほどになっても一向平気だし、髪も至って無性で、抱主かかえぬしからうるさく云われて初めて三日目か四日目位に結う位、銭湯へもお座敷のいそがしい時なぞは幾日も入らず
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
白粉おしろいを塗り過ぎる。しかし襟垢えりあかは残り勝である。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
かくふそれがしも、もとよりで、襟垢えりあかひざぬけと布子連ぬのこれんかしこまる。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)