艱苦かんく)” の例文
しかもまだ行くての千山万水がいかなる艱苦かんくを待つか、歓びの日を設けているか? ——それはなお未知数といわなければならない。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わしはその愛のために死にたいとさえ思っていた。わしたちはこの欠乏と艱苦かんくとの中にあって、友情をさえ失わなければならないのか。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
艱苦かんくを繰り返せば、繰り返すというだけの功徳くどくで、その艱苦が気にかからなくなる時機に邂逅めぐりあえるものと信じ切っていたらしいのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あらゆる艱苦かんくを冒して、不幸な老父を最後まで救おうとする若い娘のりりしい姿が、なんとしても、僕の心に乗ってきてしまう。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それには、凄烈を極めた頭脳の火花が散るように思われたが、そこに達するまでの艱苦かんくには、さぞかし涙ぐましいものがあったであろう。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
かかる艱苦かんく旅路たびじうちにありて、ひめこころささうるなによりのほこりは、御自分ごじぶん一人ひとりがいつもみことのおともきまってることのようでした。
の木彫に出会って、これが自分で捌き得る人物だろうかと、おおい疑懼ぎくの念を抱かざるを得なくなり、又今更に艱苦かんくにぶつかったのであった。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
一代に八千五百石の大森摂津守を見下すために、あらゆる屈辱を忍び、あらゆる艱苦かんくに堪え、そしてあらゆる犠牲を甘んじて受けたのです。
その時たちまち故郷をおもうて死ぬべく覚えたので、王宮を脱走してアラビヤに帰り、名を変じ僧服し徒歩艱苦かんくしてカウカバン市に近づき還った。
いわば我々の艱苦かんくの永く続いたことを意味し、必ずしもそれを誇りとして立証すべきものでもあるまいが、仮に私などの推定せんとするごとく
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この発明は艱苦かんく欠乏に耐えるという精神主義にはもとるが、楽に沢山の精密な観測値を得る点では優れた発明である。
地球の円い話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
誰が言い初めたか青春の歓楽を甘き酒に酔うといい、悲痛艱苦かんくの経験をたとえて世の辛酸を嘗めると言う。甘き味の口に快きはいうまでもない事である。
砂糖 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私は、昔の人間が肉親を殺された場合、かたき打にいでて幾年もの艱苦かんくを忍ぶ心持が充分に解ったように思いました。
ある抗議書 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかも一旦いったんは幸いにその危機を脱出し得ながら、その後更に肉体にも精神にも種々の艱苦かんくめて、結局は死の手を免れ得なかった人々もまた悲惨である。
九月四日 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼女の親や姉や従姉妹いとこに対する強い反抗心も。長い艱苦かんくの続いた三年の間の回想はこうして旅から叔父を迎えたことを夢のように思わせるという風であった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
捨る覺悟かくごなれども今こゝ阿容々々おめ/\凍死こゞえしなんは殘念なり人家じんかは無事かとこゞえし足をひきながらはるか向ふの方に人家らしきところの有を見付みつけたれば吉兵衞是に力を艱苦かんくしのび其處を目當にゆき
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
後年の孔子の長い放浪ほうろう艱苦かんくを通じて、子路ほど欣然きんぜんとして従った者は無い。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
長州征伐の兵隊たちは艱苦かんくのうちに、引くことも進むこともできねえで困っているのに、あんな泰平楽たいへいらくな旅立ちをしていいもんですか、ずいぶんふざけてるじゃございませんか、先生として
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ただその艱苦かんくに当たるのみを以て凡俗を目下に見下すの気位を生ずべし。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
今は大人おとなとなってるがその当時子供だった彼らを、背に負いながら沙漠さばくを横切ってきたわれわれのことを、思い出してくれるでしょうか? われわれは艱苦かんくと忘恩とを受けてきたではありませんか。
わずか数日のあいだの分離に、かれらの顔はいたましくやつれ、衣服は破れよごれている、雨に打たれ、風にさいなまれ、恐怖きょうふと不安の艱苦かんくをなめたのだ。こう思うとゴルドンは四人がいとしかった。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
現実の艱苦かんくの中にある男の感情を索漠とさせるものであるか。
破るんですものヲ、多少の艱苦かんくのがれッこは有りませんワ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
奥羽の各藩もさまざまの艱苦かんくの後
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そして、朝夕に艱苦かんくを汲んだ法輪寺川ともわかれて、小泉こいずみの宿場町にはいると、すぐ、頭のうちは弟のことでいっぱいになっていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その上自分が、十年の恐ろしい艱苦かんくさらされたのも、多の市が柄にもない検校になる野心のためと思うと、腹の底から忿怒ふんぬが煮えくり返ります。
ようやく田地を養い候ほどの為体ていたらく、お百姓どもも近村に引き比べては一層の艱苦かんく仕り候儀に御座候……
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そのへやは石灰石の積石で囲まれていて、艱苦かんくと修道を思わせるような沈厳な空気がみなぎっていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
雨のふる日、暑い日、寒い日などには、ずいぶん気の毒にも思われるが、その昔、かの鳥熊の芝居見物に出かけた我々の艱苦かんくにくらべると、殆んどその十分の一にも足らぬように思われる。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あえてその人をかんなりとてとがむるにあらず、またこれを買う者を愚なりとてそしるにあらず、ただわが輩の存意には、この人をしてなお三、五年の艱苦かんくを忍び真に実学を勉強して後に事につかしめなば
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
艱苦かんくったすぐ後には、艱苦以上の快味がある。苦と快と、生きてゆく人間には、朝に夕に刻々に、たえず二つの波が相搏あいうっている。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ロシアの田舎いなかに生れて、あらゆる艱苦かんくめ尽し、音楽家としてってからも、長く無視され閑却されて、欧米のレコードに現われたのは、かなり後のことである。
行政の官吏らがすこしも人世の艱苦かんくをなめないのにただただその手品のようなところのみをまねて、容易に一本の筆頭で数百年にもわたる人民の生活や慣習を破り去り
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まず、無名の雪嶺を名づけた、P1峰を越えたのが始め、火箭ひやのように、細片の降りそそぐ氷河口の危難。峰は三十六、七、氷河は無数。まったく、この三月間の艱苦かんくは名状し難いものだった。
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
祐道が長男で、その次に女ひとり、男ひとり、お近は末子ばっしの四人兄妹きょうだいであったが、幼年のころに両親に死に別れて、皆それぞれ艱苦かんくめた。なかの男と女は早く死んで、祐道とお近だけが残った。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かつは、帝王でいながら今日までの迫害と艱苦かんくちとおしてきた後醍醐を、彼は、平等な人間としても、心から尊敬していた。
「死はやすく、生はかたし。もともと、生きつらぬく道は艱苦かんくの闘いです。多くの民を見すてて、あなた様のみ先へ遁れようと遊ばしますか」
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また、その克己こっきと、戦いの艱苦かんくとをくらべれば、戦火のごときも、物の数ではない。いかに烈しかろうと、人と人との戦いだというに尽きる。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
悲哭ひこくする廷臣をべつとすれば、わずかに、御生涯の艱苦かんくをともにして来た准后じゅんごう阿野廉子あのやすこと、第七皇子の義良よしなが十三歳のおふたりだけであったのだ。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
然し、ほんとの危難や艱苦かんくは、おそらくこれから先の道であろう。これから先、安中城までの道だと萩乃は覚悟している。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「予の覇業は、まだ中道にあるのに、せっかく、ここまで艱苦かんくを共にして来た若い郭嘉に先立たれてしまった。彼は諸将の中でも、一番年下なのに」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なんの、世は今や、いずこも暗黒同様な末世だ。その穏やかならざる乱麻の世間に、流浪の艱苦かんくもなめたつもりだ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「——迷える凡愚範宴に、求通ぐつうのみちを教えたまえ。この肉身、この形骸けいがいを、艱苦かんくに打ちくだき給わんもよし。ただ、一道の光と信とを与えたまえ」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山陰の一城下を出て、江戸の五年は空しくもあれ、重蔵の死後、この山奥に隠れて艱苦かんく三年の甲斐あって、今日ここに鐘巻自斎が来るとはまったく天の与え。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真の、心契しんけいの友、刎頸ふんけいの友というものは、やはり艱苦かんくの中で知りおうた者でなければ生涯をちぎられますまい
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と金吾は茫然たるばかりで、艱苦かんくをへた老賊の深いしわに幼時の記憶をよび起こそうと一心に見つめました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かたき手強てごわければ手強いほど、艱苦かんくが伴えば伴うほど、大望ということになり、復讐の念は晴らされる。
八寒道中 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いかなるはじをしのんでも艱苦かんくしても、生きて還って来ることが、使命のまっとうになる役儀だからである。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや世の中の貧乏とか、艱苦かんくとか、精進とか、希望とかいうものまでをいつか心身から喪失そうしつしていた。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よく多年の艱苦かんく欠乏や隷属的れいぞくてき侮蔑ぶべつに忍耐して来た上下しょうかの実状を目撃しているせいにもよるが、もっと深い原因は、松平元康の通って来た今日までの経歴にあった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)