羨望せんぼう)” の例文
じっさい動物はうらやましい。私は、敏捷びんしょうに枝から枝へ、金網から地上へ跳びまわっている猿が羨望せんぼうに堪えなかった。実に元気な動物だ。
動物園の一夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
尊敬に似た羨望せんぼうすら感じながら、じっと、過ぎゆく浪人たちのほがらかなおもてや服装を、不思議なもののように見送っていたのであった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ難点はあまりにここは理想的でありすぎた。もしこういう場所を占有したなら、周囲から集る羨望せんぼう嫉視しっししずまる時機がないのである。
比叡 (新字新仮名) / 横光利一(著)
あのとき自分さえでしゃばらなければ、妻はいま彼を良人おっとにし、家中の人たちの羨望せんぼうと尊敬のなかで、安穏な生活ができたのだ。
橋の下 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
先ほどからへさきへ出て、やや呑み過ごした酔心地えいごこちもいわれぬ川風に吹払わせていた二人の門人種員たねかず仙果せんかは覚えず羨望せんぼうまなこを見張って
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
うだ。あの人は頭の毛の色素しきそがなくなるまで勤続してこの頃漸く三級になった。それでも異数の昇進として羨望せんぼうの的になっているぜ」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
あの青年と、自由に談笑している母に対して、羨望せんぼうに似た心持が、彼女の心に起って来るのをうともすることも出来なかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかしながら、世間のこと、他の羨望せんぼうするほど気楽でないこともあれば、他の同情するほどに苦痛を感じていないこともある。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これくわうるに羨望せんぼう嫉妬しっとの念をもってして、今度は政府の役人達が狙われるようになって来て、洋学者の方はおおいに楽になりました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
S、Hだけは「彼是かれこれふべきものぢやない。羨望せんぼうすべきものぢやないか」とつたといふことを、二三或青年あるせいねんから、わたしかされてゐた。
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
あなたが本当に烏の身の上を羨望せんぼうしているのかどうか、よく調べてみるように、あたしは呉王廟の神様から内々に言いつけられていたのです。
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そして今や再び、その感じが持ち前の甘い悲痛で、彼の心をみたすのだった。それはそもそも何であろう。憧憬か。愛慕か。羨望せんぼうか。自蔑か。
しだいに高まってきた右門のその名声に羨望せんぼうをいだき、羨望がやがてねたみと変わり、ねたみがさらに競争心と変わって
しかしどうも失恋した彼に、——たとい失恋したにもせよ、とにかく叔父さんの娘のある彼に羨望せんぼうを感じてならなかった。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
下級の学生の羨望せんぼうの中で、教授達の家庭へ一同招待された夜の楽しさなぞが繰返される。捨吉が同級の中には随分年齢としの違った生徒が混っていた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
当然自己のものになしうるはずの人を主君にゆずった自分は広量なものだと嫉妬しっとに似た心で自嘲じちょうもし、羨望せんぼうもしていた。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
けれども私はすぐさまわが羨望せんぼうの的だった絵双紙屋の店先の滝夜叉姫の一枚絵をお鶴と結びつけてしまった。お鶴の膝に抱かれながら私は聞いた。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
現代の生活はたしかに忙しくなっている。終日妨げられないで読書することのできた昔の人は羨望せんぼうに値するであろう。
如何に読書すべきか (新字新仮名) / 三木清(著)
彼はクリストフにたいして、同感と羨望せんぼうとの交じり合った気持をいだいていた。彼はクリストフを民衆の会合へ案内してゆき、革命派の首領らに会わした。
しかし、そうでない限り、たといあのまま身体が腐って路傍に行き倒れても、岡田はじつに偉大なる勝利者なのである! 太田は岡田を畏敬し、羨望せんぼうした。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
織物における沖縄の位置は羨望せんぼうに堪えぬほど素晴らしいものです。どうしてその自覚と自信とを有って立たれないのか、不思議な感を抱かざるを得ません。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
しかも一方において、御自身に注がれる羨望せんぼうと反感の眼をも、鋭敏な御心は必ずや感じておられたに相違ない。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
まことに複雑な心持をすらすらと云ってけて、これだけのそつの無いものを作りあげたのは、そういう悲歎と羨望せんぼうの心とが張りつめていたためであろう。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
私には、彼らを軽蔑したり尊敬したり、嫉妬や羨望せんぼうをしたりする気さえ起きなかった。興味がなかったのだ。
愛のごとく (新字新仮名) / 山川方夫(著)
他人の冷淡と卑劣と羨望せんぼうと臆病とから生れる彼自身の恐るべき不安を愛することに根ざしてはいなかったであろうか、と、こう考え至るなら、彼にとっては
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
穏やかな老人の言葉と怡々いいたるその容に接している中に、子路は、これもまた一つの美しき生き方には違いないと、幾分の羨望せんぼうをさえ感じないではなかった。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
私がこの話をしかけると豆鉄砲をくらったはとのように唖然あぜんとして(これはしゃべっている私の方も唖然とした)つづいて羨望せんぼうのあまり長大息をらした男があった。
その昆虫学の標本の蒐集しゅうしゅうは、スワンメルダム(6)のような昆虫学者にも羨望せんぼうされるくらいのものだった。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
羨望せんぼうの言葉やら、誰かにあえばひやかされるのがなれっこになってしまって、それが又恥かしいほどうれしくて、家中にみちみちたはなやかな空気が、十九の娘を
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
経て近々結婚せらるゝよし侯爵は英敏閑雅今業平の称むなしからざる好男子なるは人の知所しるところなれば令嬢の艶福えんぷく多いかな侯爵の艶福もまた多いかな艶福万歳羨望せんぼういたりたえ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
堅実なる大欲望は彼らの有しうるところにあらず、彼らの有するところはただ浮薄なる小羨望せんぼうなり。
面白き二個の広告 (新字新仮名) / 堺利彦(著)
諸人の羨望せんぼうの的であって、一代に身上しんしょうを作ったものの器量と才覚では、とうていこれと競争もできず、本人たちもまたたとい隆々たる家運を誇ることはできぬまでも
家の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そして踊り子たちの前で、踊り子たちに見せびらかすような感じで、タップ・ダンスを踊って見せるのだったが、私はその男に、いかばかり激しい羨望せんぼうを感じたことか。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
本県の中学は昔時せきじより善良温順の気風をもって全国の羨望せんぼうするところなりしが、軽薄けいはくなる二豎子じゅしのために吾校わがこうの特権を毀損きそんせられて、この不面目を全市に受けたる以上は
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かれは中学からすぐ東京に出て行く友だちのうわさを聞くたびにもやした羨望せんぼうの情と、こうした貧しい生活をしている親の慈愛に対する子の境遇きょうぐうとを考えずにはいられなかった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
大勢の男性たちに羨望せんぼうされる美しい何不自由ない妙齢の身をもって、貴女はいつもその艶麗な華奢きゃしゃな青春を惜し気なく弟一人のために捧げて下さった、私の瞳であり眼であり
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
これほどまた男が殿様扱とのさまあつかいにされる家庭生活も、西洋では考え及ばないことであるから、ヘルンの手紙をよんだ外国人たちが、いかにその日本の友人を羨望せんぼうしたかが想像される。
僕としては、ただただ羨望せんぼうに堪えんですよ。(トランクを、帽子のボール箱の上へ置いて、つぶしてしまう)ほらこれだ、つまり結局。どうせそうだろうと思ってたよ。(退場)
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
羨望せんぼうの念に満ちた一種の憐憫れんびんの情なしには、彼女らをながむることができないのである。
しかし、おだやかに澄み渡った深い目もと、静かな額のあたりにも、行ない澄ました者だけが知る平和な安らぎが満ちみちていて、維盛は、思わず羨望せんぼう溜息ためいきをついたのであった。
聞くだけでも羨望せんぼうに堪えぬわけでありますから、何かにつけ、その噂を聞くことさえも心がかれるのでありましたが、或る人の話に、工部学校では、木彫りはやらないのだそうな。
うまいには相違ないと羨望せんぼうしながらも、得心のゆくまで食うわけにはゆかなかった。
鮎の試食時代 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
精神上せいしんじょうからみると、まことに無意味むいみ浅薄せんぱくな結婚であったけれど、世間せけんの目から羨望せんぼうの中心となり、一近郷の話題わだいの花であった。そして糟谷夫婦かすやふうふもたわいもないゆめうておった。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そして、うみもしないくせに子運のよい安江をうらやみ、その羨望せんぼうの自分勝手さに悔いとあきらめのほろ苦さを感じたりもした。しかしそれでぺしゃんこになることはもうなかった。
雑居家族 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
愚かな屈辱くつじょく……ところが今日は人見がおたけを意識しながら彼の演説の真似をしたりするのを見ると、あるいまわしい羨望せんぼうの代りに唾棄だきすべき奴だと思わずにはいられなくなっていた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
こちらからはあまりに毎日見馴みなれて、復一にはことさら心を刺戟しげきされる図でもなかったが、嫉妬しっと羨望せんぼうか未練か、とにかくこの図に何かの感情を寄せて、こころをき立たさなければ
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
したがってその主筆たる美妙の位置と人気とは当時の文学青年の羨望せんぼうの中心であった。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
あまり水裡すいりの時間が長いので、賞賛の声、羨望せんぼうの声が、恐怖の叫びに変わった。
死屍を食う男 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
言え。南部家には立派な兵糧丸が伝わっているはずだ。数ある兵糧丸のうちでも、南部と水戸の兵糧丸は有名で、大小名方の羨望せんぼうの的になっているのに、何を苦しんで古い兵糧丸の分析を
併しその悪口は、四苦八苦の生活にあえいでいる百姓達の、羨望せんぼうの言葉だった。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)