細々こまごま)” の例文
七兵衛は、細々こまごまと申し含めるようなことを言って、与八をけむに捲きながら、以前の裏の戸を押開けて、外の闇に消えてしまいました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
むしろ気分が落ち着いて来ると、今度は前よりも一層明瞭めいりょうに、一層執拗しつように、ナオミの肉体の細々こまごました部分がじーッと思い出されました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
という書き出しで、細々こまごまと夢の筋が書いてある。今思い出しても、近年にない珍しい夢で、しかも相当長い筋の込んだ夢であった。
八月三日の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
将軍はそれから、細々こまごました注意と、途中で万一のことがおこったような時に、シンガポールの兄に連絡する無電の暗号を教えてくれた。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
しかし、なるべく早く漕ぐことにしましょう。といっても、こと大阪の話になると、やはりなつかしくて、つい細々こまごまと語りたくて……。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
翌日の晩方自分は父ともろともに、叔父と娘とを舟へ乗り込むまで見送ッたが,別れのきわに娘は自分に細々こまごま告別いとまごいをして再会を約した。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
旅の持物の細々こまごまとした心づかいを受け取っているのを見ると、何か、軽い羨望にとらわれて、自分の生涯を、心で独りさびしんだ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これは云うまでもなく御姫様が、悪戯いたずら好きの若殿原から、細々こまごまと御消息で、からすの左大弁様の心なしを御承知になっていたのでございます。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
横町には、また、細々こまごました路地がたくさんあります。見世物の木戸番、活動写真の技師、仕事師、夜見世の道具屋、袋物の職人、安桂庵けいあん
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
細々こまごましい手紙の内容は省略する。贈り物の使いは帰ってしまったが、そのあとで空蝉は小君こぎみを使いにして小袿こうちぎの返歌だけをした。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
さて、奥様は、真白な左の腕を見せて、長火鉢の縁に臂を突き乍ら、お定のために明日からの日課となるべき事を細々こまごまと説くのであつた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
一月ばかりって、細かに、いろいろと手毬唄、子守唄、わらべ唄なんぞ、百幾つというもの、綺麗に美しく、細々こまごまとかいた、文が来ました。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そんな細々こまごましたことまで、私は平尾さんから聞きませんでしたが、一切、高村さんには面倒をかけず、万事を自分の方でする。
第二に、彼女は男には黙って、アチミアーノフの店から細々こまごましたものを、この二年のあいだにかれこれ三百ルーブリも買い込んでしまった。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
却って手続きが面倒だというので国庫へは収めない細々こまごました品物などを着服して、ケチな資本を拵らえるというようなことさえしなかった。
次いで、ミツ子がどんなにまきの手をふさぎ、そのために「おやき」の商売も減って来たかということを、勇の筆跡で細々こまごまくどいてよこした。
小祝の一家 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
何かと苦しく見栄張らなければいけないのですからね、わたくしたちに、それはくわしく細々こまごまとその金の山のこと真顔になって教えるのです。
十五年間 (新字新仮名) / 太宰治(著)
安祥旗本の立派な家柄と、祖先の手柄を細々こまごまと歎願書に書き添えたのですから、公儀もこれは、まず許す方に傾くでしょう。
今日ふみの来て細々こまごまと優き事など書聯かきつらねたらば、如何いかに我はうれしからん。なかなか同じ処に居て飽かず顔を見るにへて、そのたのしみは深かるべきを。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
銀子も何か歯痒はがゆくなり、打ち明けて相談してみたらとも思うのだったが、それがやはり細々こまごまと話のできない性分なのだった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
無断退去は不都合とは申せ、それにも仔細しさいのござること、しかし細々こまごま申さずともそこは賢明の地丸殿のこと、ご推量くださるでござりましょう
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
どうも一揆側から出たらしい内容のものだといふ話であり、籠城軍の兵糧欠乏が細々こまごまと描かれてゐるといふ話なのである。
島原一揆異聞 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
その金で借金は奇麗にすんだが、その蔵書中に易経集註えききょうしっちゅう十三冊に伊藤東涯先生が自筆で細々こまごま書入かきいれをした見事なものがある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
いよいよ発つという時には、もう一度逢いに来てくれと、お園は細々こまごまと言い聞かせて、その晩も格子の先で男と別れた。
心中浪華の春雨 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ひたすらにただひたすらに牛馬のように働いているよりなかった、朝早あさはやの買出しの手伝いに、店の細々こまごまとした出入りに。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
丁度そこへ助手の須永がやってきたので、万事について、細々こまごまと注意を与え、爬虫館の見張りを命じてから、彼一人、動物園の石門を出ていった。
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
細々こまごましい台所道具のようなものは買うまでもあるまい、古いのでよければと云うので、小人数に必要なだけ一通り取りそろえて送って来た。その上
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
甘酸っぱいような水薬をつくって、その飲み方や、病児の扱い方などを細々こまごまと説明して、やがて医者は帰って行った。
(新字新仮名) / 犬田卯(著)
箪笥の上には、いろんな細々こまごました物を行儀よく並べていたが、そこには小さい仏壇もあった。私はそれに目をつけて
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
その投影がまたプリズムのやうに、頁を開いてあるモウパツサン集の黒い活字に細々こまごまと果敢ない染色をちらつかす。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
時には東京の自宅の方から若い日に有りがちな、寂しい、頼りの無さそうな心持を細々こまごまと書いてよこしたりした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ともに天をいただくを恥じとするとか極端の言葉を用い、あるいは某が某女性と関係したる始末しまつ細々こまごまと記してある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ということを、細々こまごまと教えていますが、わずか三十歳の若さで、国事にたおれた吉田松陰こそ、まことに生死を越えた人です。生死をあきらめた人であります。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
私は今迄笠原の給料で間代や細々こまごました日常の雑費を払い、活動に支障がないように、やっとつじつまを合せてきていたので、彼女の首は可なりの打撃だった。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
硝子ガラスと云う硝子ガラスすべて砕け散り、後部車軸はもろくもひん曲って、向側のドアは千切り取られて何処かへはね飛ばされていた。細々こまごまとした附属品なぞ影も形もない。
白妖 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
ハウアドと他の人々の違ふところは当時の事情よりか、忍耐と熱心のあるないに因るといふことなどを細々こまごまと聞かせられましたが、その話しは一々今覚えてりません
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
(なぜなら女性というものは、すべて事件の細々こまごまとした描写を好むもので、真の抒情詩的表現を持たないから。この意味でなら女の詩は、素質的に皆叙事詩である。)
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
けれど細々こまごました負債を払ってしまうと、八十フランばかりしか残らなかった。二十二歳で、春のある美しく晴れた朝、彼女は背中に子供を負ってパリーを出立つした。
不断ふだんは、細々こまごまとした用事を語り、席順がどうなったとか、先生の特長または欠点がどうとか、新しい級友の名前、下着類の状態、さては、よく眠るとか、よく食うとか
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
という意味のことが、つたない鉛筆文字で細々こまごまと認められ、その終りに「山本始」と署名がしてあった。これで明智小五郎の竜子他殺説は全く誤解であったことが判明した。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
さも誇貌ほこりが婿むこの財産を数え、または支度したくつかッた金額の総計から内訳まで細々こまごまと計算をして聞かせれば、聞く事ごとにお政はかつ驚き、かつ羨やんで、果は、どうしてか
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
折に触れては細々こまごまと遠大な希望を述べて両親や妻に書き送り、ともあれ、彼が言葉を喋舌りはじめたら間もなく、習慣的に英語の会話を教へ込んで欲しい——と熱心であつた。
サクラの花びら (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
あまり細々こまごましいことまで私が覚えていて喋るので、終いには相手も顔をあからめてしまい、又ひとつ気残りが増えましたよ、と苦笑する。私にはそれがまた非常に愉快であった。
そこにおのずから人麿的な一つの類型も聯想せられるのだが、人麿は細々こまごましたことを描写せずに、真率しんそつに真心をこめて歌うのがその特徴だから内容の単純化も行われるのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
米国のある水兵が電信用の紐紙ひもがみ細々こまごまと書いた手紙をその友に送った。その長さ一マイル余でこれを書き上げるのに二週間かかったという。おそらく開闢かいびゃく以来の長い手紙であろう。
話の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そして帳場机の中から、美濃紙みのがみ細々こまごまと活字を刷った書類を出して、それに広岡仁右衛門にんえもんという彼れの名と生れ故郷とを記入して、よく読んでから判を押せといって二通つき出した。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
と低い声で細々こまごまと教えてくれた。若崎は唖然あぜんとして驚いた。徳川期にはなるほどすべてこういう調子の事が行われたのだなとさとって、今更ながら世の清濁せいだくの上に思をせて感悟かんごした。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
養女の件は「喜んで」などといかにも心よい返事をして下すったが、その同じ御消息の中に、以前殿とおかたらいになられた日頃の事なんぞを何かと思い出されて細々こまごまと書かれてあった。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
皮肉や逸楽のあらゆる武器を用いた。欲望や細々こまごました心労のかずらで彼をからめた。
自分達親子で、官舎の一部を借りることが出来るから、そして二人で月給を取れば、どんなに裕福であるか知れないこと、被服などももらえるし、第一物価がやすいことなどを細々こまごまと話した。
土竜 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)