立木たちき)” の例文
釣枝、立木たちき、岩組、波布なみぬの、浪板の如きはなはだしく不自然なる大道具おおどうぐさながら浮世絵における奥村政信おくむらまさのぶ鈴木春信すずきはるのぶらの美人画の背景にひとし。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
惜しい夜もけた。手をきよめに出て見ると、樺の焚火たきびさがって、ほの白いけむりげ、真黒な立木たちきの上には霜夜の星爛々らんらんと光って居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
固より広い庭でないうへ立木たちきかずが存外多いので、代助のあるせきはたんとかつた。代助は其真中まんなかに立つて、おほきなそらを仰いだ。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
北は京橋通の河岸かしで、書院の庭から見れば、対岸天満組の人家が一目に見える。たゞ庭の外囲ぐわいゐに梅の立木たちきがあつて、少し展望をさへぎるだけである。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
どの公園へ行つても木蔭にチユウリツプが咲いて居る。立木たちきの花は甚だすくない、純白の八重桜に連翹れんげうと梨ぐらゐのものである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
あゝいやだ/\と道端みちばた立木たちき夢中むちうよりかゝつて暫時しばらくそこにたちどまれば、わたるにやこわわたらねばと自分じぶんうたひしこゑそのまゝ何處どこともなくひゞいてるに
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
黒い立木たちきが、かすかに夜の空にすけて見えて、時々、機関車きかんしゃのはく火のが、赤い線をえがいて高く低く飛びさる。
くまと車掌 (新字新仮名) / 木内高音(著)
大浪おほなみはまるで悪魔のやうに荒れ狂つて、夜どほし、がう/\と岸へ乗り上げ、そこいらの森の立木たちきといふ立木を、すつかり引きぬいて持つていきました。
湖水の鐘 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
まえにも申上もうしあげたとおり、わたくし修行場しゅぎょうば所在地しょざいちやま中腹ちゅうふく平坦地たいらちで、がけうえってながめますと、立木たちき隙間すきまからずっと遠方えんぽうはいり、なかなかの絶景ぜっけいでございます。
と我と我が心にじて、焚火のほとりにてほッと息をく折しもあれ、怪しや弦音げんおん高く一枝いっしの征矢は羽呻はうなりをなして、文治が顔のあたりをかすめて、向うの立木たちきに刺さりました。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そこでたま/\地震ぢしんでもおこると兒童じどうまどひ、そこらにある立木たちきあるひ石燈籠いしどうろうにしがみつく。これはおそらくかういふ場合ばあひ保護者ほごしやひざにしがみつく習慣しゆうかんからみちびかれるものであらう。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
右手寄りに母屋おもや(土間への入口と障子のはまった縁側付きの座敷)。草葺のがッしりとした建築、中央から左手へかけ瓦焼場、かまどが幾つかある。その奥は低き垣、外は立木たちきのある往来。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
朝になって水の男の云ったことばをおもいだしたが、気の広い勘作はすぐ忘れてしまって漁に往き、午飯ひるめしに帰って飯をすまし、庭前にわさきの柿の立木たちきしてある投網とあみの破れ目をつくろうていると
ある神主の話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
鉄水母は立木たちきをはねとばし、垣をおしたおし、スピードをあげて走りだした。
海底大陸 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あしきを払うて助けせきこむ、一れつ済ましてかんろだい。山の中へと入り込んで、石も立木たちきも見ておいた。これの石臼いしうすは挽かねど廻わる。風の車ならなおよかろ。み吉野えしぬの、吉野えしぬの鮎。鮎こそは。
ドナウ源流行 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
それについて難渋なのは、家の周囲まはりにたくさんな立木たちきがあることで、それをいためないでは家を動かすわけにゆかないらしかつた。で、そんなことに経験のある請負師が呼ばれて、相談にあづかつた。
それも立木たちきのままで見たものはいくらもないであろう。
茫々として立木たちきに迷ふ鳥の聲のみ悲し。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
いろいろの立木たちきよ、押籠おしこめになつた心よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
おかみは独で肝煎きもいって、家を近在きんざいの人に、立木たちきを隣字の大工に売り、抵当に入れた宅地を取戻とりもどして隣の辰爺さんに売り
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
けれども立ったなりじっと彼の様子を見守らずにはいられなかった。彼は立木たちき根方ねがたえつけた石の手水鉢ちょうずばちの中に首を突き込んで、そこにたまっている雨水あまみずをぴちゃぴちゃ飲んでいた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お弟子もいかいこと居りますが、お弟子と同じように働き、立木たちきりまして薪などにいたす事は労苦ことともしませんと云う、実に妙な尼でございます、重助は此れへ毎日/\参りまして
と云うのです、いくら奇術がうまいからと云って、立木たちきが枯らされるものでない、私は老人がでたらめを云って、私を笑わせて銭でももらおうとしているのだな、と思ったので、ますます腹が立って
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
人家が独立して周囲に立木たちきがある為に、人家じんか櫛比しっぴの街道筋を除いては、村の火事は滅多めったに大火にはならぬ。然し火の一つ飛んだらば、必焼けるにきまって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)