眼瞼まぶた)” の例文
まあそれはよいとしましても、どうかした時に御台様のお姿が眼瞼まぶたの中へ這入って参りますと、何やら息が詰まるようになりまして
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
眼瞼まぶたのほとりを匍ふ幽靈のもの言はぬ狂亂。鉤をめぐる人魚の唄。色彩のとどめを刺すべく古風な顫律リヅムはふかい所にめざめてゐる。
聖三稜玻璃:02 聖三稜玻璃 (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
ふと眼瞼まぶたの裏に勇ましい自分の姿が浮びました。頭上には白金の兜が朝日に輝いてゐます。身には鋼鉄の鎧がまとはれてゐます。
美智子と歯痛 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
そうして私は、規則として、赤ん坊の眼病を防ぐために、硝酸銀の溶液を滴らすべく、はじめて赤ん坊の右の眼瞼まぶたをあけたのであります。
印象 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
夢想にふけってる時にも——昼間、彼が奏楽席の譜面台につき、半ば眼瞼まぶたを閉じて機械的に演奏しながら、夢想に耽ってる時にも。
マリユスは涙を落とすまいとして眼瞼まぶたを下げながら、一歩進み出て、泣き声をおさえようとしてびくびく震えてるくちびるの間からつぶやいた。
眼瞼まぶた重げに、まなじり長く、ふくよかな匂わしきほほ、鼻は大きからず高すぎもせぬ柔らか味を持ち、いかにものどやかに品位がある。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そして誰よりも先に、倒れている婦人の脈搏みゃくはくしらべた。——指先には脈が全然触れない。つづいて、眼瞼まぶたを開いてみたが……もう絶望だった。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
可哀そうに、彼女はぐったりとあおのけに首を垂れ、その碧眼あおめは、眼瞼まぶたをあげられたまま、きょとんと私の方を見ています。
麻酔剤 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
ところが知っていたものですから、恐ろしさのために私は思わずを閉じました。眼瞼まぶた痙攣けいれんでも起したように、ぴったりとくっついたのです。
そのために幾度いくたびまぶたぢ/\した。なみだおもむろにあふれでゝもう直視ちよくししようとはしない眼瞼まぶたひかり宿やどしてまつてゐた。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
ハンズは私が降りて行った時のようにしていて、すっかり体を丸めて、光にも堪えられないほど衰弱しているとでもいった風に眼瞼まぶたを伏せていた。
張ったばかりの天井にふんの砂子を散らしたり、馬の眼瞼まぶためただらして盲目にするやっかいものとも見られていた。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
佐渡屋と懇意こんいの仲らしく、口小言などを言つて、血潮の中のお絹の死骸に近づきましたが、傷口と眼瞼まぶたを見ただけで
わたしは指で自分の眼瞼まぶたをおさえ、壁にまっすぐにりかかって何時間も立ちつづけ、出来る限り睡気ねむけと闘いました。
また延髄、脊髄は、眼の前へ急に光った物でもくれば知らずして眼瞼まぶたを閉じるごとき、刺激に応じて無意識的に行なういわゆる反射運動の中枢である。
脳髄の進化 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
はじめの一章二章は丹念に讀めた圭一郎の眼瞼まぶたは火照り、終りのはうは便箋をめくつて駈け足で卒讀した。そして讀んだことが限りもなく後悔された。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
武蔵は暫く小次郎のおもて凝視みつめていたが、木刀を捨てて膝をつき、小次郎の口へ手を当てて呼吸を窺っていた。それから眼瞼まぶたを押開いてみて瞳を見た。
巌流島 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
ただすもりがぼーっと霞んで見えなくなる。おや自分は泣いてるなと思って眼瞼まぶたを閉じてみると、しずくの玉がブリキくずに落ちたかしてぽとんという音がした。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
夜が次第に更けていった、坂口の疲労つかれた眼瞼まぶたに、フト伯父の顔が映った。続いて品の好いエリスの姿が浮んだ。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
自分の眼瞼まぶたから感激の涙が一滴溢れるや最後、其処にも此処にも声を挙げて泣く者、上気して顔が火と燃え、声も得出さで革命の神の石像の様に突立つ者
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
やがて彼は少しく気が楽になった。彼女はしずかに眼瞼まぶたをひらいたが、その眼にはもう涙が宿っていなかった。
みつめている眼にもこれといって、怒りを宿しているのでもなければ、閉じている心にも表情がなく、先刻方眼瞼まぶたに現われていた痙攣さえも今はなかった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
聴診器を三、四か所胸にあてがってみた後、瞳を見、眼瞼まぶたを見、それから形ばかりに人工呼吸を試み注射をした。肛門を見て、死後三十分くらいを経過しているという。
奈々子 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
僕は少年心こどもごころにもこの美しい景色をながめて、恍惚うっとりとしていたが、いつしか眼瞼まぶたが重くなって来た。
鹿狩り (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「モシ、モシ」と、タヌをゆすり起こすと、タヌは、寝ぼけがちなる眼瞼まぶたをしばたたきながら
一番目立ったのは唇だが、鼻もみにくく欠けて、直接赤い鼻孔の内部が見えているし、眉毛まゆげが痕跡さえなく、もっと不気味なのは、上下の眼瞼まぶたに一本も睫毛まつげがないことである。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
爽やかな風に醒めたか新九郎は二、三度軽い呻きをもらして、やがて、パッチリと眼瞼まぶたを開き、幽界からこの世に返ったものの如く、しばらくあたりの朝を見廻していた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして彼女の輝かしい、大きい、しなやかな瞳は、その眼瞼まぶたの線にひつついて、まるで二粒の涙のやうに彼女の頬から落ちさうだつた。彼女は少し彼女の頸をかしげてゐた。
プルウスト雑記:神西清に (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
「苦るしいけれども今に面白くなるよ」と彼の眼瞼まぶたれた黒光りのする面貌めんぼうが語っていた。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
田舎を旅行していると、このような旅廻りの床屋がある程度まで原因となっている眼病の流行に気がつく——白障眼そこひ焮衝きんしょうを起した眼瞼まぶた、めっかち、盲人等はその例である。
私は眼瞼まぶたが痛くなるほど両眼を見開いた。唇をアングリと開いた。その声に吸い付けられるようにヒョロヒョロと二三歩前に出た。そうして両手で下腹をシッカリと押え付けた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
英一もすこやかならば、来年はかくあるべきものをと、またしても眼瞼まぶたの重きをおぼゆ。
細長い酒瓶さけがめと、大きなさかづきでした。ピチ公はおしやくをしてやりました。そして彼が一杯飲むと、眼瞼まぶたをぱちぱち動かしてみせました。二杯目には、鼻の頭をひくひく動かしてみせました。
金の猫の鬼 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
まゆが長く、目尻めじりが長く、眼が素晴らしく大きく、ひとみ眼瞼まぶたの上まではみ出している処は、近頃の女給といっては失礼だが、何か共通せる一点を私はいつも感じて眺めているのである。
かれはお美代のうでをとって脈をしらべた。それから発病の模様を聞きながら聴診器を胸にあてたり、眼瞼まぶたをひっくりかえしてみたりした、その態度はいかにもおちつきはらっている。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
燧石ひうちいしのやうな眼は冷い眼瞼まぶたに覆はれ、額やしつかりした特徴のある目鼻立ちの面影には、未だその頑固な魂の影が殘つてゐた。その亡骸なきがらは私にとつて、不思議な、嚴肅なものであつた。
特に眼瞼まぶたのあたりは滴るやうな美しさで、その中に輝いてゐる怜悧さうなやゝけんのある双の瞳は宛然さながら珠玉たまのやうだ。暑くなつたのだらう、切りに額の汗を拭いて、そしてびんをかき上ぐる。
姉妹 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
眼瞼まぶたの皮肉に垂れ下がった、狂暴な青い目、鋭い圧倒的に突き出た鼻、威嚇するような太い線の刻まれた額、——と云うものは、何と云っても驚くべき、先天的な兇激性の具象であった。
出がけに彼の眼瞼まぶたを熱くした、あの不覚の涙に溺れなかった為に、今こうやって自分が、朋輩の誰よりかも、一番忠僕になれた事を考えて、鮎ずしを頬張りながら、思わずひとりで微笑んだ。
忠僕 (新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
その花の穗を採つてかがめて、上下の眼瞼まぶたに張り赤目をする遊戲があつた。「めはじき」の名は多分それから出たのであらう。別に本當のめはじきと云ふ草の有ることは後年に至つて之を知つた。
すかんぽ (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
そしてその明るいまばゆい灯の光は、私をしてその疲れた眼を開くに堪へざらしむるほど刺戟が強かつた。眼瞼まぶたがちく/\と刺される様に痛く、身体がふら/\して、人にぶつかつてばかり居た。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
私の眼瞼まぶたは全く熱いもので満たされていた。
医者は、一寸ちょっと女の眼瞼まぶた引返ひっくりかえして見て
悪魔 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ぼんやりと眼をつぶっている眼瞼まぶたうちに、今しがた姉と雪子の涙をめながらじっと此方を見送っていた顔が、いつ迄も浮かんでいた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼女の険しい眼瞼まぶたの下の幼い眼は、日曜日ごとに、古い大寺院の入り口で、いろんな像の形のもとに、地獄の恐怖を見てとった。
が、これはすでに読者諸君のよく知ってられるところでして、例えば、眼に何物かがつかろうとすると、眼瞼まぶた所謂いわゆる反射的に閉じます。
新案探偵法 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
医者がマリユスの顔をぬぐって、なお閉じたままの眼瞼まぶたに軽く指先をさわった時、その客間の奥のとびらが開いて、青ざめた長い顔が現われた。
自分の眼瞼まぶたから感激の涙が一滴溢れるや最後、其處にも此處にも聲を擧げて泣く者、上氣して顏が火と燃え、聲もさで革命の神の石像の樣に突立つ者
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
口を硬くとじ、眼瞼まぶたをたたんでいて、その顔には美しい死が彼女を凍らせているかと思われた。その手は胸の上に置かれているが、呼吸いきもないようである。