畦道あぜみち)” の例文
「さあ、はや参ろう。残っておる者は、われらばかりじゃ」といい捨てたまま、小さいどぶを飛び越えて畦道あぜみちを跡をも見ずに、急いだ。
恩を返す話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
さればそれより以前には、浅草から吉原へ行く道は馬道のほかは、皆田間でんかん畦道あぜみちであった事が、地図を見るに及ばずして推察せられる。
里の今昔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
まだ娘のころ、若い男とくつわをならべて、田舎の畦道あぜみちを馬で乗りまわして、百姓をおどろかした。嘘か本当か、そんな噂話も伝っている。
橋桁はしけたっこった土橋、水がれて河床の浮きあがった小川や、畦道あぜみちは霜に崩れて、下駄の歯にらんでひどく歩きにくかった。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
こはあやしやと不気味ながら、その血の痕を拾いくに、墓原を通りて竹藪たけやぶくぐり、裏手の田圃たんぼ畦道あぜみちより、南を指して印されたり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
折悪おりあしく井戸換の最中だったので、水が使えないので、火消隊の面々は非常に狼狽して、畦道あぜみちの小川までホースを伸ばそうとしているらしい。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
そうして、森のほうにつづいた畦道あぜみちを僕は独りで辿たどって行った。考えごとをつづけながら。時おり、そのうつむいた首を悲しげに振りながら。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
霜どけでぬかる畦道あぜみちをいくと、係りの園夫たちが幾人かで、土をひろげたりかぶせてある藁を替えたりしてい、津川を見るとみな挨拶をした。
はたけの中にある田舎の家。外には木枯しが吹き渡り、家の周囲には、荒寥こうりょうとした畦道あぜみちが続いている。寂しい、孤独の中にふるえる人生の姿である。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
竹藪たけやぶの中の雑草の生茂った細道を通り抜け、川原畑の畦道あぜみちを歩いて、一面の石ころに覆われた川原に出で、そこから舟に乗ったものに相違ない。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
靜子は妹共と一緒に田の中の畦道あぜみちに立つて、手巾ハンカチを振つてゐる。妹共は何か叫んでるらしいが、無論それは聞えない。智惠子は無性に心が騷いだ。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
さとって、何騎かは、馬の背を降りた。或いはまた、ふたたび畦道あぜみちまで戻って、遠く、葭のない先の方へ迂回うかいを試みた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
刑部少輔の手の者が山蔭に形を没してしまった後、金吾中納言は、畦道あぜみちに馬を休ませながら、家老にたずねた
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その田の中の畦道あぜみちを、眼の前の道路から一町ばかり向うの鉄道線路まで、パラソルを片手に捧げて、危なっかしい足取りで渡って行く一人の盛装の女がいる。
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それから田植まっさいちゅうの田圃たんぼへ出て、せまい畦道あぜみちを一列にならんで進み、村のひとたちをひとりも見のがすことなく浮かれさせ橋を渡って森を通り抜けて
逆行 (新字新仮名) / 太宰治(著)
……ヒロ子さんは、畦道あぜみちを大まわりしている。ぼくのほうが早いにきまっている、もし早い者順でヒロ子さんの分がなくなっちゃったら、半分わけてやってもいい。
夏の葬列 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
とにかく気のついたときには、旗男は、まっくらな畦道あぜみちをまるで犬かなんかのように四ンばいになり、ハアハア息を切りながら先を急いでいる自分自身を見出みいだした。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ふと眼を覚まして四辺そこいらを見廻した時は、暮色が最早もう迫つて来た。向ふの田の中の畦道あぜみちを帰つて行く人々も見える。荒くれた男女の農夫は幾群か丑松のわきを通り抜けた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
基線道路と名づけられた場内の公道だったけれども畦道あぜみちをやや広くしたくらいのもので、畑からほうり出された石ころの間なぞに、酸漿ほうずきの実が赤くなってぶら下がったり
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
田圃の畦道あぜみちで、一丈あまりもあらうと思ふ、恐ろしい怪物に逢つたり、後ろから追ひ廻されたりして、腰を拔かしたのもあるさうですよ、——新田の嫁と、喜十のところの隱居と
願ひは何ぞ行きも帰りも首うなだれて畦道あぜみちづたひ帰り来る美登利が姿、それと見て遠くより声をかけ、正太はかけ寄りてたもとを押へ、美登利さん昨夕ゆふべは御免よと突然だしぬけにあやまれば
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
芋畠のまはりののやうな同じ畦道あぜみちばかり幾回もくる/\と歩き廻つてゐるのであつた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
お顔のうえの頬ひげと口ひげの間にどんなふうに畦道あぜみちをつけるか、捲毛の巻き工合をどうするか、おぐしの櫛目をどう入れるか、そのやり方一つ、そのちょっとした呼吸ひとつで
それに彼等は普通の道路をいとうて、そのなかへ足を踏み込むと露で股まで濡れる畦道あぜみちの方へ横溢した活気でもつて、その鎖を強く引つ張りながら、よろめく彼を引き込んで行つた。
畦道あぜみちは随分狭かった。肩と肩とをっ付けなければ並んで歩くことが出来なかった。
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして、くるりと向きをかえると、校庭の溝をとび越えて、畦道あぜみちの方に逃げ出した。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
何か発句にはなるまいかと思ひながら畦道あぜみちなどをぶらりぶらりと歩行あるいて居るとその愉快さはまたとはない。脳病なんかは影も留めない。一時間ばかりも散歩するとまた二階へ帰る。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
はる先駆者せんくしゃであるひばりが、大空おおぞらたかがって、しきりにさえずるときに、謙遜けんそんなほおじろは、田圃たんぼ畦道あぜみちっているはんのきや、平原へいげんたかのいただきにまって、むら
平原の木と鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
近い干潟ひがたの仄白い砂の上に、黒豆をこぼしたようなのは、烏の群が下りているのであろうか。女の人の教える方を見れば、青松葉をしたたか背負った頬冠りの男が、とことこと畦道あぜみちを通る。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
けれどもこの辺の田野の名物であるはんの木立が畦道あぜみちの碁盤目や綾菱形の上に立ち並び、その梢には乾びた実が房になって懸かり、吹きすさぶ夜風に絶えず鳴るのでその音からしてだけでも
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
富士司の御鷹匠は相本喜左衛門あいもときざえもんと云うものなりしが、其日は上様御自身に富士司を合さんとし給うに、雨上あまあがりの畦道あぜみちのことなれば、思わず御足おんあしもとの狂いしとたん、御鷹おたかはそれて空中に飛び揚り
三右衛門の罪 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
東金君は青田の中の畦道あぜみちをズン/\急ぐ。僕は後から呼びかけた。
村一番早慶戦 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その薄明うすあかりの中で、出来る丈け手早く、菰田の墓を、さも死人が蘇生そせいして、内部から棺を破って這い出したていにしつらえ、足跡を残さぬ様に注意しながら、元の生垣の隙間から、外の畦道あぜみちへと抜け出し
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ではない、見るうちに馬細りゆく時雨かな……田圃たんぼのなかの畦道あぜみちを、主従四人の騎馬すがたが、見る間に小さくなってゆくところは、まことに風流のようですが、当人達はそれどころではありません。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
畦道あぜみちづたいに美登利みどりの帰ってくる中田圃の稲荷とはこれである
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
私は、田圃の畦道あぜみちを歩いた。寺の庫裏くりの広い土間へ立って
みやこ鳥 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
田甫たんぼの処畦道あぜみちに立って伸上って見ている。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
つばさコツキリコ、畦道あぜみちやギリコ
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ところどころに泥水のたまった養魚池らしいものが見え、その岸に沿うた畦道あぜみちに、夫婦らしい男と女とが糸車を廻して綱をよっている。
元八まん (新字新仮名) / 永井荷風(著)
荷車はの、明神様石段の前をけば、御存じの三崎街道、横へ切れる畦道あぜみちが在所の入口でござりますで、そこへ引込んだものでござります。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
梅林の端に竹の四目垣がまわしてある、新八はそれをまたぎ越して、刈田のあいだの畦道あぜみちへはいり、それを南へ歩いていった。
田のくろ畦道あぜみち毎には、何人もかつてその名を知らないやうな、得體のわからぬ奇妙な神神が、その存在さへも氣付かれないほど、小さな貧しいほこらで祀られてゐる。
宿命 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
光春が、田畑の畦道あぜみちから葭蘆かろの茂りまで、どこはどうと、知りぬいていることは、当然であった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は、ふとどまって、あたりを見まわした。目についたのは、畦道あぜみちそばを流れる小川だった。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
足場が悪いから気を付けろといいながらの男は先きに立って国道から畦道あぜみち這入はいって行った。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
さむい家ン中にも落ちつけず、田圃たんぼの方へ飛び出してゆくが、どの畦道あぜみち土堤道どてみちもすぐゆきづまりになって、三十分もすると何か忘れ物でもしたようにあわてて帰ってくる。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
霖雨ながあめでぬかるむ青草まじりの畦道あぜみちを、綱渡りをするように、ユラユラと踊りながら急いで行くと、オールバックの下から見える、白い首すじと手足とが、逆光線を反射しながら
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それ故塚田村でもその村道を選べばこんな河原づたいをするよりは倍も近道であったが、余儀なくかなたの鎮守の森を左手に畦道あぜみちを伝って大迂回だいうかいをしながら凡そ一里に近い弧を描いた。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
田圃たんぼ畦道あぜみち走馬燈そうまとうのやうに馳けて行くのですが、不思議なことに、田圃で働いてゐる人も、道行く人も、八五郎に助勢しようといふ者は一人もなく、自分が惡いことでもしたやうに
彼は、片足を畦道あぜみちの土にのせて立ちどまった。あまり人数の多くはない葬式の人の列が、ゆっくりとその彼のまえを過ぎる。彼はすこし頭を下げ、しかし目は熱心に柩の上の写真をみつめていた。
夏の葬列 (新字新仮名) / 山川方夫(著)