うみ)” の例文
それから、あのうみの母親とは——是はまた子供の時分に死別れて了つた。親に縁の薄いとは、丁度お志保の身の上でもある。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
そうでなくてさえして年を取った親心には、可愛いうみの娘に長い間、苦労をさした男は、訳もなく唯、仇敵かたきよりも憎い。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
木綿縞の古布子ふるぬのこ垢づいて、髪は打かぶって居るが、うみ父母ふたおや縹緻きりょうも思われて、名に背かず磨かずも光るほどの美しさ。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
けれども僕の心にはうみの父母の墓に参るつもりがありますから、母にはい加減に言って置いて、ついに山口に寄ったのです。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
せめては兼吉がうみの父にも増してたよりにして居た先生様の、御身のまはりなりと御世話致したら、牢屋に居るせがれも定めて喜ぶことと思ひましてネ——
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「そうかと申してうみの母でない私が圧制がましく、むやみに差出た口をきますと、御聞かせ申したくないようなごたごたも起りましょうし……」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
市郎は一人児ひとりこであった。小児こどもの時にうみの母には死別しにわかれて、今日こんにちまでおや一人子一人の生涯を送って来たのである。父は年齢としよりも若い、元気のい人であった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
養い親は命の親でもあるに、死ぬまでひろいッ子ということを知らさず、うみの子よりも可愛がって養育された大恩の、万分一も返す事の出来なかったのは今さら残念な事だと
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
うみ奉つり産後肥立さんごひだちかね相果られ其後は老母らうぼの手にて御養育ごやういく申せしが右の老母病死びやうしみぎり若君をば同國相川郡あひかはごほり尾島村淨覺院じやうかくゐんと申す寺の門前に御證據しようこの品を相添あひそへ捨子すてごとして有しを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
彼は、生まれてから、すぐにそのうみの母親に死に分かれて、それっ切り、人間に愛があるということはおろか、子供に乳があるということすらも知らずに育ったのであった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
虎太夫は中気で、本所ほんじょ石原いしはら見横町みよこちょうに長らく寝ていますが、私は此大師匠に拾われました捨児で、真の親という者を知りませんのです。私には大師匠夫婦がうみの親も同然。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
物心ものごころづいてからは、他人に育てられましたのよ、だから、うみの母にも逢わずに死なせ、その実母ひとの父親——おじいさんですわねえ、その人は、あたしが見たい、一目逢いたいと
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
養家へ来てからのお島は、うみの親や兄弟たちと顔を合す機会は、滅多になかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
今私の思出に上るうみの母の顔が、もう真の面影ではなくて、かの夏草の中から怨めし気に私を見た、何処から来て何処へ行つたとも知れぬ、女乞食の顔と同じに見える様になつたのである。
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
いたく我が娘は叔母の娘に勝りたれば、叔母も日頃は養ひ娘の賢き可愛いとしさと、うみむすめ自然おのづからなる可愛いとしさとに孰れ優り劣り無く育てけるが、今年は二人ともに十六になりぬ、髪の艶、肌の光り
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
ましてや土方どかた手傳てづたひしてくるま跡押あとおしにとおやうみつけてもくださるまじ、あゝつまらぬゆめたばかりにと、ぢつとにしみてもつかはねば、とつちやん脊中せなかあらつておれと太吉たきち無心むしん催促さいそくする
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
うみの母親が大病である、今生でたった一目、名残なごりおしみたいという口上。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うみの娘同様孝を尽くしくれると悦び語る、鄔それは彼の徳でない、両乳の間と隠密処に善き相があるに因ると教え、その後またその媳に姑の事を問うと、実の母のごとく愛しくれると答うるを聞き
一番小さいものをもおうみでしょう。
なんぼ鳥でもうみの子の
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
卵をいだうみの月
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
離婚したところうみの母が父のあだである事実はきえません。離婚したところで妹を妻として愛する僕の愛は変りません。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
うみの親の事は忘れたのであろうか。否々いやいや万作夫婦の前では左もないが、ひとり居る時は、深く深く思案に沈むことがある。其時は直ぐ歌う。如何にも悲しそうに歌う。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
今までと打って変った父のこの態度が、うみの父に対する健三の愛情を、根こぎにして枯らしつくした。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
長「へい左様そうです、世間でうみの親より養い親の恩は重いと云いますから、猶残念です」
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その点はお貞の貞奴が、うみの親よりもよく養母の気性と共通の点があったといえる。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ましてや土方の手伝ひして車の跡押あとおしにと親はうみつけても下さるまじ、ああつまらぬ夢を見たばかりにと、ぢつと身にしみて湯もつかはねば、とつちやん脊中せなか洗つておくれと太吉は無心に催促する
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
潮来と牛堀うしぼりの間の蘆の中に棄てられて、息も切れる程いて居たのを、万作が拾い上げて来たので、何のしるしもなかったから、うみの父母は誰か何人なにびとか一切分らぬ。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
高橋梅たかはしうめすなわち僕の養母は僕の真実の母、うみの母であったのです。さい里子さとこは父をことにした僕の妹であったのです。如何どうです、これがあやしい運命でなくて何としましょう。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それであとに取り残された細君が、喜いちゃんを先夫せんぷの家へ置いたなり、松さんの所へ再縁したのだから、喜いちゃんが時々うみの母に会いに来るのは当り前の話であった。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もうしお父様とっさま、おなさけない事になりました、うみの親より深い御恩を受けました上、ういう事になりましたもわたくし思召おぼしめしての事でございますから、皆様みなさんどうぞ代りに私を殺して
「われもよくは知らず、十六七とかいえり。うみの母ならでさだかに知るものあらんや、哀れとおぼさずや」翁はとしより夫婦が連れし七歳ななつばかりの孫とも思わるるを見かえりつついえり。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その縁故で、田口と僕の家が昔に比べると比較的うとくなった今日こんにちでも、千代子だけは叔母さん叔母さんと云って、うみの親にでも逢いに来るような朗らかな顔をして、しげしげ出入でいりをしていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)