滅多めった)” の例文
戸山が原にも春の草が萠え出して、その青々とした原の上に、市内ではこのごろ滅多めったに見られない大きいとびが悠々と高く舞っていた。
それから明治三、四年までは、夏氷などいうものは滅多めったに飲まれない、町では「ひやっこい/\」といって、水を売ったものです。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
お気の毒なことに奥方の浪乃殿は、お里方が絶家して帰るところもなく良人おっと将監殿が江戸へ帰るまでは、滅多めったに死ぬわけにも行かない。
甘いパンといって非常に珍重するものをお料理に使うつもりですけれどもこれは滅多めったにない肉で犢一頭に必ずあるわけでありません。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「それはそうと吉田氏、京都へ入ったなら、滅多めったに刀は抜かぬがよいぞ、血の気の多いのがウヨウヨいる、今の壮士のような奴が」
河の流れが一雨ひとあめごとに変るようでは、滅多めったなところへ風呂を建てる訳にも行くまい。現に窓の前のがけなども水にだいぶん喰われている。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
同級生の誰とも親しく口をきかなかったのは勿論もちろん、その素人しろうと下宿の家族の人たちとも、滅多めったに打ち解けた話をする事は無かった。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
佐平はこう言って滅多めったに下げたことの無い頭を下げて頼んだ。自分の見透している藤沢の秘密な計畫を、みんな話してやるもりだった。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「お屋敷方でも滅多めったにこんな名木めいぼくは見られますまい。」と種員も今は銜煙管くわえぎせるのまま庭の方へ眼を移したが突然思い出したように
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「それはもう御隠居様ごいんきょさま滅法めっぽう名代なだい土平どへいでござんす。これほどのいいこえは、かね太鼓たいこさがしても、滅多めったにあるものではござんせぬ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
此犬はあまり大きくもないが、金壺眼かなつぼまなこの意地悪い悪相あくそうをした犬で、滅多めったに恐怖と云うものを知らぬ鶴子すら初めて見た時はおびえて泣いた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
念には念を入れる性質たちでしたから、滅多めったに誤診はなく、たまたまあっても、患者の生命に少しの影響をも及ぼしませんでした。
手術 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
このかすんだ空のひかりと淡い曇りをさして、この地方の土民は晴天だといっている。それほど、あおい空と陽のひかりは滅多めったに訪れてこない。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
千枝子はそれを出迎えるために、朝からうちを出て行ったが、君も知っている通り、あの界隈かいわいは場所がらだけに、昼でも滅多めったに人通りがない。
妙な話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
人がそういう瞳の反射を見せるときは滅多めったにその機会をとらえがたいものだ。基経は身体からだが引きしまるようにその瞳を感じた。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
家はチラホラあるけれども、しーんとしていて、人がいるのかいないのか分らない位、通る人にも滅多めったに会わない。東京の町とは大変な違いだ。
贋紙幣事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「まア聞けよ」と辻永は私をさえぎった。「その酒は滅多めったに客に売らないのだ。だが特別のお客に売ることがあるし、また間違って売る場合もある。 ...
地獄街道 (新字新仮名) / 海野十三(著)
はて不思議、滅多めったに外出したことなき御客様が今まで帰らぬとは、イヤイヤ若者の常なれば何処にか引っかかりたらんなど噂取りどりに致し候。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
それは、あのうけたまわりますと、昔から御領主の御禁山おとめやまで、滅多めったに人をお入れなさらなかった所為せいなんでございますって。御領主ばかりでもござんせん。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
行政区域の名称などは、そういう中にも以前を記憶する者があり得るが、滅多めったに用いぬ村の小名などは、いったん間違ったらもう発見が困難である。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「ご冗戯じょうだんでしょう。新渡しんとじゃあござんせんぜ。これくらいな古渡こわたりは、長崎あっちだって滅多めったにもうある品じゃないんで」
春の雁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
話は脱線するがこのアラスカ丸の船長はむろん独身生活者ひとりもので、女も酒も嫌いなんだ。上陸なんか滅多めったにしないんだ。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
だが、考えて見れば、これ程造作のない、その上少しの危険も伴わぬ計画というものは、滅多めったにあるものではない。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「それは、二つ一つの針がありやす。もう助かるか助からぬ時に打つ針で滅多めったに打つことの出来ぬ針でげす。」
黄色い晩 (新字新仮名) / 小川未明(著)
というような方は滅多めったにない。わさびのことは、色・からさ・甘さ・ねばりなどをやかましくいう食通はあるが、大根おろしの苦情を聴くことは、ほとんどない。
鮪を食う話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
その金はどこから借りるかといえば地主じぬしから借りるほかはない。借りたところで滅多めったに返せるものでない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
ところが狐の方は大へんに上品な風で滅多めったに人を怒らせたり気にさはるやうなことをしなかったのです。
土神と狐 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
私達は一日に三度の飯を食べたことは滅多めったになかった。まるっきり食べない方がかえって多かった。私はいつも空腹であった。今でも私は空腹の時には思い出す。
その人にまたふまでは、とても重苦しくて気骨きぼねの折れる人、もう滅多めったには逢ふまいと思ひます。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
暁方あけがたの三時からゆるい陣痛が起り出して不安が家中にひろがったのは今から思うと七年前の事だ。それは吹雪ふぶきも吹雪、北海道ですら、滅多めったにはないひどい吹雪の日だった。
小さき者へ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「いいえ、滅多めったにありはしませんよ。夏の夜だから、まだ宵の口位に思って歩いているんですよ」
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
次に、私は滅多めったに自分の旧稿を読まない。それで今度珍しく読み直す機会に恵まれ、自分の踏んできた経路を鳥瞰図ちょうかんず的に見る事が出来て、自分ながらちょっと面白かった。
自害してまでも見たいというそちの執心しゅうしんには我が折れた。滅多めったに出されぬ器じゃが、今日は宝蔵から取り出そうぞ。これこれ左近吾宝蔵へ参っての髑髏盃を取り出して参れ
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私は滅多めったに歌など歌ったことがないが、その時はちょっとそういう文句を思い浮べた。
玄海灘密航 (新字新仮名) / 金史良(著)
……思えば当然だ! わたしの最初の訪問は、かれらの生涯には大事件だったし、それにいやしくも事件となると、それが滅多めったに起こらない場所では、永く記憶されるからである。
嫁入り支度 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
滅多めったにもうそういう口はございませんからね……これはお光さんだけへの話ですけれど、私はどうか今度の話がまとまるように、一生懸命お不動様へ願がけしているくらいなんですよ
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
日曜か何かひまな時か又は月夜などに操練そうれんをして、イザ戦争と云う時に出て行くと云うばかりで、太平の時はず若い者の道楽仕事であるから、折角せっかくこしらえた軍服も滅多めったに着ることがない所に
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その代りに夜は土地が辺鄙へんぴなので滅多めったに訪問客もないから、四時間ぐらいは自分の時間として、新聞雑誌やまとまった読書も多くこの間にする。時によると何かの必要で調べものをすることもある。
人間弱味がなければ滅多めったに恐がるものでない。幸徳らめいすべし。政府が君らを締め殺したその前後のあわてざまに、政府の、いな、君らがいわゆる権力階級のかなえの軽重は分明に暴露されてしもうた。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「今更心配してもおっつかないから、まア少し休みましょう。こんなに景色のよいことは滅多めったにありません。そんなに人に申訣のない様な悪いことはしないもの、民さん、心配することはないよ」
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
滅多めったに人のことを好く言わないソバケーヴィッチですら、まちからかなりおそくなって帰宅すると、すっかり着物をぬいで、痩せ萎びた細君の横へ入って床につくなり、こう言って話しかけたものだ。
「おれはカッフェへなんか滅多めったに行きやしない」
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
さりとて滅多めったに出してもやられないので、代るがわるに警固しているあいだに、あるとき番人のすきをみて、すっぽんは表へ這い出した。
同じ人でも白痴と狂人は何を食べても滅多めったあたりません。それは神経を使わないから胃腸が無神経同様になって下等動物に近いのです。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
兄はくるまで学校へ出た。学校から帰るとたいていは書斎へ這入はいって何かしていた。家族のものでも滅多めったに顔を合わす機会はなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
日比谷公園の新音楽堂の裏手、滅多めったに人の来そうも無い、忘れられたようなベンチを見守って、一時間余り我慢して居た二人だったのです。
踊る美人像 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「お旗本のお使いと聞いたから、滅多めった粗相そそうがあっちゃならねえと思って断らせたんだが、なぜまともに、おきただといいなさらねえんだ」
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「わたし子供の時から三度満足に御飯をたべた事は滅多めったにないわ。そのくせお酒も好きじゃなしお汁粉はいやだし……経済でいいじゃないの。」
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
本堂はもとよりひっそりしている。身動きさえ滅多めったにするものはない。校長はいよいよ沈痛に「君、資性しせい穎悟えいご兄弟けいていゆうに」
文章 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「こんなことは滅多めったにないことだ。おお、ここに何か落ちているぞ。時計だ。懐中時計でメタルがついている。剣道優賞牌ゆうしょうはい、黒田選手にていす——」
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)