波打際なみうちぎわ)” の例文
かれは自分の汚いからだをかくして笛を吹いている。孤島の波打際なみうちぎわに、美しい人魚があつまり、うっとりとその笛の音に耳を傾けている。
十五年間 (新字新仮名) / 太宰治(著)
手を振って、海女あまや船頭を退しりぞけながら、彼は、ふやけたその足で砂を踏みしめ、波打際なみうちぎわへ行ってザブザブと潮の中へ足をひたした。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
男女の乗客はいずれもおかへと急いだ。高い波がやって来てはしけを持揚げたかと思ううちに、やがてお種は波打際なみうちぎわに近い方へ持って行かれた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
時に、お爺さんは老体の事ですから、石の多い浜辺をきらって土堤どての上を行きます。若い人々は波打際なみうちぎわを遠慮なくさっさとあるいて参ります。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ミルクのような雲をかぶった山々や、白いチョークで線を引いたような海岸の波打際なみうちぎわが、映画のフィルムのように過ぎて行く。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
街道と波打際なみうちぎわとの距離は、折々遠くなったり近くなったりする。る時は浜辺をひたひたと浸蝕しんしょくする波が、もう少しで松の根方ねかたらしそうに押し寄せて来る。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこの頂上の奇怪な蕈形きのこがたの傘の上からは、島全体を、遙かなる波打際なみうちぎわまで一目に見渡すことが出来たのですが、その眺望の不可思議を何に例えたらよいのでしょう。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その中にその波がざぶんとくだけます。波打際なみうちぎわが一めんに白くなって、いきなり砂山や妹の帽子などが手に取るように見えます。それがまたこの上なく面白かったのです。
溺れかけた兄妹 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
私達わたくしたちちてうみ修行場しゅぎょうばあとに、波打際なみうちぎわのきれいな白砂はくさんでひがしひがしへとすすみました。
さびしく海岸にひとり火をたいてねむりについた玉太郎は夢の中で、ラツールと愛犬ポチの姿をもとめていた。そのうちに大きな音がしたので目がさめた。波打際なみうちぎわがさわがしい。
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
出発地を太平洋波打際なみうちぎわ大洗おおあらいにしようか、大洗水戸間三里の道は平々凡々だから、無駄足を運ばず水戸からにしようかという事は未定問題であったので、吾輩は大洗説を主張し
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
岸辺の木立こだち絶えたる処に、真砂路まさごじの次第に低くなりて、波打際なみうちぎわに長椅子ゑたる見ゆ。あし一叢ひとむら舟に触れて、さわさわと声するをりから、岸辺に人の足音して、木の間を出づる姿あり。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
漁師の眼には涙がいていた。彼はその涙の眼をまた海の方へやった。と、いそ波打際なみうちぎわに人影の動くのが見えた。それは海の中からあがって来たように、真直まっすぐにこっちへ向いて歩いている。
月光の下 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
くつろげた寝衣ねまきの胸に吹き入るしぶきに身顫みぶるいをしてふと台場の方を見ると、波打際なみうちぎわにしゃがんでいる人影が潮霧の中にぼんやり見える。熊さんだと一目で知れた。小倉こくらの服に柿色の股引ももひきは外にはない。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「ウン。間違まちげえねえと思う。波打際なみうちぎわ恰好かっこうに見おぼえがあるんだ」
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私はその灰色をいろどる一点として、向うの波打際なみうちぎわ蹲踞しゃがんでいる兄さんの姿を、白く認めました。私は黙ってその方角へ歩いて行きました。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あなたは、海岸の波打際なみうちぎわなどに、「やどかり」という一種のかにのいるのを御存じでございましょう。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかもこの房州上総かずさ波打際なみうちぎわは、北条氏の領治下に、眠っているような、現状だったのである。
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
み難い精神こころの動揺から、一年ばかりも流浪を続けた揚句、彼の旅する道はその海岸の波打際なみうちぎわへ行って尽きてしまった。その時の彼は一日食わず飲まずであった。一銭の路用もたなかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ちゃぷりちゃぷりと小さな波が波打際なみうちぎわでくだけるのではなく、少し沖の方に細長い小山のような波が出来て、それが陸の方を向いて段々押寄おしよせて来ると、やがてその小山のてっぺんがとがって来て
溺れかけた兄妹 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
すぐる十有餘日いうよにちあひだ、よく吾等われら運命うんめい守護しゆごしてれた端艇たんていをば、波打際なみうちぎわにとゞめてこのしま上陸じやうりくしてると、いまは五ぐわつ中旬なかばすぎ、みどりしたゝらんばかりなる樹木じもくしま全面ぜんめんおほふて、はるむかふは、やら
余りにも大がかりな悪魔のプロパガンダに度肝どぎもを抜かれたのか、群集が立ち去ったあとまでも、ボンヤリと海岸にたたずんでいたが、ふと気がつくと、十間ばかり向うの波打際なみうちぎわ
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
見れば、約束の小舟らしいのが一そうそこに繋綱もやっている。官兵衛は波打際なみうちぎわへ寄って
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
兄さんの調子にも兄さんの眉間みけんにも自烈じれったそうなものが顫動せんどうしていました。兄さんは突然足下あしもとにある小石を取って二三間波打際なみうちぎわの方にけ出しました。そうしてそれをはるかの海の中へ投げ込みました。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いよ/\探險たんけんとは决心けつしんしたものゝ、じつうす氣味惡きみわることで、一體いつたい物音ものおとぬしわからず、またみちにはどんな災難さいなんしやうずるかもわからぬので、わたくし萬一まんいち塲合ばあひおもんぱかつて、れい端艇たんていをば波打際なみうちぎわにシカと繋止つなぎと
志摩子さんは人なき波打際なみうちぎわを、高らかに歌いつつ歩く。私も知っている曲は合唱した。月は幾億の銀粉と化して波頭に踊り、涼しい浜風が、袂を裾を合唱の声を、遙か彼方かなたの松林へと吹いて通る。
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
黙然と、波打際なみうちぎわに立っていた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)