沛然はいぜん)” の例文
呆然たる松吉の方を、それ見たかといわんばかりの眼つきで睨んで、北鳴四郎は沛然はいぜんたる雨の中を、稲田老人と共に駈けだしていった。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
沛然はいぜんとして金銀の色に落ちて来た、と同時に例の嫁入よめいり行列の影は何町なんちょうったか、姿は一団の霧に隠れてらにすかすも見えない。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
突然強風が吹起こって家を揺るがし雨戸を震わすかと思うと、それが急にまるで嘘をいったように止んでただ沛然はいぜんたる雨声が耳にみる。
雨の上高地 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その祈祷の声と共に、彼の頭上の天には、一団の油雲あぶらぐもが湧き出でて、ほどなく凄じい大雷雨が、沛然はいぜんとして刑場へ降り注いだ。
じゅりあの・吉助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
きょう十三日も、空は依然荒れぎみで、折々、沛然はいぜん驟雨ゆうだちが来ては、またれたりしているが、ゆうべも山の方ではだいぶ降っていたらしい。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
林町から自動車でかえって来たら、豪雨沛然はいぜんたる夜のなかに、連って光っているあなたのところの電燈が眺められました。きのうは可笑しい日でね。
城を下って大手へ出ると、沛然はいぜんとした雨が来た。伊兵衛はその雨のなかを、まっすぐに海岸のほうへ歩いていった。
彩虹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
蓬々ほうほうとして始まり、号々として怒り、奔騰狂転せる風は、沛然はいぜんとして至り、澎然ほうぜんとしてそそぎ、猛打乱撃するの雨とともなって、乾坤けんこん震撼しんかんし、樹石じゅせき動盪どうとうしぬ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
来たなと思う間もなく、豪雨は沛然はいぜんとして乾いた岩を黒く染めて行く。暗い霧の中に紫の電光がひらめいて、激しい雷鳴がうす気味悪い反響を周囲の岩壁にたたき附ける。
一ノ倉沢正面の登攀 (新字新仮名) / 小川登喜男(著)
ところが五葉のマツはそうでもなかったが、おおグリのほうは倒れながら叫んで、この下村を泥の海にするといったと思うと、たちまち大雨が沛然はいぜんと降り出して大水が出た。
東奥異聞 (新字新仮名) / 佐々木喜善(著)
七月に這入はいってからも、三日に又しても降り始めて四日も終日降り暮していたのであるが、五日の明け方からはにわか沛然はいぜんたる豪雨となっていつむとも見えぬ気色であった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この沛然はいぜんと降る豪雨に、無事な筈はなく、雨漏りをさけて遁げ廻った末、やっと楽屋の隅で、ひと凝固かたまりになって、横になる事が出来たのは、もう大分夜が更けてからだった。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
更に「し人を殺すをたしなまざる者有らば、天下の民皆くびを引いてこれを望まん、誠にかくの如くんば民のこれに帰するほ水のひくきに就くが如し、沛然はいぜんとして誰かくこれをふせがん」
永久平和の先決問題 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
その時、急に頭上の空が暗黒と化したかと思うと、沛然はいぜんとして大粒の雨が落ちて来た。雨はあたりの火照りを稍々ややしずめてくれたが、暫くすると、またからりと晴れた天気にもどった。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
博士が、そのマダムとわかれてから、沛然はいぜんと夕立ち。どうりで、むしむし暑かった。
愛と美について (新字新仮名) / 太宰治(著)
春の花見頃午前ひるまえの晴天は午後ひるすぎの二時三時頃からきまって風にならねば夕方から雨になる。梅雨つゆうちは申すに及ばず。土用どようればいついかなる時驟雨しゅうう沛然はいぜんとしてきたらぬともはかりがたい。
乗合自動車を乗りてると、O先生と私とは駕籠かごに乗り、T君とM君とは徒歩でのぼつた。さうして、途中で驟雨しうう沛然はいぜんとして降つて来たとき駕籠夫かごかきは慌てて駕籠に合羽かつぱをかけたりした。
仏法僧鳥 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
蓋し元和偃武えんぶ以来儒学の発達と共に勤王の精神は発達し来り、其勢や沛然はいぜんとして抗すべからず、或は源光圀みつくにをして楠氏の碑を湊川に建てしめ、或は新井白石をして親皇宣下の議を呈出せしめ
頼襄を論ず (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
沛然はいぜんとして江河を決するがごとく、これを防ぐあたわざる勢いとなれり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
午後二時過ぎ、雷鳴、電光、沛然はいぜんと降雨があった。少しひょうまじって居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そうして見る間に末広がりに煙りの先が広がって空一面にはびこったかと思うと、沛然はいぜんと暴雨が降りかかった。暴雨は谷間に滝のように注ぎ、そこにこもったすべての物を押し流そうとするのでもあろう。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
富田さん、麻布あざぶのえち十と云う寄席へ行かないかとみんなを誘うけれど、私は雨なので断って早く家に帰る。沛然はいぜんとした雨が終日つづく。この雨があがれば、いよいよ冬の季節にはいるのであろう。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
此日は朝から暑かったが昼頃になって雷鳴と共に豪雨が沛然はいぜんと降り下り、風は山々の木をゆるがせた。為に軍馬の音を今川勢に知られる事もないので熱田の神助とばかり喜び勇んで山路やまじを分け進んだ。
桶狭間合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
冷たい雨が音を立てて、沛然はいぜんと八百八町を叩いていた。
ちょうど、生麦なまむぎを通るころ、沛然はいぜんと豪雨が降り出した。
キャラコさん:05 鴎 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
黒雲は元に納まり、再び大雨が沛然はいぜんと降り注いだ。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
浴後の茶漬も快く、窓によれば驟雨しゅうう沛然はいぜんとしてトタン屋根を伝う点滴の音すゞしく、電燈の光地上にうつりて電車の往きかう音も騒がしからず。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
日輪は赫々と空にありながら、また沛然はいぜんと雨が降りだした。怪しんで人々が天を仰ぐと、一の黒雲のなかに、于吉の影が寝ているように見えた。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雷はどうやら近くに迫ったとみえ、追いかけ追いかけ鳴りはためき、やがて沛然はいぜんとして雨がやって来た。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
窓近くにいた誰かがわめくのをきっかけに、窓外の闇をすかして、銀幕を張ったような大雨が沛然はいぜんと降り下りました。硝子戸をバタバタと締める音がやかましく聴えます。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
車を出すとやがて驟雨は沛然はいぜんとして到つた。爽快を呼んで走ると、船生に到る頃に止んだ。
華厳滝 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
乗合自動車を乗り棄てると、O先生と私とは駕籠かごに乗り、T君とM君とは徒歩でのぼった。そうして、途中で驟雨が沛然はいぜんとして降って来たとき駕籠夫かごかきは慌てて駕籠に合羽かっぱをかけたりした。
仏法僧鳥 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
雲脚が迅く濃くなるたびに、トタン屋根に白いしぶきを立てて沛然はいぜんと豪雨が降りそそいだ。大ぶりの最中は、つい近くの山鼻さえ雨に煙った。どっちの道にも朝から人通りが絶えている。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
沛然はいぜんと大雨になり、無力な私も、思わぬところで御奉公できるかも知れない。私には、単衣はこの雨着物の他に、久留米絣のが一枚ある。これは、私の原稿料で、はじめて買った着物である。
服装に就いて (新字新仮名) / 太宰治(著)
その途端とたんに天を傾けて、たきのような大雨おおあめが、沛然はいぜんと彼を襲って来た。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
風にあおられた大雨が一頻ひとしき沛然はいぜんとして降り注いで来た。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
沛然はいぜんたる豪雨——それに雷鳴さえも。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ぴかっ——と青白い雷光いなびかりが、ふたりの膝へ閃いた、と思うと、沛然はいぜんたる大雨と共に、雷鳴がとどろいて、どこかの大木にかみなりが落ちたようであった。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほこりっぽい、乾苦かわきぐるしい、塩っ辛い汗と涙の葬礼行列の場面が続いたあとでの、沛然はいぜんとして降り注ぐ果樹園の雨のラストシーンもまた実に心ゆくばかり美しいものである。
映画雑感(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ザーッ、ザッと鋪道を洗い、屋根にしぶいて沛然はいぜんと豪雨になった。
刻々 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
沛然はいぜん
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
七路に迫る寄手は喊声かんせいをあげてきた。呂布ももちろん、防ぎに出ていた。——驟雨しゅうう沛然はいぜんとして天地を洗った。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜中に沛然はいぜんたる雨の音で目がさめる。およそこの人生に一文も金がかからず、無条件に理屈なしに楽しいものがあるとすれば、おそらくこの時の雨の音などがその一つでなければならない。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そしてすでに陽も西山に沈もうとする頃、急に、黒雲白雲たちこめて、沛然はいぜんと大雨がふりそそいできた。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
降りしきる雨の中に、銀五郎の叫びが切れぎれにするのだったが、叫ぼうとする息も、起きようとする懸命も、沛然はいぜんたる雨の力に圧倒されて紫陽花あじさいのように気崩きくずれてしまう。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
沛然はいぜんと、ここ一箇所に、血の豪雨がふりそそぎ、城中の兵は、みなごろしの目に遭った。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ああ、われら父子もついに、ここで非命の死をうけるのか」となげきかなしんでいたが、なおこの父子の天運が強かったものだろうか、時しも沛然はいぜんとして大驟雨おおゆうだちが降ってきた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まったくの五月闇さつきやみであった。もろはらから豊川筋へかかる頃から、ポツ、ポツと白い雨のしまが闇を斜めに切って来た。やがて、沛然はいぜんたる大雨は、黙々とゆく三千の影を濡れ鼠にしていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは一どうはしる炎となって城頭城門へ燃えついたが、また、たちどころに、公孫勝が呼んだ沛然はいぜんたる雨に打ち消され、かえって豪雨は白い電光をはらみ、霹靂へきれきせい、雲のなかで爆雷となって鳴った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)