水溜みずたまり)” の例文
女学生の立っている右手の方に浅い水溜みずたまりがあって、それに空が白く映っている。それが草原の中に牛乳をこぼしたように見える。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
所々の水溜みずたまりでは、夫人おくさんの足がちらちら映る。真中まんなか泥濘ぬかるみひどいので、すその濡れるのは我慢しても、路傍みちばたの草をかねばならない。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
先日来の雨で、処々に水溜みずたまりが出来て居るが、天幕てんとの人達が熊笹を敷き、丸木まるきわたしなぞして置いて呉れたので、大に助かる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
毎夜さわがしく蓄音機をならし立てていたのであるが、いつの間にか、もとのようになって、あたりの薄暗い灯影ほかげ水溜みずたまりおもてに反映しているばかりである。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しゅあわれめよ、しゅあわれめよ、しゅあわれめよ!』と、敬虔けいけんなるセルゲイ、セルゲイチはいながら。ピカピカと磨上みがきあげたくつよごすまいと、にわ水溜みずたまり溜息ためいきをする。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
御承知ごしょうちかたもありましょうが、三崎みさき西海岸にしかいがんにはいわかこまれた水溜みずたまりがあちこちに沢山たくさんありまして、土地とち漁師りょうし小供達こどもたちはよくそんなところで水泳みずおよぎをいたしてります。
道の上の、水溜みずたまりには、水の色が静かに澄んで、悠久ゆうきゅうに淋しい流れている空の姿を映している。
凍える女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
古池になぞらえた水溜みずたまりの中から、痩せ細った手がニューッと出て、それから徐々に、お岩のように片目のつぶれた女の幽霊が現われ、見ていると、そのまんまるに飛び出した目から
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
欝蒼うっそうたる林に囲まれた二つ三つの広い邸宅だのがあるきりで、その間間あいだあいだには起伏のある草茫々くさぼうぼうの堤防や、赤土がむき出しになっている大小のがけや、池とも水溜みずたまりともつかぬほりなどがあって
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
路次の水たまり、黒い小猫がぴょんぴょんと水溜みずたまりをさけて、隣の生垣の下をくぐった。茶色の雨マントを着た魚屋が、自転車に乗って来て、共同水道のわきで、雨にぬれながら、切身を作り始めた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
浅い美しい滝がかかっている。下の水溜みずたまりの中を、指ぐらいの小魚の影がすいすいと走る。ざりがにもいるらしい。朽ち倒れ、半ば水に浸った巨木の洞。渓流の底の一枚岩が不思議にルビイの様に紅い。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
風の夜のともしびうつる水溜みずたまり
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
余は一人とがった巌角がんかくを踏み、荊棘けいきょくを分け、みさきの突端に往った。岩間には其処そこ此処ここ水溜みずたまりがあり、紅葉した蔓草つるくさが岩にからんで居る。出鼻に立って眺める。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
両側に軒の並んだ町ながら、この小北の向側むこうがわだけ、一軒づもりポカリと抜けた、一町内の用心水ようじんみず水溜みずたまりで、石畳みは強勢ごうせいでも、緑晶色ろくしょういろ大溝おおみぞになっている。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
路地は人ひとりやっと通れるほど狭いのに、大きな芥箱ごみばこが並んでいて、寒中でも青蠅あおばえはねならし、昼中でもいたちのような老鼠ろうねずみが出没して、人が来ると長い尾の先で水溜みずたまりの水をはねとばす。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
江戸えどからている小供こどもはそれがうらやましくてたまらなかったものでございましょう、自分じぶんではおよげもせぬのに、女中じょちゅう不在るすおり衣服きものいで、ふか水溜みずたまりひとつにんだからたまりませぬ。
「オヤ、あんな所に水溜みずたまりがあったかしら」
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
場末ではあるけれども、富山でにぎやかなのは総曲輪そうがわという、大手先。城の外壕そとぼりが残った水溜みずたまりがあって、片側町に小商賈こあきゅうどが軒を並べ、壕に沿っては昼夜交代に露店ほしみせを出す。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
向うの溝からどじょうにょろり、こちらの溝から鰌にょろり、と饒舌しゃべるのは、けだしこの水溜みずたまりからはじまった事であろう、と夏の夜店へ行帰ゆきかえりに、織次はひとりでそう考えたもので。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
柳のもとには、二つ三つ用心みずの、石で亀甲きっこうに囲った水溜みずたまりの池がある。が、れて、寂しく、雲も星も宿らないで、一面に散込んだ柳の葉に、山谷の落葉を誘って、塚を築いたように見える。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、蘆の丈でも計られる、さまで深くはない、それにしおが上げているんだから流れはせん。薄い水溜みずたまりだ、と試みにってみると、ほんのかかとまで、で、下は草です。結句、泥濘ぬかるみすべるより楽だ。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しんとした暮方、……空地の水溜みずたまりを町の用心水ようじんみずにしてある掃溜はきだめ芥棄場ごみすてばに、枯れた柳の夕霜に、赤い鼻を、薄ぼんやりと、提灯ちょうちんのごとくぶら下げて立っていたのは、屋根から落ちたか、杢若もくわかどの。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あの用心池の水溜みずたまりの所を通ると、掃溜はきだめの前に、円い笠を着た黒いものが蹲踞しゃがんでいたがね、俺を見ると、ぬうと立って、すぽんすぽんと歩行あるき出して、雲の底に月のある、どしゃぶりの中でな、時々
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
浅いと思った水溜みずたまりへ片足踏込んで、私がさきへ下駄を脱いだんで、あの人も、それから跣足はだし、湯上りの足は泥だらけで——ああ、気の毒だと思う内に、どこかの流れで、歩行あるいてる内に綺麗に落ちる
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
向って、たらたらとあがる坂を、可なり引込ひっこんで、どっしりしたかやの山門が見えます。一方はその藪畳みで、一方は、ぐっとがけくぼんで、じとじとした一面の茗荷畑みょうがばたけ水溜みずたまりには杜若かきつばたが咲いていました。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)