楚々そそ)” の例文
関羽がたたずんでいると、ほど近い木の間を、誰か、楚々そそと通る人があった。見ると、劉恢のめいとかいうこの家の妙齢な麗人であった。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
打水うちみずをした庭の縁を二人三人の足音がして、白地の筒袖つつっぽ浴衣ゆかたを着た菊五郎が書生流に歩いて来ると、そのあとに楚々そそとした夏姿の二人。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
いろ勝ちの臥床ふしどの上に、楚々そそと起き直っている彼女を一目見て、なるほど公方くぼうちょうをほしいままにするだけの、一代の美女だと思った。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
それから、遊廓の大通りへかかると、向うの木橋から、白い服の、そして胸高な青の袴の朝鮮の女が楚々そそとして光って来た。華魁おいらんなのだ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それはこの喫茶店に、露子という梅雨空つゆぞらの庭の一隅に咲く紫陽花あじさいのように楚々そそたる少女が二人の間に入ってきたからであった。
火葬国風景 (新字新仮名) / 海野十三(著)
タヌの方は、ぐるぐると巻きつけた登山綱ザイルの中から目だけを出し、愛用のハンド・バッグを小脇にかかえ、楚々そそたる蓮歩を運びたもう様子。
それとも、それはQ語の単なる感嘆詞だつたかも知れない。僕はひそかに嫉妬しっとを感じた。阿耶は楚々そそたる美しい娘であつた。
わが心の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
「さあどうぞ! どうぞ」とこの黒チャンに手をられんばかりにして私は楚々そそ蓮歩れんぽを踏み出したわけなのであったが
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
申し分のない美人の楚々そそとした姿が眼の前に現はれて来る。富岡はゆき子のおしやべりを聞きながらうとうとしてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
楚々そそとしてつつましやかに花を付けるあの可憐かれん雛罌粟ひなげしの花のような女性が、夫人の手近にいることを、人々は忘れはしまい。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
紅葉こうえふの句いまだ古人霊妙の機を会せざるは、独りその談林調だんりんてうたるが故のみにもあらざるべし。この人の文を見るも楚々そそたる落墨ただちに松を成すの妙はあらず。
将軍、参謀、陸軍大臣等要路の大官をはじめ、一皇太子と二人の帝王まで、楚々そそたる美女マタ・アリの去来する衣摺きぬずれの音について、踊らせられている。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
そこにはやはり昔からの支那風にこなされ渾然としたものをかもし出しているのであろう。楚々そそとした感じは一点の難もないまでによく調和したものになっている。
中支遊記 (新字新仮名) / 上村松園(著)
さきに述べた岡寺の如意輪観音を彷彿ほうふつせしめるが、しかしあれほど豊麗に可憐かれんではなく、どこかに飛鳥あすか楚々そそたる面影をたたえて、小仏ながら崇高な威厳を保っている。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
自分の妹のことをめるのはおかしいけれども、ほんとうの昔の箱入娘、荒い風にも当らないで育ったと云う感じの、弱々しいが楚々そそとした美しさを持った顔と云えば
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
腕白わんぱくひざへ薬をことづかつてくれれば、私が来るまでもなく、此のむすめは殺せたものを、が明けるまで黙つてなよ。」といひすてにして、細腰さいよう楚々そそたる後姿うしろすがた、肩をゆすつて
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
中流小島村付近から上流には清い流れの底を佳麗な山女魚が楚々そそとして泳いでいる。
雪代山女魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
トンボには銀ヤンマのような堂々たる者もあり、トオスミトンボのような楚々そそたる者もあり、アカトンボのようなしゃれた者もあって、一寸彫刻に面白そうに思えるが、これがやはり駄目。
蝉の美と造型 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
楚々そそたる趣や内側から滲み出す美しさなどは、プシホダには想像もされない。
六くらいの楚々そそとした小女が、いま咲いた山ゆりででもあるかのように、つつましくもそこへ三つ指をついていたものでしたから、口ではいろいろときいたふうなことをいうにはいいますが
一杯人々のとぐろを巻いているさ中に、目もさめるばかり真白く着飾った女流詩人文素玉が、百合のように楚々そそと坐っていたのだ。彼は急に幸福な気持になって転ぶようにその中へはいって行った。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
一人産むとすっかり変ってしまった、二人の友達のほうも似たりよったりです、結婚するまえはしとやかに楚々そそとしていて、それが祝言してしまえばがらっと変るんですからね、小糠こぬか三合持ったらという俗言は決して誇張じゃありませんよ
末っ子 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
わけてその廊を奥へ行く美人、退がって来る美人——何かを捧げ持って——燈影とうえいの下を楚々そそと通う女性たちの色やにおいにそれが濃い。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このジルコーヴィチ氏が悠揚たる薄笑ひを楚々そそたる口髭にたたんで、追つ立てるやうに手をおよがせながら
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
この公使館に、すこぶる優美な女がいた。明眸皓歯めいぼうこうし、風姿楚々そそたる、二十三、四の独身の秘書ステノであったが、私は、このお嬢さんセニョリータに、ゾッコン上せあがってしまった。
雷嫌いの話 (新字新仮名) / 橘外男(著)
妻は楚々そそとして美しき女。隊商を囲んで多くの見物人が居る。見物の男女幾人とも知れがたし。
世評(一幕二場):A morality (新字新仮名) / 菊池寛(著)
玄関までの玉砂利も綺麗きれいに掃き清められて、尼寺にふさわしく、楚々そそたる感じにあふれていた。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
旦那様は、呶鳴どなりつけるつもりだったらしいが、新任の楚々そそたるモダン小間使のやったことと分ると、くるしそうにえへんえへんとせきばらいをして、早々そうそう奥へひきあげていった。
什器破壊業事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
貞奴のあの魅惑のある艶冶えんや微笑ほほえみとあの嫋々じょうじょうたる悩ましさと、あの楚々そそたる可憐かれんな風姿とは、いまのところ他の女優の、誰れ一人が及びもつかない魅力チャームと風趣とをもっている。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
お春は楚々そそとして艶然えんぜんたる立姿を紅燈に照させながら、静かに唄いつ舞うのでした。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
だからその中でもといっているじゃないか? 髪は勿論銀杏返いちょうがえし、なりは薄青いしまのセルに、何か更紗さらさの帯だったかと思う、とにかく花柳小説かりゅうしょうせつ挿絵さしえのような、楚々そそたる女が立っているんだ。
一夕話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その容姿の楚々そそとした可憐かれんなる美しさというものは、いかさま人気を奪ってしまうにじゅうぶんなくらいで、それと物音を聞きつけたのでありましょう、手裏剣少年が楽屋の中から駆け出してくると
「あそうか、清麗楚々そそとした、あの娘が、引抜くと鬼女になる。」
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
尼のことばが切れたのは、そのとき当の於通が、ふくさに茶碗をのせ、楚々そそと、友松のまえにそれをささげて来たからであった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの眼が光彩をはなつうちは楚々そそたる佳人になって永久に彼女は若いと眺められた。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
と、二十五、六にもなろうという楚々そそとして立ち姿の美しい婦人が挨拶をした。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
しかも閉じたそのまなこ、軽く結んだ豊艶ほうえんな唇のあたり、熱帯の灼熱せる太陽に蒸されてすでに紫斑を呈しながらも生前の美しさがしのばれて今にも楚々そそとして微笑ほほえみ出すかと疑われんばかりの姿であった。
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
名を知らぬものまで、白く咲いて楚々そそとした花には騒ぐ。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
楚々そそ——いとも楚々としてなよやかな佳嬪かひんが列をなしてきた。おのおの、酒瓶しゅへい肉盤をささげている。酒宴となった。哄笑、談笑、放笑、微笑。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このような楚々そそたる麗人れいじんを、妻と呼んで、きたきた紅閨こうけいようすることの許された吾が友人柿丘秋郎こそは、世の中で一番不足のない果報者中かほうものちゅうの果報者だと云わなければならないのだった。
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこへ、楚々そそと、盧俊儀ろしゅんぎの妻の賈氏こしが、屏風びょうぶを巡ってあらわれた。李固りこや燕青と共に「——そんな遠出の旅は、思いとまっていただきたい」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて、土肥家の側が、ずらりと、坐り終わったところで、花嫁は、つのかくしを、俯向うつむけて、庄次郎のそばへ、楚々そそと、手を曳かれてきた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
間もなく、室の外に、楚々そそたる気はいがして、侍立の女子が、とばりをあげた。客の呂布は、杯をおいて、誰がはいって来るかと、眸を向けていた。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
髪も白い、からだも細い、柳腰りゅうようもやや曲がってはいる。——けれどその楚々そそたるすがたは、梅は老いてもなお梅であるように女らしいひとであった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
呼べば妻の小右京がいまにもそこらの渡りから「はい」と答えて自分の前に楚々そそと来そうな気配にさえとらわれた。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女も今日は思いきり化粧をこらし、楚々そそとついてゆく姿は、欄間彫らんまぼり吉祥天女きちじょうてんにょが地へ降りていたかのようである。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
吉野太夫はその間に、音もなく席を起って、松の位のすそ楚々そそと曳き、雪の廊下を奥ふかく姿を消してしまった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
美しい小間使が、楚々そそと、彼の前に、菓子、茶、煙草などのもてなしを供え、無言のまま退がって行った。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
のみならず、目をさますとすぐ楚々そそ薬湯やくとうをささげて来てやさしく気分を問うてくれた一女性がある。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて、伴われて、楚々そそとしてそこへはいって来たのは、月夜の衣裳には余りに寒い! 白絹の小袖に、白絹のかいどり、帯までが白い——死装束しにしょうぞく麗人れいじんであった。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)