椿事ちんじ)” の例文
文化四年の大椿事ちんじにおびえていた人々は又かとおどろいて騒ぎはじめた。加賀屋ではお元の夫の才次郎も母のお秀も眼の色を変えた。
半七捕物帳:37 松茸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
やがて、車が九段くだんに近い淋しい濠端ほりばたを走っていた時、われわれの姿なき眼は、前方の車上に、実に恐ろしい椿事ちんじを目撃したのである。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
『ほう、今の悲鳴は、吉良どのか。甲冑かっちゅうの血まみれは武士のほまれとこそ思ったが、素袍の血まみれは珍らしい。——いや古今の椿事ちんじ
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところがここに、一椿事ちんじがしゅったいした。ある日サービスは、例のだちょうにをやっていると、モコウがそばへよっていった。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
間もなく、門倉平馬、これも、思いもよらない椿事ちんじが、いつか耳にはいったものと見えて、顔色が変っているのが、しきい外に手を突いて
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
もし臨時列車に何かの椿事ちんじが起ったのなら、その短距離列車がそれに気づかずに同じ線路を走ったものとはどうしても受取れないはずだ。
江戸の眞ん中で、若い娘が續け樣に二人まで、猛犬に喉笛を噛み破られて死ぬといふことは、まさに前代未聞の大きい椿事ちんじです。
諸君はこの悲痛なる椿事ちんじをも黙殺するであろう乎。即ち彼は余の妻を寝取ったのである! 而して諸君、再び明敏なること触鬚しょくしゅの如き諸君よ。
風博士 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
その留守の事だすが、こゝに逃げ込んで来た旅人が、クレバスの中に落ちて、行方が分らなくなった椿事ちんじが持ち上りました。
四少年の自動車にはラジオ受信機が働いていないことが、この椿事ちんじの原因だった。ラジオを聞いて注意していれば、こんな間違いはなかったのだ。
火星探険 (新字新仮名) / 海野十三(著)
日付も何もない! 途端に、っと私は吸い付けられたように行をうた。見よ! このキャンプ陣営の中には物凄い椿事ちんじが起こったのであった。
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
あのメスルーの椿事ちんじがあり、その人が近づいて來て眞面目になつて私に手をかしたときにさへ、私は氣が附かなかつた。
図181は舟中から見たその帆である。日本の舟には竜骨が無く、底荷を積みもしないが、めったに椿事ちんじが起らない。
ところがある日その神聖な規律を根底から破棄するような椿事ちんじの起こったのを偶然な機会で目撃することができた。
あひると猿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ア・バイの柱々に彫られた奇怪な神像の顔も事の意外に目をみはり、天井の闇にぶら下って惰眠を貪っていた蝙蝠こうもり共も此の椿事ちんじに仰天して表へ飛び出した。
南島譚:02 夫婦 (新字新仮名) / 中島敦(著)
椿事ちんじは随所に突発する可能性があった。そして、責任上まッ先にとびださねばならぬのは彼らであった。刀の下げ緒をばらッとなびかせて駈けだしたのである。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
仏国ブリヴむらの若侍、その領主が自分の新婦に処女権を行うに乗じて、自らまた領主の艶妻を訪い、通夜してこれに領主の体格不似合の大男児を産ませた椿事ちんじあり。
だが万々一内壁まで破れるような椿事ちんじが起った場合には?——というので、さらに、セカンド・デッキ以下を、船長六十フィートごとに完全に遮断する横隔壁を設け
黒船前後 (新字新仮名) / 服部之総(著)
このままのめのめとあの人物の招待に応じていたらわれわれの身辺にまたもや意外な椿事ちんじが起こるかもしれない、波瀾万丈は小説家の好むところだろうが、僕は元来
あるじは貫一が全濡づぶぬれの姿よりも、更に可訝いぶかしきその気色けしきに目留めて、問はでも椿事ちんじの有りしを疑はざりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
彼女は、咽喉のどの奥から笑いを転がし出して、含嗽うがいをした。そして急に、執事のような真面目な顔を作った。それから、この椿事ちんじを説明すべく、両方のひじを左右へ振った。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
『しかし、美濃守殿みののかみどのも、不慮ふりよのことでなう。江戸表參覲えどおもてさんきんがけに、ものなか頓死とんしするといふのは椿事中ちんじちう椿事ちんじだ。』と、但馬守たじまのかみ言葉ことばは、といふことになると
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
それを聞くと御門の中は、またざわめきたちましたが、さすがに検非違使けびいしたちばかりは、思いもかけない椿事ちんじに驚きながらも、役目は忘れなかったのでございましょう。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
大佐たいさこゝろでは、吾等われら兩人ふたり意外いぐわい椿事ちんじめに、此樣こん孤島はなれじま漂着へうちやくして、これからある年月ねんげつあひだぶにはねなきかごとりむなしく故國ここくそらをばながめてくらすやうな運命うんめいになつたのをば
港内の全作業が停止した、という破天荒の椿事ちんじによって、争議は、急転直下、解決した。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
「おまえさん、仲間なかまのことをどうしてそんなふうに考えられるかね」と「先生」はあつくなってさけんだ。「いつの鉱山こうざん椿事ちんじでも、仲間なかまがおたがいに助け合わないことはなかった。 ...
そのひと揺れごとに電燈が消えた。時おり電車のひびきが聞えて来るが、それもその度に椿事ちんじがあっての非常警笛のように思いなされた。何かはためいて、窓の外は底も知れず暗い。
小曲 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
境内の雑沓ざっとうと、入口の石の坂道の押合いとが正面衝突でこの椿事ちんじ、羽子板はじめ商人や興行物はたいてい旅籠町大時計前の広場へ陣取って、明神様とは少々他人行儀の形であったが
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
流石さすが斯様かような超特急の椿事ちんじに遭遇しては呆然ぼうぜんとして手の下しようもなく……云々……といったような事を筆を揃えて書立てていたが、流石さすがの吾輩もこの記事を見た時には文字通り呆然
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
し明日荘田の代理人が、父に侮辱に近い言葉でも吐くと短慮な父は、どんな椿事ちんじき起さないとも限らないと思うと、瑠璃子は心配の上に、又新しい心配が、重なって来るようで
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
大洞おおほら別荘の椿事ちんじ以来、梅子は父剛造の為めに外出を厳禁せられて、ほとんど書斎に監禁のさまなり、継母の干渉かんせふはげしければ、老婆も今は心のまゝに出入することあたはず、いもと芳子が時々来りては
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
三軒長屋を四棟焼いて、鎮火は仕たが、椿事ちんじ突発で、騒は深刻になって来た。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
彼等もこの椿事ちんじにびっくりして、ともかく馬を留めようとしていた。それで彼等が何者か私にはすぐにわかった。皆の後におくれてやって来たのは、村からリヴジー先生の許へ行った若者であった。
ここにこの不慮の椿事ちんじを平気で高見たかみ見物けんぶつをしていたものがあります。さいぜんの武士の一挙一動から、老人の切られて少女の泣き叫ぶ有様を目も放さずながめていたのは、かのくりの木の上の猿です。
『事件とは何ぞ』と問えば、『近来の椿事ちんじなり』とて、語る。
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
人をそこない自ら殺すなどの椿事ちんじき起すを常としたりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
予想だにもしなかった呪うべき椿事ちんじが勃発したのです。
降って湧いたこの椿事ちんじ
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いずれにしても、江戸以来の禁制が初めて解かれたのであるから、劇界近来の椿事ちんじとして、当事者は勿論、一般好劇家の注意をひいた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
折ふし、小屋の木戸は、これから灯も入れ客も入れようとしていた汐時しおどきだった。だが今はそれどころか、降ッて湧いた椿事ちんじである。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして次の十九日、即ち犯罪の行われた翌々朝、狼狽ろうばいした当局者の横面よこつらをはり飛ばす様に、又しても、前代未聞の椿事ちんじが突発したのである。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その夜、小杉二郎少年が蜂矢のところをたずねてきたので、ひるま茶釜破壊の椿事ちんじがあってからあとの、小屋のなかのようすがだいたいわかった。
金属人間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
午飯ひるめしのテエブルについた時、ある若い武官教官が隣に坐っている保吉やすきちにこう云う最近の椿事ちんじを話した。——つい二三日前の深更しんこう鉄盗人てつぬすびとが二三人学校の裏手へ舟を着けた。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それからわたしは、いやでもかれに鉱山こうざん椿事ちんじを話さなければならなかった。
この文言と、この思いがけぬ椿事ちんじに、不吉な連関があるような気がした。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
やっと仕止しとめたなんかという椿事ちんじもあった——これは余談だが、さて闘牛場では、こうして運んで来た牛を、当日まで野庭コラレと呼ぶ別柵内に囲っておいて市民の自由観覧に任せ、いよいよ開演という四
だが、こうして、宇津木兵馬も去り、仏頂寺、丸山も去った後の宿に、椿事ちんじが一つ持ちあがりました。さては、まだ滞在中の道庵先生が、何か時勢に感じて風雲をまき起すようなことをやり出したか。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
日若座の方でも、椿事ちんじが持ちあがっていた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
こんな椿事ちんじは日本にまたあるかいな。
二 公廷の椿事ちんじ
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)