木精こだま)” の例文
或日あるひ、れいのとほり、仕度をして、ぶらりとうちを出て、どことはなしに、やつて行きますと、とうとう木精こだまの国に来てしまひました。
虹猫と木精 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
茫然ぼんやりしてると、木精こだまさらふぜ、昼間ひるまだつて用捨ようしやはねえよ。)とあざけるがごとてたが、やがいはかげはいつてたかところくさかくれた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
その刹那、ふるおののく二つの魂と魂は、しっかと相抱いて声高く叫んだ。その二つの声は幽谷にむせび泣く木精こだまと木精とのごとく響いた。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
銃の音は木精こだまのように続いて鳴り渡った。そのうち女学生の方が先にのぼせて来た。そして弾丸が始終高い所ばかりを飛ぶようになった。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「オーイ、剛力ィ——。オーイ、剛力ィ——」と叫んで見たが、こたうるものは木精こだまばかり、馬糞うまくそ剛力どこをマゴ付いている事やら。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
振り上げた顔、疑惑と失望に歪んだ小鬢こびんのあたりを、シュッとかすった物があります。間髪を容れずに、ダーンと木精こだまを返して鉄砲の音
大江戸黄金狂 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
幽鬼おにか、神か、狐か、木精こだまか、高僧のおいでになる前で正体を隠すことはできないはずだ、名を言ってごらん、名を」
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
掛け声、手拍子、足踏みの声、そうして音頭取りの美しい声! それが山谷に木精こだまして、深夜の静寂しじまを振るわせる。……
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
声を上げて女を呼ぶとその声音が不思議に妙な反響を木精こだまにたてて、静かな死せるような水面がゆらゆらとゆらぐ。
森の妖姫 (新字新仮名) / 小川未明(著)
啄木鳥きつつきの声が樹林に木精こだまし、深山にでもいるような気持がする。暮近い、暗い小道の落葉を踏みながら悒々ゆうゆうと歩いているうちに、急に涙が胸元に突ッかけてきた。
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
こずえの枝は繁りに繁ッて日の目をかくすばかり,時々気まぐれな鳩がふくれ声でいているが、その声が木精こだまに響いて、と言うのも凄まじいが、あたりの樹木に響き渡る様子
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
するとその態度がまた木精こだまのように津田の胸に反響した。二人はどこまで行っても、じかに向き合う訳に行かなかった。しかも遠慮があるので、なるべくそこには触れないようにつつしんでいた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
相似たる人か木精こだまかひそみきて呼べば應ふる日なるが如し
短歌 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
銃の音は木精こだまのように続いて鳴り渡った。
木精こだまかしら、そらあの石垣の下さ……
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
かげに木精こだまを恋ひ慕ふ
都喜姫 (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
これが木精こだまである。
木精 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
木精こだま
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
茫然ぼんやりしてると、木精こだまさらうぜ、昼間だって容赦ようしゃはねえよ。)とあざけるがごとく言いてたが、やがて岩のかげに入って高い処の草にかくれた。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何がそうさせていたかと思ってみますと、天狗てんぐ木精こだまなどというものが欺いて伴って来たものらしく解釈がされます。
源氏物語:56 夢の浮橋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
と、どうだろう、遥か奥から、それに答えでもするかのように、同じ一種の合図めいた、調子を持った木を叩く音が、木精こだまを起こして聞こえてきた。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
木精こだまの国をたつて行つた虹猫にじねこは、しばらく旅行をしてゐるうち、ユタカの国といふ大へん美しい国につきました。
虹猫の大女退治 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
向うから木精こだまするように、御用の声を掛けて、飛んで来たのは、紛れもないガラッ八の、長大な姿だったのです。
「お母さん!」と、思い存分にわめきますと、その声は木精こだまにひびいて確かに母さんの耳にも聞えたのです。
迷い路 (新字新仮名) / 小川未明(著)
母を呼びまた姉を呼んで見たが、答うる者は木精こだまの響き、梢の鳥、ただ寂然しんとして音もしない。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
その声々は陰気極まる屍体置場の天井に幾度もうち当り、波のように揺りかえしながら物凄い木精こだまをかえす。全然別な声がそこから降ってくるようにも思われるのだった。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
だから、ふくろのこゑは、はなしおほかみがうなるのにまぎれよう。……みゝづくのはうは、木精こだまこひをする調子てうしだとおもへばい。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
袋の中には雷からもらつた稲妻と、木精こだまの国で手に入れた、とほし見の出来る千里眼のお水とがはいつてゐました。
虹猫の大女退治 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
と怒鳴りましたが、深夜のビルディングの中に木精こだまするばかり、何処からも返事をする人間はありません。
木精こだまではない、木精ではない! やはり人間が歩いているのだ。ううむ、咳までしたんだからな。ではやっぱり召使いかな? いや待てよ、あの歩き方は?」
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
けれど、その声は空しく木精こだまに響いたばかりだ。魂消たまげたものかパタパタと鳥の羽叩はばたきしたのが聞えた。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
真実の人間でございましても、狐とか木精こだまとかいうものが誘拐ゆうかいしてつれて来たのでしょう。かわいそうなことでございます。そうした魔物の住む所なのでございましょう
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
どことなくドン——と響いて天狗倒てんぐだおし木精こだまと一所に、天幕のうちじゃあ、局の掛時計がコトリコトリと鳴りましたよ。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うつろな笑いが、巨大な機械の外に何んにもない研究室の四壁に木精こだまして、千種十次郎をゾッとさせました。
音波の殺人 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
岩の狭間はざまに眠っていた、若い野猪が眼をさまし、木精こだまを起こして吠えたのが、嵐の最後の名残りであった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
是等これらの笛の音も、歌の声も、寒い、澄み渡った空気に透通って、一層いっそう木精こだまに冴える思いがした。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
人が多ければそうしたものは影も見せない木精こだまなどという怪しいものも次第に形をあらわしてきたりする不快なことが数しらずあるのである。まだ少しばかり残っている女房は
源氏物語:15 蓬生 (新字新仮名) / 紫式部(著)
鼓子花ひるがおさへ草いきれに色褪せて、砂も、石も、きら/\と光を帯びて、松の老木おいきの梢より、糸を乱せる如き薄き煙の立ちのぼるは、木精こだまとか言ふものならむ。
紫陽花 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
だがその時どうしたんだ、麓の方から竹法螺たけぼらの音が、ボーッとばかりに鳴り渡った。それに続いて大勢の者が、声を揃えて呼ぶ声が、木精こだまを起こして聞こえて来た。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「川にだつて木精こだまがあるよ、此邊で鐵砲を撃つて見ねえ、大川の向うの深川の町並へ響いて、暫らくして山彦が戻つてくるから、——その代り後のが先のよりうんと小さい筈だ」
声を上げて呼んでも木精こだまより、何の答えもなかった。
薔薇と巫女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「ともかくも乾児こぶんを猟り集め、森中手を分けて探してみよう! ……しかし名に負う木精こだまの森だ、入り込んだが最後出られない魔所! 目付めつかってくれればいいがなあ」
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
苦い笑が、郷太郎の頬を痙攣さして、うつろな声が、夜の林にカラカラと木精こだまします。
裸身の女仙 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
婦人おんなは顔の色も変えないで、きれで、血を押えながら、ねえさんかぶりのまま真仰向まあおのけに榎を仰いだ。晴れた空もこずえのあたりは尋常ただならず、木精こだま気勢けはい暗々として中空をめて、星の色も物凄ものすごい。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
恐ろしい巫女みこだということと、飛天夜叉とは反対に、武家方の味方だということと、木精こだまや水の精や山神をさえ眷族として自由に使う、そういう女だということであった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その日ばかりは時の鐘も鳴らず、昼頃から燃え始めた寛永寺の七堂伽藍がらん、大方は猛火に舐め尽された頃までも、落武者を狩る官兵の鬨の声が、遠くから、近くから、全山に木精こだまを返しました。
芳年写生帖 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
其のあわい遠ざかるほど、人数にんずして、次第に百騎、三百騎、はては空吹く風にも聞え、沖を大浪おおなみの渡るにもまごうて、ど、ど、ど、ど、どツと野末のずえへ引いて、やがて山々へ、木精こだまに響いたと思ふとんだ。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
幽かな音に対しても木精こだまを返すに過ぎないのであって、そうしてこの鸚鵡蔵も、それと同一なのであったが、無智の山国の人達には、怪異ふしぎ存在ものに思われているのであった。
鸚鵡蔵代首伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もう一度叱咤した平次の声、それが木精こだまするように
木精こだまの森から下られて、江戸へおいでになりました事を、探って知ったのも妾でございます。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)