あけ)” の例文
旧字:
平山はきのふあけ七つどきに、小者こもの多助たすけ雇人やとひにん弥助やすけを連れて大阪を立つた。そしてのち十二日目の二月二十九日に、江戸の矢部がやしきに着いた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
やがて、あけの鐘の鐘つき男によって発見されたこの一場の修羅場しゅらばのあとが、一山いちざんの騒ぎとなったことは申すまでもありません。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あけがたちかくふと私は眼覚めた。食べちらされたトーストと玉子の殻と、いびきをかいて寝ている彼女の黄色い鼻がオレンヂ色に染められていた。
スポールティフな娼婦 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
あけの七ツから六ツ半どきの間がその日の満潮。浅瀬やわす都合の上に、ぜひ卍丸はその時刻にともづなを解かねばならぬ。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次は笹野新三郎と打合せて、八丁堀を繰出したのはあけ寅刻ななつ(四時)。霜を踏んで倉賀屋から、『さざなみ』の前後を、すっかり取囲ませました。
その丸屋根の向こうにはひらめくあけの明星がかかっていて、まっくらな伽藍がらんからぬけ出してきた霊魂のようであった。
……死体が入ったのは、今朝のあけ六ツ。担ぎ出す少し以前。……なア目ッ吉、痩せていても女の身体は十二、三貫。
ある朝、あけの七つ時とも思われるころ。半蔵は本所相生町ほんじょあいおいちょうの家の二階に目をさまして、半鐘の音をまくらの上で聞いた。火事かと思って、彼は起き出した。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして、あけの七時とゆうべの四時に嚠喨りゅうりょうと響き渡る、あの音楽的な鐘声かねのねも、たぶん読者諸君は聴かれたことに思う。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
臍の緒書には「文政元戊寅ぼいん年三月十九日あけ六ツ時於下谷御徒町拝領屋敷誕生、父次右衛門儀小笠原弾正おがさわらだんじょう組之節」
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
盛装を凝らした窩人達は夜のうちから詰めかけて来て、あけの明星の消えた頃には境内は人で埋ずもれた。その時一群の行列が粛々しゅくしゅくと境内へ練り込んで来た。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
仇の神崎が果たして江戸に隠れているかどうかは疑問であったが、この厳命を受けた彼等は毎日あけ六ツから屋敷を出て夕六ツまで江戸中を探し歩かなければならなかった。
半七捕物帳:04 湯屋の二階 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あけの七つから一門、譜代ふだい大名、三千石以上の諸役人が続々と年始の拝礼に参上して、太刀たち目録を献上する。大中納言、参議中将、五位の諸太夫等には時服じふくりょうずつ下し置かれる。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
振りかえると、土蔵の屋根に、あけによろこぶには、早い、夜がらす、黒い影が二羽——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
風吹けばかすかに揺れ、雪ふればいよよしづもり、さむざむと時雨るる夜半も、月あかり落ちゆくあけも、なんとしたずかすかに、うつつにもうつしけなくも、ただ寂し薄し果敢なし。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
夜はよく眠れず、あけがたになつてとろとろとしたかと思ふとしきりに夢なぞをた。夢では、妻のやうな恰好かつかうをし、妻か誰か分からぬ一人の女と、一人の童子とが畳のうへに坐つてゐる。
日本大地震 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
上等兵の袖の上、 また背景のあけぞらを、 雲どしどしと飛びにけり。
文語詩稿 一百篇 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
くれなゐの扇に惜しき涙なりき嵯峨のみじか夜あけ寒かりし
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
わたしの前にゐたあけちかい夜が、ぐつたり息絶える。
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
あけの明星は強い金色こんじきマストの横に放つて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
御忌ぎよきの鐘皿割る罪やあけの雲
点心 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
爛々らんらんあけの明星浮寝鳥うきねどり
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
夜中からあけにかけて、だいぶ、砲声は近づいていた。寒いので、露八は、階下したの台所へ行って、火をおこした。食べ物もある。樽には、酒もあった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もうあけ近いでしょう。初夏といっても、涼しい風が寝不足の肌を引締めて、妙にゾクゾクさせます。
一人の物知りがまずこう云う、俺は二十の時あけの鐘をついた! どうだ偉かろうとこういうのさ。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
二十七日のあけ八つどき過、土井の家老鷹見たかみ十郎左衛門は岡野、菊地鉄平、芹沢の三人を宅に呼んで、西組与力内山を引き合せ、内山と同心四人とに部屋目附へやめつけ鳥巣とす彦四郎を添へて
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
風吹けばかすかに揺れ、雪ふればいよよしづもり、さむざむと時雨るる夜半も、月あかり落ちゆくあけも、なんとしたずかすかに、うつつにもうつしけなくも、ただ寂し薄し果敢なし。
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
武器を渡すことはいかにも残念であると言って、その翌日のあけ八つどきを期し囲みをいて切り抜ける決心をせよと全軍に言い渡し、降蔵らまで九つ時ごろから起きて兵糧をいたが
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ささがこうしてついそれなりに、雑魚寝ざこねまくら仮初かりそめの、おや好かねえあけの鐘——。」
烟草たばこやめてより日を経たりしがけふのあけがた烟草のむゆめ
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
春の虹ねりのくけ紐たぐりますはぢろがみあけのかをりよ
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
茅蜩ひぐらしは たち罩めたあけの靄のなかで
独楽 (新字旧仮名) / 高祖保(著)
あけかね
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かのじょは、手にふれた新藤五を拾いとって、仆れている弦之丞のそばへ、いざり寄った。あけの空の下に見た恋人の鮮麗な血は、お綱に美しい誘惑であった。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まあまあそれはどうでもいい。だがしかし王陽明さんは、相当に偉かった人間らしい。年が四十になった時、あけの鐘をついたという事だからなあ。四十でつけたら大したものだ。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あけの六つどきには浪士は残らず下諏訪を出立した。平出宿ひらでしゅく小休み、岡谷おかや昼飯の予定で。あわただしく道を急ごうとする多数のものの中には、陣羽織のままで大八車だいはちぐるまを押して行くのもある。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
木村、横山も亦此頃署名す。十六日より与党日々平八郎の家に会す。十七日夜平山陰謀を跡部に告発す。十八日あけどき跡部平山を江戸矢部定謙のもとる。堀と共に次日市内を巡視することをとゞむ。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
平次は久三郎を追ってもう一度番所へ、あけ近い街を行きました。
り尽す一夜ひとよの霜やこのあけをほろんちょちょちょと澄む鳥のこゑ
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ぬかごしにあけの月みる加茂川の浅水色あさみづいろのみだれ藻染もぞめ
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
あけのともしび ほそい庫裡に
独楽 (新字旧仮名) / 高祖保(著)
丘のうえにはあけ明星みょうじょうが、まだはっきり光っていた。すべての人影が去った後で、そこへ飛び出した伊織は
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ことごとく消えて見えなくなり、草茫々ぼうぼうたる山の原ばかりが、あけの光の中にあった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あけの窻にニコライ堂の円頂閣ドオムが見え看護婦は白し尿の瓶持てり
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
この袋地では、釘勘が、夜半よなかからあけにかからぬうち、きっと、日本左衛門を網の魚にしてみせるといい払って、宵から八方の暗がりへ組子を伏せていたのです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
玄女は考えに分け入ったが、その間も春の夜が更け、次第にあけに近付いた。
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一色と竹の葉に澄むあけの雨硝子戸あけて音にし立ち来も
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
森の丘は、鳥のさえずりにあける。——土豪蜂須賀の砦造とりでづくりの中の一棟に、早くから朝の陽があたっている。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
霜の空透きとほり青しこのあけや月は落ちつつ松二木ふたき見ゆ
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
満身の汗は、寝衣ねまき湿うるおしていた。破戸やれどの隙間洩る白い光は如月きさらぎあけに近い残月であった。
剣の四君子:04 高橋泥舟 (新字新仮名) / 吉川英治(著)