手頼たよ)” の例文
貰い乳ばかりしていた赤児は、ゴムの吸管とは、全然かんじの違った柔らかい、いくらか手頼たよりのない乳母のちち首を口にふくんだ。
童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
つまり私は手箱の中の羊皮紙に書いてある文字を手頼たよりに雌雄二つの水晶の球を探し当てようそのために世界の旅へ上ったのである。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「ちがうか——益満休之助と、同じ長屋の隣同士に住んでいた仙波と申す者の娘が、大阪へ、わしを手頼たよって参ったが——瓜二つじゃで」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
夫は新しい妻の世界に手頼たよっていればまず好かった。妻はしかし、未知な夫の盲目の世界にまで探り入らねばならなかった。
明暗 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
都会住いをした者に田舎を手頼たよりにせられちゃ、こっちで質素な生活をしとる者は迷惑するし、第一割に合わん話じゃから
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
また機会や因縁いんねんがあれば、客を愛する豪家や心置こころおきない山寺なぞをも手頼たよって、遂に福島県宮城県も出抜けて奥州おうしゅうの或辺僻へんぺきの山中へ入ってしまった。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「もう己は何も判らない程酔って居るのだ。」と云う事が、自分の気を強くさせ、大胆にさせる唯一ゆいいつ手頼たよりであった。
恐怖 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
三日みつかは孫娘を断念し、新宿しんじゆくをひたづねんとす。桜田さくらだより半蔵門はんざうもんに出づるに、新宿もまた焼けたりと聞き、谷中やなか檀那寺だんなでら手頼たよらばやと思ふ。饑渇きかついよいよ甚だし。
私はそれをに受けて、しんから手頼たよって行く、身も心も投げ出してすがりついて行く、という訳でございました。
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
勉強のことだけは隨分巖格に監督したり、猛烈に英語の復習をひたりしてやつたのだが、この場合、それをでも反對に手頼たよつて行くしか道がなかつた。
泡鳴五部作:05 憑き物 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
さけといつてもれた分量ぶんりやうであるが、それでもわら一筋ひとすぢづつをきざんで仕事しごとまうけにのみ手頼たよかれふところかなしくした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
学生はしまひに、K——中学で教頭をしてゐて、自分に目を掛けてくれたなにがしといふ先生が、××中学の校長になつてゐたから、その人を手頼たよつて××に来た。
葉書 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「こりゃあ、どうしたら好かろう。お婆さんも子供も内の者は皆あの人に手頼たよって暮しているのだ」
風波 (新字新仮名) / 魯迅(著)
いままでの呑気のんきな気持がどこかへ消し飛んで、日暮れがたのような滅入めいった気持になる。足元から絶えず風に吹きあげられているような、なんとも手頼たよりない感じである。
キャラコさん:06 ぬすびと (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
先刻さっきもお話ししたとおり、私は他に手頼たよる者もございません体でございますから、いずれ奉公なり何なりいたさねばなりませんが、女の独身ひとりみで、彼方此方しておりましては
花の咲く比 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
老婆ばあさんは手頼たよりないことをいいながら、相変らず状袋をはる手をつづけていた。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
どんな苦しみをめているか、まるで知らないでいるのだ! こんな便りない男を手頼たよりに生きてきて、その男さえこの世にいなくなったら、これから先どうして生きて行くだろう? 考えてみれば
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
かれらは何か幽遠なものにでも対いあうように、ひとりずつが、何を手頼たよってよいか、そして何を信じてよいかさえ分らなかった。
後の日の童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そのうち召使いの老人は弾傷が原因もとでこの世を去り私達二人の孤児みなしごは良人を失った老婆一人を手頼たよりにしなければならなかった。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それ以上は口に出さなかつたが、馬越は自分の女房が自分と同じまぼろしを何時までも見てゐないのを手頼たよりなく思つた。
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
声を手頼たよりに斬りかかられても、空を斬らす、心得からであった。そして、脇差を抜いて、じっと、闇の中で、床の間の方の気配をうかがっていた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
かれはそれからとなり主人しゆじん挨拶あいさつたが、自分じぶんのどそこものをいうてげるやうにかへつた。かれは三にんこほつたそらいたゞいて燒趾やけあと火氣くわき手頼たよりにかした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
私立探偵など手頼たよらないで、警察にお任せして置いた方が、どれ程よかったかと思います。あの方が色々と活動なすったので、賊を刺戟して、却ってお嬢さんの御最期を
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
見れば、方式通り、母指を中にして他の指でそれを固めてゐるが、こんな用意をしたにも似合はず、少しも力が這入つてゐなかつたので、「まだおれに手頼たよる氣でゐる、な」と感じた。
も一つはその隣の單四嫂子たんしそうしで、彼女は前の年から後家になり、誰にも手頼たよらず自分の手一つで綿糸を紡ぎ出し、自活しながら三つになる子を養っている。だから遅くまで起きてるわけだ。
明日 (新字新仮名) / 魯迅(著)
松原からの縁談は、その初め、当の対手の政治に対する嫌悪の情と、自分が其人の嫂であつたことに就ての、道徳的な思慮かんがへやら或る侮辱の感やらで、静子は兄に手頼たよつて破談にしようとした。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
意気地いくじがないねえ、どうしたんだよ。やわいじゃあないかえ、お前さんの体は。ホッ、ホッ、ホッ、ホッ、手頼たよりないねえ」
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
都會まち住ひをした者に田舍を手頼たよりにせられちや、此方こちらで質素な生活をしてる者は迷惑するし、第一割に合はん話ぢやから。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
白紙しらがみ手頼たよみづ手頼たより、紙捻こより手頼たよりにい……」と巫女くちよせばあさんのこゑ前齒まへばすこけてため句切くきりやゝ不明ふめいであるがそれでも澁滯じふたいすることなくずん/\とうてつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
とにかく変った道筋に出て、変った方面にのがれ、縁もゆかりもない人に手頼たよろうと思う。母親はわたしのために八円の旅費を作って、お前の好きにしなさいと言ったが、さすがに泣いた。
「吶喊」原序 (新字新仮名) / 魯迅(著)
私は身体が、ふわふわとなったように感じたが、それは、こんな美しい人が、自分のような者を手頼たよって来てくれた、という事に対しての感謝で、劣情などの如きは神様に食わしてしまえと
死までを語る (新字新仮名) / 直木三十五(著)
いつになく私の様な青二才を手頼たよりにして何かと相談をする始末です。
黒手組 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それを背景にして玄関には、父を失い手頼たよりのない、美しい民弥が頸垂うなだれている。その前に右近丸が立っている。若くて凜々しい右近丸が。
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
或いは貧乏しなければ天に手頼たよる気にならぬとコジ付ける人もあれど、金がないから止むを得ず、神様に縋って慰めようというのならば、其の反面には
論語とバイブル (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
さうして解らぬことをいつた。小屋へ二つもくふのは珍しいことだ。一つがくふと安心だと思つて鶺鴒がまたくつたのだ。つまり人間を手頼たよるのである。然しあんまりのぞくと蛇が狙つていかぬ。
炭焼のむすめ (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
(男に、縋っているからだ。立派に、一人で——仮令、流しになったって、一人で食べて行けるのに、なまじ、男に手頼たよろうとするから、こんな目に逢うのだ。世の中は、広いんだから、旅にでも出てしまって——)
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
なかっている者は、決して食物を選ばない。水に溺れている者は一筋の藁さえ掴もうとする。民弥の心は手頼たよりなかった。
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
先日こなひだお國へ行つてゐた時に、良吉は默つてるけど、傍にゐると手頼たよりになると云つてゐましたよ。そして、身體からだとかけ替へで子供のために働くのだと、お母さんは云つてゐなすつた。
母と子 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
父が其時居りさえしたら、どんなにか手頼たよりになったでしょう。その時父は公用のため英国へ渡って居りまして、不在るすだったのでございます。
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
手頼たよりない身でございますの、これをご縁にどうぞ再々、お遊びにおいでくださいましてお力におなりくださいますよう」
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼女には十二神貝十郎という、この人物が大きい暖かい、そして非常に手頼たよりになる、力強い手の持ち主と、そんなように思われてならなかった。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
松火の余燼の消えたのは、そこへ相手の敵の勢が集まって、足で踏み消したのであろう——と、直感した直感を手頼たよって、茅野雄は翻然と突き進んだ。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
可愛い可愛いわしの娘よ、どうぞ心を綺麗に持って、よい暮らしをしておくれ。そうして地図を手頼たよりにして、釜無川の中洲へ行き、宝壺を掘り出すがいい
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「考えてみればあぶなっかしい旅さ」小一郎は心中可笑おかしくもあった。「たった一度だけ耳にした娘の声を手頼たよりにして、声の主を探しに行くのだからなあ」
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「人を切れという小篠の言葉、それに手頼たよって徹底する! 人を切る! 貴様を切る! 女を取る! 悪事をする! 拙者悪剣に徹底する! これ、集五郎!」
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「それがな」と幹之介手頼たよりなさそうに、「事の起こりは行き違いからさ。……と俺には思われるのだよ」
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そのイエスの奇蹟に手頼たより「神の国」を建てようとする愛国狂が、ユダの眼には滑稽に見えた。
銀三十枚 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そこで昔の縁故を手頼たより、度々九郎右衛門へ無心をしたが、そのうち行方が知れなくなった。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
っと応接間を抜け出して、密告者の手紙を手頼たよりにして、こっそり二階へ行って見ました。
人間製造 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
親切そうな風貌と手頼たよりあり気だった言葉つきとを唯一の頼みにして、訪ねて行きどうして遙々はるばる江戸くんだりからこの長崎までやって来たかを隠すところなく語ったのであった。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)