みじ)” の例文
旧字:
「もうこんなみじめな下界げかいには一こくもいたくない。」といって、いもうとはふたたびはとの姿すがたとなって、天上てんじょう楽園らくえんかえってしまったのです。
消えた美しい不思議なにじ (新字新仮名) / 小川未明(著)
卑屈ひくつになるなと云った男の言葉がどしんと胸にこたえてきて、いままでの貞女ていじょのような私の虚勢きょせいが、ガラガラとみじめに壊れて行った。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
陵の叔父(李広の次男)李敢りかんの最後はどうか。彼は父将軍のみじめな死について衛青をうらみ、自ら大将軍の邸におもむいてこれをはずかしめた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ましてや平原のところどころに散在する百姓家などは、山が人に与える生命の感じにくらべれば、みじめな幾個かの無機物に過ぎない。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
私は児戯に類した言によっておのれを飾りはしない。もとより下層の者には、乞食や研師とぎしみじめなやつらには、何かがなくてはならない。
このまま此の島で、此処にいる虫のような男達と一緒に、捨てられた猫のように死んで行く、それではあまりにもみじめではないか。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
堅気の田舎の家庭から巣立ちして来たばかりのお今のうぶな目には、お増の不思議な生活が、煩わしくもみじめらしくも見えるのであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
浅野内匠頭が短慮のために、いかに多くの家臣や、その家族の者たちが、みじめな姿を、散々さんざんに、ちまたにさらして泣いた事か——その実例を
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
父の後ろについて、千種は控室の方へ歩を運んだが、いちいち出くはす視線を、まぶしさうに避けなければならぬ自分を寧ろみじめに思つた。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
彼女は燦爛さんらんとして輝いているが、しかも退屈な応接間からそっと忍び出て、小さなみじめな自分の部屋へ泣きにゆくこともしばしばあった。
それは皆、捨てちまえ! 拾い集めてもらって、また食べるなんて、あまりみじめだ。惨めすぎる。少しは、こっちの気持も察してくれよ。
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
またこれほど手入れしたその花の一つも見れずに追い立てられて行く自分の方が一層のみじめな痴呆者たわけものであるような気もされた。
子をつれて (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
一つの美しいりっぱな歌で、どれだけのみじめな人々が苦しいおりに支持されたか、君は知っているか。人にはおのおのその職業があるのだ。
そうすると寂しく孔雀くじゃくの羽根をむしったように、自分の姿がみじめに見えるでしょう。けれど私たちの本体はそれだけにすぎないと思います。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
たまに一声二声叫んでみると、その声は上野の森にむせび泣くように反響するのみで、自分のみじめさをその反響に映して見るような気がした。
「それはそうだ。武士としては、主人を失って浪人しているくらいみじめなものはない。主取しゅうどりさえできれば、何よりけっこうだ。時にお前は」
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
と同時に、漁夫達のみじめな生活(監督は酔うと、漁夫達を「豚奴ぶため々々」と云っていた)も、ハッキリ対比されて知っている。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
そのみじめな姿がこの歓楽街から小暗い横丁の方へ消えていくと、あとを見送った弥次馬たちはワッと手を叩いて囃したてた。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それがなんとなく、抗争する気力のまったく尽き果てた——犯罪者として最もみじめな姿のように思われるのであるが……⁉
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
松三はこう言いながら、自分の美しかった若い妻が、菊枝の母親が、いかにみじめな半生を送ったかを、農村の女達がいかにしいたげられるかを思った。
緑の芽 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
そして私は地べたに意気地なくみじめったらしく転がっている奴に、なんとも言えない憎悪と憤怒を感じていたのだった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
買出しの方はカチェリーナ自身がどういうわけか、リッペヴェフゼル夫人のところに居候いそうろうしているみじめなポーランド人を助手にして取りしきった。
それより自分のみじめさと滑稽さが自分に分つたといふことが重大であつた。今、それが嵐のやうに草木を薙いでゐる。
四人 (新字旧仮名) / 芥川多加志(著)
こんな病院へはいらなければ生を完うすることのできぬみじめさに、彼の気持は再び曇った。眼を上げると首をつるすに適当な枝は幾本でも眼についた。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
またこうも書いた、「私はしばしば私という存在を造物主にのろった。私の生活は神の造り給うものの中で最もみじめだ」
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
あふれるのも同じく早いわけである、森林があってさえそれだから、坊主になったときの、みじめさがおもいやられる。
上高地風景保護論 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
何処にも飛んで行くことの出来ないあはれさ! みじめさ! しかし余りに興に乗つて勝手なことを長く書き過ぎた。
樹木と空飛ぶ鳥 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
生計的に落魄らくはくし、世間的に不問にされていることは悲劇ではない。自分が自分の魂を握り得ぬこと、これほどのむなしさ馬鹿さみじめさがある筈はない。
いずこへ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
いまもそれが頭脳の大半を占領していて却々なかなか撃退出来ない。昨夜の夢には昼間きた刑事の顔も加わっていて、ひどくみじめな敗北的なおのれの姿だった——
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
私はもしも自分が雪子と結婚してゐたら、彼女の純潔を尊敬して、かういふみじめな破綻はたんは訪れないだらうと思つた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
心の友を求めることに気がつかず、こんな女づれを相手に僅かな慰安を捜求さがしもとめてあるく男のみじめさは、此意味に於て哀れなものと云はなければならない。
瘢痕 (新字旧仮名) / 平出修(著)
私が初めて、自分の身体のみじめさをしたたかに感じたのは、何でも十四、五の時分ではなかったかと覚えている。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
私にひっかけられた男のそのみじめな有様は、あらゆるものにせっぱつまったような陰惨な様子を投げかけていた。
あくる日の合戦は、尊氏方のみじめな敗北に終った。大将の尊氏はすでに自害と覚悟を極めたほどであったが、幸いに直義との和議が整って、尊氏は生きた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
むなしく死んだ鋸屋も、やがて二三刻の後には呼吸いき絶えるかも知れない自分も、これではあまりにみじめすぎる。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
死を賭して戦わざるものは、いつも敗者のみじめさを味わうものです。「あらゆる日の問題は死ぬことなり」という言葉ほど、厳粛な真剣なことはありません。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
そればかりでなしに、それは前よりも一層私の田舎暮らしのみじめさをき立てるような結果にさえなった。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
全くの処、細君さいくんの水泳を砂地の炎天できものを預かりながら眺めているというみじめさはあわれむべきカリカチュールでなくて何んであるか。私は最近芦屋あしやへ移った。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
「へえ、大分遠方で、何でも長崎のそばださうで、えつへつへ。」さうだ、如何にも俺の故郷は筑後の柳河だ、それがどうした。笑ふにも笑はれない、何といふみじめさだ。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
その母親の心が、もうすっかり私と絶縁しているということが、みじめに私の胸に打撃を与えた。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
すっかりみじめに打ちひしがれた思いで太田は自分の寝台に帰った。いつか脂汗が額にも背筋にもべとべととにじんでいた。わきの下に手をあててみると火のように熱かった。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
前を近在の百姓が車を曳いて通り、後ろを丹波鉄道が煤煙ばいえんを浴びせて過ぐる、その間にやっと滅び行く運命を死守して半身不随の身を支えおるというみじめな有様であります。
神は時にみじめな人間を慰めるように命令した。しかし時は人間を救うであろうか。時によって慰められるということは人間のはかなさ一般に属している。時とは消滅性である。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
その動揺せる世潮の中を、一人の男が、みじめなるかつ偉大なる一人の男が、進んでゆく。
レ・ミゼラブル:01 序 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
絶望的なみじめさは、こういう場所で見ると、もっともおそろしく痛々しく見えるものだ。幽霊のようにさまよい、まわりはみな陽気だというのに、さびしく、うれいに満ちている。
傷心 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
のろわれた原始哲学よ、嗤うべき小芸術よ、みじめな昨日までの感情アフェクテの国土よ!」
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
而もなほありあまる愛着と未練と淫情と臆病とに後髪うしろがみを絶えず曳かれつつ蹌踉として進むに進めぬみじめさ。苦しみ抜いた、私は全く苦しみ抜いた。さうして漸く今在る処まで行き着いた。
愛の詩集:03 愛の詩集 (新字旧仮名) / 室生犀星(著)
同居のかたちで暮せぬこともないであろうが、千枝の家へゆくことをさえ恥さらしだと考える閑子は、他人のいる家へ帰ってゆくみじめさを、実際の惨めさの幾倍にも考えて泣くのだった。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
独身——制作——とみ子、その三つのものを結び合せて遠野のことを考へると、道助は自分が何かしらみじめなものに思はれた。彼は或る時の妻の瞳を思ひ出し、また彼女の髪の震へを感じた。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
とおさよをのぞくと、どきりとしたおさよはすぐさまみじめに笑いほごした。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)