悪寒おかん)” の例文
旧字:惡寒
そのうちに全身をれ流れた汗が冷え切ってしまって、タマラナイ悪寒おかんがゾクゾクと背筋をいまわり初めた時の情なかったこと……。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼女には悪寒おかんがしたようだった、「あなたはわたしの服について少しだって世話なんかやくべきではないんですよ。いいですか?」
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
恒川警部も、明智小五郎さえも、この、地獄の底からひびいて来る様な、のろいの言葉に、異様な悪寒おかんを感じないではいられなかった。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
……全身は悪寒おかんではなく、病的な熱感で震えはじめていた。頭の中には血綿らしいものがいっぱいにつまって、鼻の奥まで塞がっていた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ここで兵馬は衣裳を改めて、床の間を前に端坐して、この、まだるい、悪寒おかんの、悪熱おねつの身を、正身思実しょうじんしじつの姿で征服しようとくわだてたのらしい。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
雪之丞は、からだ中に、沸かし立てた、汚物をでも、べとべととなすりつけられるような、いいがたい悪寒おかんに、息もつけない。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
だがそうした気分の底に、どこか或る一つの点で、いつもとちがった不思議の予感が、悪寒おかんのようにぞくぞくと感じられた。
ウォーソン夫人の黒猫 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
例へば雪みぞれのひさしを打つ時なぞ田村屋好たむらやごのみの唐桟とうざん褞袍どてらからくも身の悪寒おかんしのぎつつ消えかかりたる炭火すみび吹起し孤燈ことうもとに煎薬煮立つれば
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
それにも滅気めげね起きてまたもや彼女は走り出したが、道は辷って歩きにくく、雨に濡れた体は悪寒おかんに顫え、歩く足も次第によろめき出した。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
先生は肉ママの家族を見ると脱ぎ捨てた殻に纏われるようを悪寒おかんを感ずるらしく、絶対に打ち解けなかった。家族はひがんだ。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そう思った瞬間に、瑠璃子は鉄槌てっついたたかれたように、激しい衝動ショックを受けた。気味の悪い悪寒おかんが、全身を水のように流れた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それは全く右馬の頭の眼差まなざしにちがいなかった。何というひどい変り様であろう。生絹は悪寒おかんを総身におぼえて震えた。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
それからのくる日くる日を悪寒おかんと高熱になやみながら、ぼくは新しい道から研究を進めていった。……十月十一日! 忘れもしない、十月十一日だ。
ふしぎ国探検 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それじゃ四時を過ぎればもう駄目なんだねと念を押して見たら、ええ駄目ですともと答える。すると君不思議な事にはその時から急に悪寒おかんがし出してね
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この時、悪寒おかんが身うちに行きわたって、ぶるぶるッとふるえた、そして続けざまに苦しいせきをしてむせび入った。
窮死 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ちょうど、悪寒おかんおそわれた患者かんじゃのように、常磐木ときわぎは、そのくろ姿すがたやみなかで、しきりに身震みぶるいしていました。
三月の空の下 (新字新仮名) / 小川未明(著)
クリストフは前日来悪寒おかんを覚え身体が温まらなかったが、まだよく知らないルーヴル博物館にはいってみた。
恐ろしい悪寒おかんが全身を包んだ。もっともその悪寒は、まだ寝ているうちから起こっていた熱のせいである。
『風邪気味か、少々、悪寒おかんをおぼえて、お役儀の怠慢、おゆるし下さい。……ただ今、すぐに行きまする』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その一瞥いちべつ、その笑いの怪しく胸にひびきて、かしらより水そそがれし心地ここちせし浪子は、迎えの馬車に打ち乗りしあとまで、病のゆえならでさらに悪寒おかんを覚えしなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
ただそれだけ! 悪寒おかんのようにからだがブルブルブルブル止め度もなく震えて、息を継いでは走り、また継いでは走り、そのほかのことは何の覚えもありません。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
なかは暗くて大部分は土間で湿っぽく、ぬるぬるとし、悪寒おかんをもよおさせるようで、動かしたらぼろぼろになりそうな板がここに一枚、かしこに一枚と敷いてあった。
それはしわぶきとも何んともつかない物の音であったが、どうも人の気配であった。苦学しながら神田の私立大学へ通って法律をやっている彼は、体に悪寒おかんの走るのを感じた。
指環 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
悪寒おかんが背を絶えず走り、力無い眼を見開いて宇治は引きずられるように歩いた。海軍の兵隊がかわらで何人も、何の為にするのか石を運搬しているのが遠く視野をかすめた。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
朝起きると寒暖計が八十度近くに来ているようになると、もう水で顔や頭髪を洗っても悪寒おかんを感ぜず、足袋たびをはかなくても足が冷えない。これだけでもありがたい事である。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
男の力がぐっと彼女の上体に加わって、あやうく横へねじ倒されようとしたとき、おのぶは無気味な悪寒おかんに全身あわだつような思いで、倒れながら男の顎を下からつきあげた。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
熱が出て、悪寒おかんがする。幻覚が起る。向うから来る女が口を開く。おれは好色家の感じのような感じで、あの口の中へおれの包みを入れてみたいと思った。巡査が立っている。
(新字新仮名) / オシップ・ディモフ(著)
恐怖にうちのめされ、慄然りつぜんたる悪寒おかんに身体を震わせながら、それからの四、五日間を、私は、自分の前に現われた自分の姿のことばかし考えながら、過ごしたのでございました。
両面競牡丹 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
再び毛の生えたあなたの脚がクロオズアップされ、悪寒おかんに似た戦慄せんりつが身体中を走りました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
僕には肝臓がれているようには思われない、従って肝臓膿瘍のうようなどと云うことは考えられない、熱の差し退きや悪寒おかん戦慄せんりつを伴ったりするのは、悪質の赤痢には有り得ることで
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
身を縮めて、一生懸命に抱きしめていても、いつか自分の力の方がけてゆくような——目がめた時、彼は自分がおびただしい悪寒おかんに襲われてがたがたふるえているのを知った。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
なんという奇怪な! こんな奇妙な人間は見たことがないと……思うとたんに、栄三郎は、一瞬悪寒おかんが背筋を走るのをおぼえて、こんどは、この男の主人らしい若侍へ目を移した。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
悪寒おかんが彼の背筋をザアーッ、と走った。明るかったら、彼の顔は白ちゃけた鈍い土のように変ったのを、お君が見たかも知れなかった。それは専務をとッちめた彼らしくもなかった。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
大石橋から十里、二日の路、夜露、悪寒おかん、確かに持病の脚気かっけ昂進こうしんしたのだ。流行腸胃熱はなおったが、急性の脚気が襲ってきたのだ。脚気衝心の恐ろしいことを自覚してかれは戦慄した。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
悪寒おかん。尿意。自分で自分の身の上が、信じられなかった。他人の表情がみな、のどかに、平和に見えて、薄暗いプラットフオムに、ひとり離れて立ちつくし、ただ荒い呼吸をし続けている。
犯人 (新字新仮名) / 太宰治(著)
悪寒おかんが、ぞっと、背筋せすじをはしると、あたしはがくがく寒がった。雨のなかを通りぬけて来た時からの異状が、その時になって現われたのだが、すぐうしろにいた岡田八千代おかだやちよさんがびっくりして
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
近頃、妻が何か不愉快きわまる美文ようのものを声高く朗読するので、何かと思って聞いていると、それは私が昔、下宿屋の二階で書きつけた大和路礼讃のすこぶ悪寒おかんを伴う日記の一節だった。
彼は子供の頃たしかにこれと同じような悪寒おかんに襲われていたのをぼんやり思い出す。と、その夢とはまた別個に、彼の睡っている眼に、ひざこぶしの一部が巨大な山脈か何かのように茫と浮び上る。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
その冬笹村のふと冒された風邪かぜが、長く気管支に残った。熱がさめてからも、まだ咽喉のどにこびりついているようなたんが取れなかった。時々悪寒おかんもした。笹村は長いあいだ四畳半に閉じ籠って寝ていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
宮崎は悪寒おかんをでも覚えるように、身を震わした。
別れの辞 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ドウかすると風をひい悪寒おかんを催して熱が昇る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
暗い悪寒おかんがマリユスの心をよぎった。
人々の悪寒おかんを救ふ
彼女は、背中から冷水をあびせられた様な、悪寒おかんを覚えた。そして、いつまでたっても、不思議な身震いがやまなかった。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
女は、このたぐいで、この若き獣神が生きとし生けるものの醜悪の底の味いを愛惜し、嘗め潜って来たであろうことを察して、悪寒おかんのある身慄いをした。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
雪之丞は、全身を汚穢おあいなへどろで塗りこくられでもするような、言い難い悪寒おかんをじっとえしのびながら、二人の言葉に耳をかたむけるふりをしていた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
傘からはしたたりがことさらしげく落ちて、単衣ひとえをぬけて葉子のはだににじみ通った。葉子は、熱病患者が冷たいものに触れた時のような不快な悪寒おかんを感じた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「君は首をくくくなった男だから傾聴するが好いが僕なんざあ……」「歌舞伎座で悪寒おかんがするくらいの人間だから聞かれないと云う結論は出そうもないぜ」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼の神経性のおののきは熱病的な戦慄せんりつに変わった。彼は悪寒おかんをさえ感じた。この暑さに寒くなってきた。
立ちどまれば、風は、裾を吹いて、よけいに悪寒おかんがしてくるし、果ては、坐ってしまいたくさえなる。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)