彼奴あいつ)” の例文
彼奴あいつなら聴いても差支えないどころか、吾輩の話のタッタ一人の証人なんだ。吾輩が死んでも、彼奴あいつの報告を聞けば一目瞭然なんだ。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「こんな事でもしなかったら、彼奴あいつ吃驚びっくりしますまい。……だがう私達は伊右衛門のことなど、これからは勘定に入れますまい」
隠亡堀 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
岩本は知られないようにつけながら、……いよいよあの女らしいが、彼奴あいつどうしてものにしたろう、と、うらやましくてたまらなかった。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
君、山木はの同胞新聞とか云ふ木葉こつぱ新聞の篠田ツて奴に、娘を呉れて遣る内約があるンださうぢやないか、失敬ナ、篠田——彼奴あいつ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
見ると、私はむかむかしてくる。彼奴あいつをこれから一日でも家に置いとくくらいなら、ルイ十八世のおきさきにでもなった方がまだましだ。
と云いながら立上ってばら/\/\と駈出しましたから、彼奴あいつ逃げるかと思って見て居りますと、亥太郎は浅草見附へ駈込みました。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ねえさん此方へ向いてみねえ。」「ああ彼奴あいつはヘチマじゃな。」「ここの愛国婦人会の奴らは紋付なんか着込んで気張ってらあ。」
震災後記 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
しかし、彼奴あいつが水野家の戸籍の人間になる前に万が一のことがあれば、久吉がオレの嫡男、代って当家をつぐ嫡流はこれだと言ったな。
隨分ずゐぶん厭味いやみ出來できあがつて、いゝ骨頂こつちやうやつではないか、れは親方おやかた息子むすこだけれど彼奴あいつばかりはうしても主人しゆじんとはおもはれない
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「でも、このあいだの晩の娘を乗っけたのは彼奴あいつらだから、ほかの者じゃあ見識り人にならねえ。まあ、いいや。なんとかなるだろう」
半七捕物帳:18 槍突き (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼奴あいつまことの目標は、ひょっとすると、此の僕にあったのではないかと考える。僕は……僕は今や真実を書き残して、愛する君に伝える。
俘囚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
人殺し、泥坊、火つけ、その他ありとあらゆる害毒を暗の世界にふりまいていた。驚くべきことは、それが彼奴あいつの唯一の道楽だったのだ
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
またもここで彼奴あいつのすがたを見かけたので、眼にとまっては大変と、あっちこっちに隠れ廻って、様子をながめていたというわけ。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
悪いことはみんな彼奴あいつが教えるんだと思ったので、ああ云う風に云ったのですが、まさかそれ以上は、あなたに云えなかったんですよ。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
……その時まで全く冗談だったが……冗談にせよ、はずみで……ぱっと払ったのが、腿にきた。彼奴あいつ案外真剣だったらしい……。
傷痕の背景 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
其処そこに折よく第三者が来て、「彼奴あいつは狐に化かされている」といって、背中をどやしてくれると即ち催眠状態がめるのである。
ばけものばなし (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
「あのキリーリンに気をつけて頂きたいのです。彼奴あいつは到るところであなたを種に怪しからんことを言い触らしているんです。」
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「宿屋兼料理屋さ。だからあいつを一番へこます為には、彼奴あいつが芸者をつれて、あすこへ這入り込む所を見届けて置いて面詰するんだね」
坊っちやん (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
彼奴あいつは何をいったのかと思ってつくづくと読んで見ると、それはまさしく、私は心からあなたを愛するという意味の言葉であった。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
あたったら?……彼奴あいつの指がちょっとしまると、それでおれの生命がなくなる……すると……そうだ、明日は、今から二日たつと
私が見たときは、彼奴あいつめ、庭の下に立って、手ずから燈籠に灯をいれるところでしたが、夕闇のせまる庭に、誰やら立っている者がある。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
死神しにがみ吾等われら婿むこ死神しにがみ吾等われら嗣子あとつぎ此上このうへ吾等われらんでなにもかも彼奴あいつれう、いのち財産しんだいなにもかも死神しにがみめにれませうわい。
『あの男はも少しのことで私を彼奴あいつの情婦にするところだつた。私は彼奴あいつには氷のやうに、岩のやうにならなくてはならない。』
傍にいてこの無礼な態度を見ていた拳骨メリケン壮太は、ぎりぎり歯噛みをして「坊っちゃん、あっしゃあ彼奴あいつをのしちゃうからね!」
謎の頸飾事件 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「チョコ、彼奴あいつ、あの時分でいゝ加減こしらえたと思うがどうだ? ——あれからだもの、彼奴のちい/\し出したのは……」
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
わたくしはもう彼奴あいつが参りますと、惣毛竪そうけだつて頭痛が致すのでございます。あんな強慾な事を致すものは全く人相が別でございます。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「食えませんけれど、釣れないよりは宜いと見えて持って来ます。しかし彼奴あいつは鶏が食っても死にますから、肥溜こえだめてるより外ありません」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
広瀬淡窓ひろせたんそうなどの事は、彼奴あいつ発句師ほっくし、俳諧師で、詩の題さえ出来ない、書くことになると漢文が書けぬ、何でもないやつだといって居られました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
へい、あの婆様ばあさんはどこへ行ったか居りません。「そうだろう。彼奴あいつもしたたか者だ。お藤を誘拐かどわかして行ったに違いない。あのはまだ小児こどもだ。 ...
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ああ厭だ厭だ」と顔をしかめて、「こんな厭な思いをするもみんな彼奴あいつのおかげだ。どれ」と起ち上ッて、「往ッて土性骨どしょうぼね打挫ぶっくじいてやりましょう」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「ともかく、彼奴あいつは、有り難い筈の吾々客人に対して、永遠の呪ひ! を持つてゐるといふんだから凄まぢいものだな。」
山彦の街 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
「人を殺したというのはけしからんが、紳士を侮辱したから、僕が彼奴あいつをやっつけたのだ。叔父の知ったことじゃない。」
田七郎 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
あの蝸牛といふ虫は、どこへ行くにも、首だけちよつと出すばかり、家を背負つて歩行まするが、彼奴あいつなかなか、気の利いた奴ではござらぬか。
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
「うん、その死霊おばけは恐らく事実だろうよ」と法水はプウと煙の輪を吐いて、「しかし、彼奴あいつがその後に死んでいるという事も、また事実だろう」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
彼奴あいつこつた、橋の方へでも行つてブラ/\してるだらう。それより俺は頭が痛くて為様しやうがないから、寝かして呉れよ。』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「かまうもんですかよ。彼奴あいつにさえ見つからなけアいいんだ。」と、お庄は用心深く暗い四下あたりを見廻しながら出て行った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あなたは黄表紙の作者でもあれば、ユリイカの著者でもある。『なぐられる彼奴あいつ』とはあなたにとって薄笑いにすぎない。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「何と云ふ気違ひ奴、だが彼奴あいつがいくら決め込んだつて此方がさうでない事を明かにすれや何でもない事ぢやないか!」
いえ、第一、彼奴あいつの心得方が間違ってるサ。廃人なら廃人らしく神妙にして、皆なの言うことに従わんけりゃ成らん。どうかすると、彼奴は逆捩さかねじ
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ただ、時々父が、「そんな馬鹿な」とか「彼奴あいつをここに」とかいったようなことを腹立たしげに叫びかけると叔父にとめられているのがわかった。
彼奴あいつかい、あはははは、うっかり、将軍助平などといおう物なら、来た来た、うまく化けてやがらあ、商売々々だ」
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
確かに、あの男だと云はないが、うも彼奴あいつの事らしい。杉野はお前の話を始める前に、それとなく荘田の事を賞めてゐるのだ。何うも彼奴らしい。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
「嘘をけ」男は声高に怒鳴った。「おれは郵便屋に聞いたんだが、郵便屋は、今朝彼奴あいつ此家ここから出て行ったのをたしかに見かけたといっていたぜ」
生さぬ児 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「うむ、彼奴あいつが一足先に抜き取ったに相違ない。俺の眼が狂って居った訳ではない。確かに紙入は持って居た筈だ」
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
昌允 彼奴あいつは、悪ふざけをするんで……美伃さん、俺、喉が渇いてるんだ、済まないが、あれ……ほら(云えない)
華々しき一族 (新字新仮名) / 森本薫(著)
何時いつ眺めても年の此頃十七八にしか見えぬとか——彼奴あいつは大方禁制の切支丹伴天連きりしたんばてれんの秘法により、不老の魔術を行って、此の世を騒がす邪宗と見える。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
また読者中繊弱せんじゃくなる女子に助言するなりまたはその他の親切をいえば、彼奴あいつはチト怪しいと疑われたこともあろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「あなたにお願いと云うのはね、妾の同業の厚化粧ぐみをね、彼奴あいつたちはどうせろくなことはやらないのさ。」
女百貨店 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
『あゝ、阿父さんの所為せゐでも無い、阿母さんの所為せゐでも無い、わしの所為せゐでも無い。みんな彼奴あいつのわざだ。みつぐ意久地いくぢがあるなら彼奴あいつさきるがいゝ。』
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
からだぢゆうがとろけてしまふやうな気持ぢや!……ところが、あの……いや、彼奴あいつのことなんざあ、どうだつていい! 奴さん、自分の話が入らなくつちやあ