なぶ)” の例文
義男は斯う云つて、いつも生きものを半分なぶり殺しにしてその儘抛つておく樣なこのみのるの、ぬら/\した感情を厭はしく思つた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
彼は僕の折れた腕を治療してくれながら、以後は化け物や怪物をなぶり廻さないように忠告してくれた。船長はすっかり黙ってしまった。
誇らしげに胸の下に圧している高氏の面をながめる様といい、四肢でするその行為といい、美獣が餌をなぶるときの姿態しなとおなじだった。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
玉藻は薄い被衣かつぎを深くかぶって、濡れた柳の葉にその細い肩のあたりをなぶらせながら立っていると、これも俄雨に追われたのであろう。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いつまでもおなぶりなさいまし。父様はね、そんな風でね、私なんぞのこともね、蔭ではどんなに悪く言っていらっしゃるか知れはしないわ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
仰げばすでに、はっきり覚めて、朝化粧、振威の肩を朝風になぶらせている大空の富士は真の青春を味うものの落着いた微笑を啓示している。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
芝居じみた一刹那いっせつなが彼の予感をかすかにゆすぶった時、彼の神経の末梢まっしょうは、眼に見えない風になぶられる細い小枝のように顫動せんどうした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
中には霊の飢餓を訴うるものがあっても、霊の空腹をたすのかてを与えられないで、かえって空腹を鉄槌のなぶり物にされた。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そして心の奥底では、一人の娘が自分のために苦しい思いをしたことも、人のなぶり者となってる少年には不快ではなかった。
「ほツほ、何を長二、言ふだよ、斯様こんな老人としよりをお前、なぶるものぢや無いよ、其れよりも、まア、何様どんな婦人ひとだか、何故なぜ連れて来ては呉れないのだ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「大勢で下郎をなぶり物になさるなどと、見苦しいではありませんか。冗談も程になさらぬと、父上のお耳に入れまするぞ」
半化け又平 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
立場の違う苦しみに、互に、なぶり殺しのような日をおくりながら、二人の相愛の気持ちは日々に深まっていったのだった。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
引き出して、天水桶の水をぶっかけて、なぶごろしにも仕兼ねまじきところを、屋根の上にながめていた宇治山田の米友が
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
自分の寺で盆栽をなぶつてゐたまゝの姿で、不圖思ひ付いて、十丁の路を隣りへでも行くやうにしてやつて來るのである。
ごりがん (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
ああ、何たる卑劣漢! 少佐が袋の鼠で、どんな事があっても逃げ出せないと知って、わざとなぶる為に、秘密書類のありかを毒々しく云うのです。
計略二重戦:少年密偵 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
娘も微笑んだが、男があえてKをあまりひどくなぶっているとでもいうように、男の腕を軽く指先でたたいた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
が、性来愚鈍ぐどんな彼は、始終朋輩のなぶり物にされて、牛馬同様な賤役せんえきに服さなければならなかった。
じゅりあの・吉助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
すゝむるが例なりと質朴にしてまた禮ありとたゝへ皆な快く汲む終りて梅花道人は足のつかれ甚だしければ按摩あんまを取らんとてよぶいろ/\なぶりて果は露伴子も揉ませながら按摩あんまに年を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
そうだ、道子は俺をなぶりものにしたのだ。夫が自分を愛していない、いじめて困る、とは何だ。俺に見せたあの痣! おお悪魔! 俺は其の時ほんとうに同情していたのだ。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
あの時分のことを思いますとほんとうに惨めなもので、私たち母子おやこは、涙の乾くひまとてもありませんでした。学校へ行くと皆が私を『ててなし児』だといってなぶりものにします。
無駄骨 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
つまり、晩春四月の大和路の濃い色彩に、狂乱し易い私の頭脳あたまなぶられていたのであった。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
それはそのお婆さんがまたしても変な笑い顔をしながら近所のおかみさんたちとおしゃべりをしに出て行っては、なぶりものにされている——そんな場面をたびたび見たからだった。
のんきな患者 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
漆紋うるしもんの、野暮ったい古帷子ふるかたびらの前を踏みひらいて毛脛を風になぶらせ、れいの、眼の下一尺もあろうと思われる馬鹿長い顔をつんだして空嘯うそぶいているさまというものは、さながら
顎十郎捕物帳:14 蕃拉布 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それともこの犬が偶然に手に入ったのを幸いに、知らん顔をして実験にかけてなぶり殺しに殺して、唖川小伯爵と山木テル子嬢の中を永久にこうという卑劣手段を講じているのか
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
肩へつかまらせるやら、しなびた乳房をなぶらせるやら、そんな風にして付纏つきまとわれるうちにも、何となくお種は女らしい満足を感じた。夫に捨てられた悲哀かなしみも、いくらか慰められて行った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「ご冗談でござりましょう。お見かけすればお小姓をお召し連れなさいまして、ご身分ありげなお殿様が、賽ころもねえものでごぜえますよ。いい加減なおなぶりはおよしなせえましな」
ミハイロの罪の無い笑声や、人の好ささうな眼色めつきが皆の気に入つて、なぶらずに真面目に事情わけを聞出したから、仕事をさせて貰ひたいのだといふと、そんなら己達おれたちの跡にいて来なと云ふ。
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
し情談をいいかけられたら、こう、花を持たせられたら、こう、なぶられたら、こう待遇あしらうものだ、など、いう事であるが、親の心子知らずで、こう利益ためを思ッて、云い聞かせるものを
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
聡明な登山者よ、どうか俺たちなども、いたずらになぶり物にしたり、金もうけの種にしたり、焚物に重宝がったりする段でなく、もっと高い精神的な面で、われわれへの理解と共感を深めて欲しい。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
「おほほほは、お客様、おなぶりなさいますな」
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
なにもみんなでなぶらうたあ云やしない。
そうでなく、犬の智能を人間の極く低い程度として見ると、こいつ意気地のない奴らしい、なぶってやれと、面白がっているのかも知れぬ。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三十前後の顔はそれよりもけたるが、鋭き眼のうちに言われぬ愛敬あいきょうのあるを、客れたるおんなの一人は見つけ出して口々に友のなぶりものとなりぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
「花ちやん、一つ松島君を操縦するの余力を以て」と河鰭の言ふを「そんな、おなぶりなさるなら、や」とツンとスネる
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
しゃくに触って腹が立ってたまらぬ故、これからそちを駒井能登めに見立てて、この腹が納まるほど、なぶって弄って、弄りのめしてやるからそう思え」
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
翁は身体を丘の芝に上から掴み押えられた窮屈な形を強いて保ちながら愕き以上のものになぶられている。翁に僅に残っている頭の働きはこういうことを考えている。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
又そのようなことを言うてはおなぶりなさるか。その日の風にまかせて、きょうは東へ、あすは西へ、大路おおじの柳のようになびいてゆく、そのやわらかい魂が心もとない。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「あゝ辛度しんどや。」と疲れたさまをして、薄くなつた髪を引ツ詰めにつた、小さな新蝶々の崩れを両手で直したお梶は、忙しさうに孫を抱き上げて、しなびた乳房をなぶらしてゐた。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
動くべきすべての姿勢を調ととのえて、朝な夕なに、なぶらるる期を、待ち暮らし、待ち明かし、幾代いくよおもいくきの先にめながら、今に至るまでついに動き得ずに、また死に切れずに、生きているらしい。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ち、畜生ッ、うぬまでも来やがったかッ。後生だッ。後生だッ、もう勘弁してくれッ、この上斬るのは勘弁してくれッ。さっきヘゲタレと言ったのは、おれが悪かった。か、勘弁してくれッ。この上なぶり斬りするのは勘弁してくれッ」
棒の秘術は虎ののなかに奇異な幻覚を持たせたにちがいない。何十人もの人間の影がまわりにあって、じぶんをなぶるように見えたであろう。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
闇に身を任せ、われを忘れて見詰めていると闇につややかなものがあって、その潤いと共に、心をしきりになぶられるような気がする。お絹? はてな。これもまた何かの仕掛かな。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
年のわかい彼はそれを口惜しがって、その意趣返しに一度相手をなぶってやろうと思った。
半七捕物帳:18 槍突き (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かわいそうに幸内は、主膳が酒乱の犠牲となって、なぶごろしにされなければ納まらないでしょう。弄り殺しにした上に、その屍骸を粉々にしなければ納まりそうにはありません。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「私、いや、貴女あなたはおなぶりなさるんだもの——」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
『それが、拙者をなぶり物にした証拠だ。だが小夜どの、きのうは他人ひとの身、今日はわが身。——天は公平だな、あははは』
夏虫行燈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、どちらにしてもこうして置けば、この際、仲裁に出て、わが道庵先生の危急を救おうとするほどの勇者が現われるはずはないから、道庵はみすみすなぶり殺しになってしまう。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
肩にのり、膝にもたれ、子等は、自分たちの父を、意志のままなぶったり愛撫したり、容易に寝つこうともしなかった。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
醜男ぶおとこであったにも拘らず、美しいお女中を口説くどいたところが、そのお女中には別に思う男があってなびかない、それで殿様が残念がって、あの土蔵の中でなぶごろしにしてしまったという
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「何としてそのようにおなぶり遊ばされる。新九郎近頃もって迷惑つかまつります。逃げたいなどという所存は」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)