こう)” の例文
若さと若さとが互いにきびしく求め合って、葉子などをやすやすとそでにするまでにその情炎はこうじていると思うと耐えられなかった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その退屈がだんだんにこうじて来た第三日のゆう方に、倉沢は袴羽織という扮装いでたちでわたしの座敷へ顔を出した。かれは気の毒そうに言った。
西瓜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
福田氏は、以前から一体陰気な性質であったが、夫人を失ってからは、一層それがこうじて、終日一間にとじ籠っている様な日が多かった。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
解ったか、味噌擂り奴、——手前てめえは腹の悪い人間じゃねえが、主人大事がこうじて、外の者へツラく当りすぎるよ、気を付けやがれ
ヒステレーのこうじかかって来た細君は、浅井の顔を見ると、いきなりその胸倉に飛びついたり、瀬戸物を畳にたたきつけたりした。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それは自身で研究して自身で造り出した砲でなければ満足のできないほどに、能登守の砲術の愛好心はこうじているのであります。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
こういう問答は専門にわたったことでありますからこれから後の分も略します。だんだん仏教の話がこうじてとうとう夕暮になってしまった。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
けれども、男のはだは知らない処女の、艶書ふみを書くより恥かしくって、人目を避くる苦労にせたが、やまいこうじて、夜も昼もぼんやりして来た。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なぜといって、わたしの煩悶はだんだんにこうじてきて、自分はいま何をしているか分からないくらいになったからでした。
得意さきでおだてられるまゝ稼業そっちのけに声色こわいろをつかって聞かせたりしていたうちはまだよかった、それがこうじて「役者になりたい」になり
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
正木博士の話から湧出わきだして来る一種の異妖な気分に魅せられて、何となく狂人きちがいじみた不可思議な疑いが、だんだんこうじて来るのを感じながら……。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
悪ふざけがこうじて遊里の評判、時の政道のそれとない批判まで織りこむようになり、寛政度のお叱りにあって一転し、善玉悪玉の教訓物となったが
仇討たれ戯作 (新字新仮名) / 林不忘(著)
女は思いこうじて、脅迫観念のようなものを感じはじめているらしかった。すっかり連絡の絶えてしまった家族や亭主のことが日夜気にかかるあまり。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
自分はこの影と稲妻とをつづり合せて、もしや兄がこの間中あいだじゅう癇癖かんぺきこうじたあげく、嫂に対して今までにない手荒な事でもしたのではなかろうかと考えた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これが原因もとで、つまは心配がこうじて、やぶれかぶれになり、めしつかいの者たちがいろいろなぐさめてくれるのも耳に入らず、首をくくってしまいました。
これも我には心易こゝろやすだての我儘と自惚うぬぼれこうじていましたから、情人おとこの為に嫌われると気のきませんで持ったもの。
今度は黽勉びんべん努力を心に誓った。以前だって決して自分から怠けたのでない。雪子夫人のヒステリーがこうじて、已むを得ず、日一日と欠勤が続いたのだった。
秀才養子鑑 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
だんだんに、この厭でうるさいという感情がこうじてはげしい憎しみになっていった。私はその動物を避けた。
黒猫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
そりゃア、わたくしの道楽がこうじましたのです、な。わたくしには物の啼き声を真似るのが持ち前に備わってたとでも申すのでしょうか? 何でも真似ます。
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
それがこうじて、利益の分配のことにもけんかの花が咲き、その結果があの笛の中の書き置きにあったようなしばいがかりのつらあて毒死になったものでしたが
初めは一種の畏怖いふと親しみであったものが、逆にこうじて、茫然と限界に拡がり満ちる痴川の生存そのものをみ呪う気持が伊豆の憔悴しょうすいした孤独を饒舌じょうぜつなものにした。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
高橋おでんも、まむしのお政も、偶々たまたま悪い素質をうけて生れて来たが、彼女たちもまた美人であった。おでんもお政も悪がこうじて、盗みから人殺しまでする羽目になった。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
この老人は、直樹の叔父にあたる非常な神経家で、潔癖がこうじて一種の痼疾こしつのように成っていたが、平素ふだんかんの起らない時は口のきようなども至極丁寧にする人である。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
復一の神経衰弱すいじゃくこうじて、すこし、おかしくなって来たという噂が高まった。事実、しんしんとけた深夜の研究室にただ一人残って標品プレパラートを作っている復一の姿は物凄ものすごかった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
初めは墨色の研究のつもりだったが、だんだんこうじてきて、とうとう一昨年は、墨絵の展覧会までやった。私の墨絵の高弟で、出藍しゅつらんの誉れ高い、岩波の小林勇君との二人展である。
九谷の皿 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
又それがこうじて貨車をも持ち上げるほどの大旋風となることなどを理解しなかった。
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
彼はこの馬鹿げた形の狂いを感じると、お柳に対するいかりがますます輪をかけてこうじて来た。彼は寝台の上へ倒れたまま、心をなだめるように、毛布の柔かな毛なみをそろりそろりとでてみた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
廊下ろうかを通る人の足音とか、家中かちゅうの者の話声とかが聞えただけで、すぐ注意がみだされてしまう。それがだんだんこうじて来ると、今度はごく些細ささいな刺戟からも、絶えず神経をさいなまれるような姿になった。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
店は折曲りの土間になって大きなけやきの角火鉢、支度待つ間の一服というのが普通の構え、たまには小座敷があってちょっと一杯、それがこうじて座敷も立派に、広間もあるという待合式の家もでき
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
ふとした病がこうじて旅でお亡くなりになりました、私がついておりながらも、こればっかりはどうすることもできませんでございました
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これがこうじると自分までヒステリーのようになって、暇を取ったくらいでは気がすまないで、面あてに首でもくくろうかと思う時さえあった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
笹村もお銀の気の長いのを、時とするとじれったく思うことがあったが、衰弱がどこまでこうじて来るか、じっと見ていたいような気もした。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「生れ付きの片輪かたわこうじて、近ごろは身動きも自由でなく、離屋にこもったきりでございます、もう十五になりますが」
これがいよいよこうじて来たら何を仕いだすかも判らない。真っ昼間、ここの玄関へ乗り込んで来るかも知れない。そのあかつきには自分の身はなんとなる。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかし文字もんじのあるものが、目に一丁字いっていじのない床屋の若いものに、智慧ちえをつけて、こうじたいたずらをしたのが害になったんだから、なお責任は重大です。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「唯病重しという丈けの電報で能く分らないのさ。二三年前からの持病がこうじたのか、脳溢血でも起ったのかって、皆取るものも取り敢えず帰って行った」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
だんだんとこうじて行くばかりでしたが、やがて中学を卒業しますと、彼は上の学校にはいろうともしないで、ひとつは親たちも甘過ぎたのですね、息子の言うことならば
鏡地獄 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼はこの頃、持病の不眠症がこうじた結果、頭が非常にるくなっている事を自覚していた。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それが次第にこうずるうちに、大名共、だんだんと狡猾こうかつになって、お墨付には別段音物付け届け手土産の金高質量を明記してなかったのを幸いに、いつのまにか千両は五百両にへり
それがだん/\こうじて、のっ引ならなくなり、安宅先生は葛岡の勤めている学園などにはもう一ときもいられないと駄々だだねて、その駄々をまた本当のことに捏ね直す羽目はめになり
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「四番首まで討って、天下に怖いものなしと、己惚うぬぼれがこうじておるのじゃよ」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
痴話もこうずると真剣になることがある。あぶない。その時、行手の谷間から、がやがやと人の声があって、こちらをめがけて悠長に登って来る。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
倉地の胸から触れ慣れたきぬざわりと、強烈な膚のにおいとが、葉子の病的にこうじた感覚を乱酔さすほどに伝わって来た。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「それがいけないんで、仁三郎さん。お互に年は取りたくないネ。持病の疝気せんきこうじて、近頃は腰も切れない始末さ。気ばかり若くたって、もういけねえ」
それがいよいよこうじて来て、なんだかむやみに妬ましいような、腹が立つような苛々いらいらした心持になって来て、唯なんとなしに江戸の人間が憎らしくなって
半七捕物帳:18 槍突き (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
先生がこの瘣を気にし出したのは、よほど以前から素地したじのあった胃病が、大分こうじて来てからであった。先生はそのころから、筆を執るのが億劫らしく見受けられた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
この世間をアッと云わせようという心理、それがこうじると、狂的な企てをもやり兼ねない。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
串戯じょうだんこうじると、抜差しが出来なくなる。誰か知らんが、悪戯いたずらがちと過ぎます。面は内証で取るがい、今の内ならちっとも分らん、電燈でんきけてからは消えにくくなるだろう。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
遠方はるばるお医者の玄関げんかへ。連れて来られた人間ならば。誰が見たとて正気に見えない。かなりこうじた連中ばかりじゃ。又は見かけが普通と変らぬ。落付き払った病人とても。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
嘉六も粗筋だけは知っている安宅という女教師の郷里への引退に就ては、その実、ひどい神経衰弱であったことや、その神経衰弱がこうじて、先生は実家から出奔しゅっぽんし、自殺のおそれがあるため
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)