まった)” の例文
用いたくない美しさ、かかる美を正しい美と呼ぶことはできぬ。美を欠く器は、まったき用器ではなく、用を欠く器は全き美器ではない。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
強固不抜ないわゆる一宗のかたちをまったからしめてきたのは、より以上、善信その人の力であると、今では人も沙汰するところである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それが、「三斎さんさいの末なればこそ細川は、二歳にさいられ、五歳ごさいごとなる。」とうたわれるような死を遂げたのは、まったく時の運であろう。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
再起の綾之助の語り口も、以前の浮気な人気ではなく、まったく価値あるものとして価値ねうち附けられ、真にみわけた人生の味を、期待された。
竹本綾之助 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
赤いほのおつつまれて、なげき叫んで手足をもだえ、落ちて参る五人、それからしまいにただ一人、まったいものは可愛かわいらしい天の子供こどもでございました。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
エホバよりまずサタンに向って、「なんじ心を用いてわがしもべヨブを見しや、彼の如くまったくかつ正しくて神を畏れ悪に遠ざかるひとあらざるなり」
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
未来を覗く椿つばきくだが、同時に揺れて、唐紅からくれない一片ひとひらがロゼッチの詩集の上に音なしく落ちて来る。まったき未来は、はやくずれかけた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二つ三つ上ではないかと思われるところにまたまったいような美があって、わざと作り出した若い貴人の手本かとも思われる。
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
これ自分が特に材料を多く京都付近のものに求めた所以である。自分の研究はもとよりあえてこれを以てまったしとするの自信を有するものではない。
エタ源流考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
かくて私の衷にあるまったき世界が新たに生れ出るだろう。この大歓喜に対して私は何物をも惜みなく投げ与えるだろう。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
神の子としてまったき途を歩んで来られたイエス様が神をけがす罪に問われて死刑に定められ、十字架を負わされて処刑場に引かれ往こうとするのを見る時
三十一日の夜まったく睡れなかって以来、どうも頭がよくない。昨夜もよく眠れず、工合が悪いので林町へ行った。
燕王、徳州の城の、修築すでまったく、防備も亦厳にして破り難く、滄州の城のついくずるゝこと久しくして破りやすきを思い、これを下して庸の勢をがんと欲す。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この承認はすべてのでたき徳を生む母である。しこうしてつくられたるものの切なる願いは、造り主のまったさに似るまでおのれをよくせんとの祈りである。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
そのうち冬はまったきまでに、この巷の公園の樹の肌に凍えつき、安建築を亀裂ひびいらせるような寒さを募らした。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
彼れたるもの果して人教——まったき意義に於ての人教——の最大産物なりや、これ甚だ疑うべし。
我が教育の欠陥 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
その文の事を伝えてまったからず、またまま実にもとるものさえあるのは、この筆削のためである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
だが、シッソン、ウイードあたりから、仰ぎ見るシャスタの偉大さは、アルプス式の山々に見ることの出来ない鮮明美がある、孤にして閑である、独にして秀で、単にしてまったき姿である。
火と氷のシャスタ山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
今の議会には、まさかかくの如き奇法をく訳にも行くまいが、議員たるものは、宜しく頸に絞索こうさくを懸けた位の気持になって、真面目に立法参与の大任をまったくしてもらいたいものである。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
とあって捕吏とりてを招集せんか、下枝は風前のともしびの、非道のやいばにゆらぐたまの緒、絶えんは半時を越すべからず。よしや下枝を救い得ずとも殺人犯の罪人を、見事我手に捕縛せば、我探偵たる義務はまったし。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その事実はまだ軍の装備や編成もまったからぬうちに、ここへはひんぴんと入ッて来た破竹はちくな敵の大軍の情報によっても分っていた。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いやしくも人間の意義をまったからしめんためには、いかなるあたいを払うとも構わないからこの個性を保持すると同時に発達せしめなければならん。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二つの間の矛盾の中に彷徨さまようのがこの世の有様である。対辞が用いられるのは、まったからざる国での止むない因果である。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「それ神はまったき人を棄て給わず……(汝もし神に帰らば)つい哂笑わらいをもて汝の口をたし歓喜よろこびを汝の唇に置き給わん」
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
今も東京などで、物の半端はんぱになってまったからぬをハシと云い、朝寝した怠け者が、「今日はハシになったからついでに晩まで遊んで明日から仕事しよう」
間人考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
彼は、談柄だんぺいを、生活難に落して、自分の暮しの苦しさを、わざわざ誇張して、話したのは、まったく、この済まないような心もちに、わずらわされた結果である。
仙人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
香油の一部だけをイエスの首にそそぎ、あとは貧しき者のために残しておくというような、分割的な計算的な行為は全き愛とはいえない。「なしうる限りをなした」ものだけが、まったき愛です。
しかし、その声はまったく封じられていた。
明日への新聞 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
思うに、まったき名将といわるるには、智勇兼備、水陸両軍に精しく、いずれを不得手、いずれを得手とするが如き、片輪車かたわぐるまではなりますまい
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
特に分業に転ずる時、一技において特にえる。同じ形、同じ絵、この単調な循環じゅんかんがほとんど生涯の仕事である。技術にまったき者は技術の意識を越える。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
己が日と時刻とをきめて、渡を殺す約束を結ぶような羽目はめに陥ったのは、まったく万一己が承知しない場合に、袈裟が己に加えようとする復讐ふくしゅうの恐怖からだった。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一章一節に「ウズの地にヨブとなづくる人あり、その為人ひととなりまったくかつ正しくして神をおそれ悪に遠ざかる」とある。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
あんな作品はあんな個性のある人でなければ読んで面白くないんだから仕方がない。この傾向がだんだん発達して婚姻が不道徳になる時分には芸術もまったく滅亡さ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その以下の諸編は、さらに委曲に渉りて部分的にこれを論説考証せるものにして、彼此重複少からざるも、けだし双方これ相俟ってそのまったきを見るをうべきものなり。
それに反して、勝家の主張は、一応もっともらしく聞えるが、根拠が弱い。方便主義であり、また、信雄の立場をまったくなくしている。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
強き組織、固き結合、正しき秩序、まったき統体、これらのことなくして工藝の美はあり得ない。進んではそれらのものに工藝の美のすがたを読むことができる。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
恐らく学者とか何とか云う階級に属する人なので、まったく身なりなどには無頓着なのであろう。
西郷隆盛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いやしくも人格上の言葉に翻訳の出来る限りは、其翻訳から生ずる感化の範囲を広くして、自己の個性をまったからしむるために、なるべく多くの美しい女性に接触しなければならない。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
この事は既に「民族と歴史」(一巻一号)において簡単に述べたところではあるが、ここにさらにその説をまったからしむべく、前説の不備を補いつつ次項にその一部を繰り返してみたい。
間人考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
城中にはすでに二十日はつかも前から兵糧がまったく尽きているはずである。ここにいる城方の面々も充分に食べていたとは思われない。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「信ずる前に、知ろうとする意志を働かす者は、神に関するまったき知慧を得る事は出来ぬ」と。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そう云う関係上、彼はこれまで、始終修理に対して、意見番の役を勤めていた。彼が「板倉家の大久保彦左おおくぼひこざ」などと呼ばれていたのも、まったくこの忠諫ちゅうかんを進める所から来た渾名あだなである。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
母はらしたる灰の盛り上りたるなかに、佐倉炭さくらずみの白き残骸なきがらまったきをこぼちて、しんに潜む赤きものを片寄せる。ぬくもる穴のくずれたる中には、黒く輪切の正しきをえらんで、ぴちぴちとける。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「——果たして、孔明はまた襲ってきた。長安の一線を堅守して、国防のまったきを保つにはそも、たれを大将としたらよいか」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
エックハルトは云う、「まったき霊は神の欲する以外のことを欲しない。それは奴隷たるの謂ではなく、自由を得るの意味である」と。自然への叛逆は自己へのいたずらな拘束に過ぎない。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それもまったく、誰の罪でもない。己がこの己の口で、公然と云い出した事なのだ。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
白君は涙を流してその一部始終を話した上、どうしても我等猫族ねこぞくが親子の愛をまったくして美しい家族的生活をするには人間と戦ってこれを剿滅そうめつせねばならぬといわれた。一々もっともの議論と思う。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
北平の公孫瓚こうそんさんは、近年、冀州きしゅうの要地に、易京楼えきけいろうと名づける大城郭を興し、工もまったく成ったので、一族そこへ移っていた。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
同じく地上の人間であるから、個人としての彼らには誤った行いもあるであろう。しかもそれらのまったからざるものを越えて、何か彼らを純粋にする大きな力が潜んでいる。作物をひるがえって見よう。
苗代川の黒物 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「もとより、忠、孝、義のひとつを欠いても、まったき人臣の道とはいえないが、兄弟一体となって和すは、そもそも、孝であり、また忠節の本ではないか」
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)