威嚇いかく)” の例文
宗俊の語のうちにあるものは懇請の情ばかりではない、お坊主ぼうずと云う階級があらゆる大名に対して持っている、威嚇いかくの意もこもっている。
煙管 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
巌流は藩籍に在る者であり、武蔵はる所ない者なので、それが相手方への威嚇いかくにならない程度には、心して控えている陣容だった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
取り逃がしそうになりましたので、思い切って私を威嚇いかくすべく、頭の上を狙って二三発、実弾を発射したものに過ぎませんでした。
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
上書してすこぶる政府を威嚇いかくするの意を含めたものもある。旗勢をさかんにし風靡ふうびするの徒が辞表を奉呈するものは続きに続いた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「もし私どもがお望みどおりのことをしたら、やつらの新聞仲間の威嚇いかくに負けたぐあいになることが、あなたにはわかりませんか。」
テナルディエは荒々しく、獰猛どうもうで、胸に一物あるらしく、多少威嚇いかくするようなふうだったが、それでもごくなれなれしそうだった。
勝則を呼びだして威嚇いかくしたとき、辻木要之助が投げすてた煙草の火が原因らしいけれども、誰一人、そんなことに気づく者はなかった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
紫宸殿ししんでんに出て来た鬼は貞信公ていしんこう威嚇いかくしたが、その人の威に押されて逃げた例などを思い出して、源氏はしいて強くなろうとした。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
夜おそく浅草の方から車夫を引っ張って帰ったり、多勢の仲間をつれ込んで来て、叔父を威嚇いかくするようなこともしかねなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あらゆる威嚇いかく、甘言、情実、誘惑に対する彼女の防禦ばうぎよ方法は、只だ沈黙と独身主義とのみ、流石さすがの剛造も今はほとんど攻めあぐみぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
彼の結論は、いんぎん鄭重ていちょうにするよりは、無愛想で、威嚇いかく的であるほうが好成績だというのであった。なかなか面白い話だと思って読んだ。
庶民の食物 (新字新仮名) / 小泉信三(著)
ちょうど吟味与力笹野新三郎を忌避して、無実の罪を訴えでもするように、生首と死体とが実に頑固な威嚇いかくをくり返しました。
彼は、右手を、喰い込むようなガラスの割れ目へ威勢よくつっこみ、そして、その血みどろな拳固げんこでヴィオロオヌを威嚇いかくした。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
実際にはあまり殺傷力のない爆弾を威嚇いかく的に用いるだけのことだったし、議事堂の襲撃も大臣の総辞職をそこで強要するというのにすぎない。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
と、飛びあがったスペイン猫、背を持ち上げると爪を磨き、威嚇いかくするようにうなり出した。「これは!」と驚いて広太郎、月影暗い庭を見た。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
外界との聯絡れんらくを断たれて困っている生蕃へは、威嚇いかくや攻撃やをいっそうはげしく加えるのである。生蕃が帰順すると、始めて線の外に解放する。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
明の太祖の辺海つね和寇わこうみださるゝを怒りて洪武十四年、日本を征せんとするをもっ威嚇いかくするや、王答うるに書を以てす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
男はそれを見ているうちにすっかり頭に不思議な恐怖と超自然的な威嚇いかくとが乗りうつって、ひとりでに胸が鳴り出し、軽い眩惑さえかんじ出した。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「そうよ、おかあさんの金歯きんばまでって……。」と、あねがいいかけたのを、令二れいじは、おそろしいかおをして、威嚇いかくしながら
金歯 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その午後、そん軍曹の部屋を訪問した鉱山の経理チンリーは、半ば威嚇いかくするような、またびるような複雑な表情をして云った。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
電車ならば大丈夫………こう信じて、無理やりに安心しようと努めて居た私の神経は、もう此の暑熱の威嚇いかくにさえ堪えられなくなって居たのであった。
恐怖 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
近松少佐は思うままにすべての部下を威嚇いかくした。兵卒は無い力まで搾って遮二無二しゃにむににロシア人をめがけて突撃した。
(新字新仮名) / 黒島伝治(著)
長二郎は、小娘の激情に威嚇いかくされるはずもなかったが、それもこれも、自分の心をはなすまいとする気持からだと思うと、いじらしくあわれに思った。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
蠢爾しゅんじとしてこゝに耕す人と其住家すみかとをんでかゝって威嚇いかくして居る様で、余は此展望台に立つのが恥かしくなった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
動力所へ押寄せた一隊は、威嚇いかくするように、小銃を乱射した。わアーという、喚声をあげながら、悪鬼のように
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
切物きれものの皿に当って鳴る音が時々した。はさみで肉をじょきじょき切るような響きが、強く誇張されて鼓膜を威嚇いかくした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただ、屋根の上を歩いていたブチ猫がこの体を見て、急に両足を揃え、背骨を高くして、威嚇いかくの姿勢を示したのが、米友を苦笑いさせただけのものでした。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼らは知を誇らず、風におごらない。奇異とか威嚇いかくとか、少しだにそれらのたくらみが含まれない。いどむこともあらわなさまもなく、いつも穏かであり静かである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
ステッキなど持って歩くと、犬のほうで威嚇いかくの武器とかんちがいして、反抗心を起すようなことがあってはならぬから、ステッキは永遠に廃棄はいきすることにした。
誰かが玩具に与えたのだろう、二尺ばかりの松薪に向って、威嚇いかくうなりをあげたり、手で押えつけてんだり、うしろへさがって、突然とびかかったりする。
月の松山 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
何者がいつ忍び込んだのか勿論わからないが、その剣をみて、役人はぞっとした。ぐずぐずしていれば、おまえの寝首を掻くぞという一種の威嚇いかくに相違ない。
女侠伝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
両方とも「親愛なる親方ボスよ」というアメリカふうの俗語を冒頭に、威嚇いかく的言辞を用いて新しい犯行を揚言ようげん
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
雪子夫人から威嚇いかくされて、堕胎手術をはねつけられた柿丘秋郎は、その後、このことを思いとどまったかのように見せていたが、内心は全く反対で、あの時
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この威嚇いかくの文句も、いまだかれらの眼にこびりついている……そのやさき、こうしてなんの前ぶれもなく、小刀、どの方角からとも知れずに疾飛しきたって
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「そこだ!」と海野は一喝して、はたと卓子ていぶるを一うちせり。かかりしあいだ他の軍夫は、しばしば同情の意を表して、舌者の声を打消すばかり、熱罵ねつばを極めて威嚇いかくしつ。
海城発電 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この如く、細心なる注意をもって、いわば経済的に威嚇いかく鑑戒かんかいの行刑法を行うたので、その結果、二三年の間に、博奕は殆んど跡を絶つに至ったということである。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
心理的な拘束または威嚇いかくをもってすることであり、禁圧対抗手段というのは、武力や警察力や裁判や行刑などによる直接の強制であり、折衝協力手段というのは
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
仰いで見る高い所で、無数の硝子はちかちかと日光を反射していたが、今目の前に倒れたのを見ると、何のための硝子なのか、少しも威嚇いかくする力を持っていなかった。
遺産 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
巨獣の斑紋はんもんのように二筋三筋キラリと光って、夏の富士にして始めて見るところの、威嚇いかく的な紫色が、抜打ぬきうちに稲妻でもひらめかしそうに、うつぼつと眉に迫って来る。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
将軍ひげいかめしい闘牛士は、金モールの胸から血を流して不恰好ぶかっこうにくずおれていた。彼は包囲の警官たちを威嚇いかくしていたピストルで、われとわが胸を射貫いぬいたのだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
だがそのほかの点では似ていた。この絵でもやはり、ちょうど裁判官が肘掛けをしっかと握って、いかめしい椅子から威嚇いかく的な態度で立ち上がろうとしていたからである。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
彼は新米の乞食のわたくしを見て、女とあなどり矢庭に「擲るぞ」と拳を振上げて、威嚇いかくしました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
むなく一発、威嚇いかくに発射した。再び白煙が濛々と立ち込めて、たまは窓硝子ガラスを貫いて、大空へ飛び去った。鼻をつんざく硝煙の香に、顔色変えてやっと夫人が手の動きを止めた。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
手紙の中に一つ『自業自得』という非常に意味深長な、ことさら目立つように書かれたことばがあるじゃないか。そればかりか、僕が行けばすぐ帰ってしまうという威嚇いかくがある。
手にしていたモチ竿を投げすてながら、襲いかかろうとしていた農民達を軽く左右にはねのけて、ぴたり、鳥刺しをうしろにかばうと、静かに、だが、鋭い威嚇いかくの声を先ず放ちました。
そのおり、海は湧き立ち泡立って、その人たちにあらんかぎりの威嚇いかくあびせた。けあとの高いうねりが、岬の鼻に打衝ぶつかると、そこの稜角で真っ二つにち切られ、ヒュッと喚声をあげる。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
海蛇を先頭に七人が目をギラギラ光らして、ピストルと刀を持って威嚇いかくした。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
媾和進行中にばん団右衛門が蜂須賀隊を夜襲するなどの事があって、大いに気勢を挙げ、大阪方可なり強気であったが、家康天守閣、千畳敷などを砲撃して、秀頼母子を威嚇いかくし、結局の媾和条件は
大阪夏之陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
人のいやがる言葉を掲げて、一方には女子を威嚇いかくしてその新しい擡頭たいとうを抑えようとし、一方には社会の聡明な判断をき乱して、女子解放運動に同情を失わしめようとする卑劣千万な論法であるように
「女らしさ」とは何か (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
返事次第で蹴やぶっても入るぞ、という威嚇いかくをひそめた声である。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)