そら)” の例文
覚悟したれば身をかわして、案のごとくかかとをあげたる、彼が足蹴あしげをばそらしてやりたり。蒲団持ちながら座を立ちたれば、こぶしたて差翳さしかざして。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
はづかしげにおもてあからむる常の樣子と打つて變りし、さてもすげなき捨言葉すてことばに、冷泉いぶかしくは思へども、流石さすが巧者しれもの、氣をそらさず
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
「恐れ入ります」と小野さんはちょっと笑ったがすぐ眼をそらした。向側むこうがわ硝子戸ガラスどのなかに金文字入の洋書が燦爛さんらんと詩人の注意をうながしている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、その時丁度、格子を開けて、何時いつになく、ノソリと入って来た、大蘇芳年の蒼い顔と、眼をそらしようもなく、ハタと逢ってしまったのです。
芳年写生帖 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
彼女は用心深く彼の視線をそらしつゝ何気ない世間話の中へ彼女の従姉いとこの不幸な結婚の話を細々こま/\と織り込んでいつた。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
コタツ板の上に、向い合つておかれた膳を、彼女はわざとわきにずらして、彼の右横へ視線をそらすように坐つた。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
「ずるい! っしゃいな。」と、下から見上げる姉の眼に、かち合うと、すぐあらぬ方に、視線をそらして
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
かるくそれをそらして「うたむら」の主人は鍋……といってもこのほうは鮟鱇鍋……のなかへ箸を入れた。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
流石さすがは若い頃江戸に出て苦労したといふ程あつて、その人をそらさぬ話し振、その莞爾にこ/\と満面にゑみを含んだ顔色かほつきなど、一見して自分はその尋常ならざる性質を知つた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
四つの眼が衝突ぶつつかつた時、男は霊魂たましひまで焼かれるやうな気持がしたので、そつとぽうに視線をそらした。
キャラコさんが、かけすをみつめているうちは、止り木の上でじっとしているが、眼をそらしたり、うつむいて抽斗に手をかけたりすると、頭を眼がけてはげしく突進してくる。
キャラコさん:06 ぬすびと (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
じっと見つめ返すと、その眼は、琥珀色こはくいろになったり暗藍色あんらんしょくになったりいろいろに変って光る気がするのである。武蔵は、遂に眼が痛くなって、先にひとみをそらしてしまった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
血みどろになった裸体ぱだかの叔父が、死物狂いになって掴みかかって来るんですもの。それをあっちに逃げたり、こっちにそらしたりしながらヤットの思いで斬り倒してやったわ。
狂人は笑う (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ああ、私はここまで穿鑿せんさくをすすめた心無さをどんなに後悔したことか! 私は一所懸命に話を他へそらそうと努めた。しかし幸いに気まずい思いもしないで、お互いに諒解し合った。
誰? (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「どうしたんです。」新吉は不安らしくその顔をみつめたが、じきに視線をそらして
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そして、眼だけはそらさずに、強く、彼等の一人を見詰めていた。「眼鏡めがねを取れ。」と、彼が眼を注いでいなかった方の一人が言った。殴る時に、眼鏡をこわさないように、というのであった。
プウルの傍で (新字新仮名) / 中島敦(著)
おつたはすこあわてたやうしかるべく落附おちつかうとつとめつゝはなしそらした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
西は目をそらした。しばらく、客も主人あるじ煙草たばこばかりふかしていた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ついとそらせばきゆつと蹈む、——
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
とひそひそながら声と共に手に力が入ったので、蝶吉はあからむ顔をそらしもならず、呼吸いきを引くように唇を動かしている。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
眼をそらそうとしましたが、それも叶いません。瞳は若衆に吸い付けられて、厭応無しに、睫毛まつげの一本一本、着物の模様の一つ一つまでも、読ませられてしまいます。
彼はそれを、貸借たいしやくに関係した羞恥しうち血潮ちしほとのみ解釈かいしやくした。そこではなしをすぐ他所よそそらした。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
忠左衛門と助右衛門は、そう云ってくれる民衆に対して、唯、ニヤニヤと笑顔をむくいているだけだった。時々、羞恥はにかましそうに、顔を横にそらし、邸内からの返事を待ってたたずんでいた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「はあ、お目に懸りました節は。——ですが、いつまたお見えになりますか。」とみまもらるる目をそらして言う。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ある日、女中のおせいと一緒に、ツイ目と鼻の観音様へお詣りをして、伝法院でんぽういんの前まで来ると、お勢がほんのちょいと眼をそらすうちに、お雛の姿が見えなくなってしまったのです。
時と場合が、こういう立ち入った談話を許さない劇場でないにしたところで、お延は黙っているよりほかに仕方がなかった。意味ありげに叔母の顔を見た彼女は、すぐ眼をそらせた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼の救いに——その方へ武蔵が身をそらそうとすると
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
愛吉は何にもいわず、腕をこまぬいて目をそらして、苦言一針するごとに、内々恐縮のうなじすくめる。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼はそれを、貸借に関した羞耻しゅうちの血潮とのみ解釈した。そこで話をすぐ他所よそそらした。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しねえな、見っともない、」とおだやか微笑ほほえんで目をそらした、もう仏に近いのである。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼はすぐ水から視線をそらした。すると同じ視線が突然人の姿に行き当ったので、彼ははっとして、眼をえた。しかしそれは洗面所の横にけられた大きな鏡に映る自分の影像イメジに過ぎなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「あなた、また叱ろうと思って、いやよ。そんな真面目まじめな顔をしていらしちゃあ……。だって少しばかりなんですもの、」といい懸けて目をそらし、枕にしている神月の膝を着物の上からつまんだが
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼はシキとかいう白い絹へ秋田蕗あきたぶきを一面に大きくったふすまの模様だの、唐桑からくわらしくてらてらした黄色い手焙てあぶりだのをながめて、このしとやかで能弁な、人をそらす事を知らないと云った風の母と話をした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
近優ちかまさりする若い女の容色きりょうに打たれて、私は知らず目をそらした。
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうして思わず彼のをわきへそらさせたのである。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お秀はそうだと答えたいところをわざとそらした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)