合歓ねむ)” の例文
旧字:合歡
しきりに後妻を勧めるものがあって、城下から六七里離れた、合歓ねむの浜——と言う、……いい名ですが、土地では、眠そうな目をしたり
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
広野の中に刀禰とねの大河が流れていた。こも水葱なぎに根を護られながら、昼は咲き夜は恋宿こいするという合歓ねむの花の木が岸に並んで生えている。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
松と草藪くさやぶ水辺すいへんの地面と外光と、筵目むしろめも光っている。そうして薄あかい合歓ねむの木の花、花、花、そこが北島、むこはるかが草井の渡し。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
しかも、そのまん中に、花も葉もひからびた、合歓ねむを一枝立てたのは、おおかた高坏たかつきへ添える色紙しきしの、心葉こころばをまねたものであろう。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
柵外の爼板岩まないたいわの上に立つと、あなたのほうに洞窟の暗い口と、合歓ねむの巨木が見えた。有村は、弓を構えて磐石ばんじゃくの上に立っていたが
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は急にヘルメットや日除ひよ眼鏡めがねを買つた。母親から護符を貰つた。合歓ねむの花ざかりを夢想したり銀相場を調べたりした。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
やぶの中の黄楊つげの木のまた頬白ほおじろの巣があって、幾つそこにしまの入った卵があるとか、合歓ねむの花の咲く川端のくぼんだ穴に、何寸ほどのなまずと鰻がいるとか
洋灯 (新字新仮名) / 横光利一(著)
栗の花盛りの梢に日の当っているところなどは、むしろ明るい、あざやかな感じがする。「合歓ねむ未ださめず栗の花あさひに映ず」
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
これはてて置くと笹原になるからはさみで切った。その次には職人が食べてほうったかと思う梨の芽生えが二本、松が一本と片隅に合歓ねむの木とが生えた。
すると青々とした水のおもてがぎらぎらする日の光りにうつっ一本ひともとの大きな合歓ねむの木が池の上に垂れかかっていた。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
嗚呼、此故よしは、我身だに知らざりしを、いかでか人に知らるべき。わが心はかの合歓ねむといふ木の葉に似て、物さやれば縮みて避けんとす。我心は処女に似たり。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ふと眼がめると彼女は、遠くの合歓ねむの花の下で、紅の帯をといて、小川の水で顔や手足を洗っていた。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
我心はかの合歓ねむといふ木の葉に似て物ふるれば縮みて避けんとす我心は臆病なり我心は処女に似たり余が幼き頃より長者の教を守りて学の道をたどりしも仕への道を
舞姫 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
何処やらで単調な琉球蛇皮線りゅうきゅうじゃびせんの音がする。ブラブラと白い道を歩いて見た。バナナの大きな葉が風にそよいでいる。合歓ねむの葉が細かい影をハッキリ道に落している。
椰子、檳榔樹びんろうじゅ、芭蕉、カカオ、ゴムの木、合歓ねむの木、アカシヤなどが、わずかにあちこちに生えているばかりで、その他にははても無い砂の海と砂の小山とがあるばかりです。
「花はどんなものが咲きます。今咲いているのは合歓ねむの花ですね」と夕暮の山を見上げていった。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
Y、合歓ねむ木に似た葉で黄色い小粒なポクポクした花の枝を採って来てくれた。いい匂いがした。
起ち上って眼隠しを直すような振りをして、上眼遣いに覗くと、当の京姫は泉水のほとりの合歓ねむの木にもたれて、面白そうに笑い乍ら、此方こっちを眺めて居るではありませんか。
彼女は春の夕、合歓ねむにおいに、恋しいような、懐かしいような心のあこがれをそそられて、そのを抱いて接吻し、香を嗅ぎ、泣いたというようなことも書いてありました。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
石榴ざくろの花と百日紅ひゃくじつこうとは燃えるような強い色彩を午後ひるすぎの炎天にかがやかし、眠むそうな薄色の合歓ねむの花はぼやけたべに刷毛はけをば植込うえごみの蔭なる夕方の微風そよかぜにゆすぶっている。単調な蝉の歌。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
遊び場の隅には大きな合歓ねむの木があつてうす紅いぼうぼうした花がさいたが
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
合歓ねむはなひくく匂ひてありたるを手折たをらむとする心利こころどもなし
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
見覚えのある合歓ねむの林は喜んでおれたちを迎へるだらう
間島パルチザンの歌 (新字旧仮名) / 槙村浩(著)
合歓ねむ咲くや此処より飛騨の馬糞道
普羅句集 (新字旧仮名) / 前田普羅(著)
朝霧に一段ひくし合歓ねむの花
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
くちばみいびき合歓ねむの葉陰かな
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
合歓ねむの木の花は
未刊童謡 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
合歓ねむの木が緑の影を浸している小丘の裾のさゝ川。わたくしは顔や手足を洗うほどに今ぞ剥ぎ出す乞食の下の、こもの下の、女の本性。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私は更に俯瞰して、二層目の入母屋の甍に、ほのかに、それは奥ゆかしく、薄くれなゐの線状の合歓ねむの花の咲いてゐるのを見た。
白帝城 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そのわきに合歓ねむの大木が立っていた。淡紅色の合歓の花と俊寛のようなかれの姿とは、あまりにふさわしくない対照であった。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
くずれかかった築土ついじがあって、その中に、盛りをすぎた合歓ねむの木が二三本、こけの色の日に焼けたかわらの上に、ほほけた、赤い花をたらしている。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこが中庭になる、錦木の影の浅い濡縁で、合歓ねむの花をほんのりと、一輪立膝の口に含んだのは、五月初の遅い日に、じだらくに使う房楊枝ふさようじである。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
昼過ぎに母親は前のはたけいもとを相手にして話をしていたから、裏庭へ出て兄をたずねると、大きな合歓ねむの木の下で、日蔭の涼しい処で黙って考え込んでいるのであります。
迷い路 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ああ、この故よしは、わが身だに知らざりしを、いかでか人に知らるべき。わが心はかの合歓ねむという木の葉に似て、物さやれば縮みて避けんとす。わが心は処女に似たり。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
前の、妙法寺のように荒れ果てた感じではなく、木口きぐちのいい家で、近所が大変にぎやかであった。二階の障子しょうじを開けると、川添いに合歓ねむの花が咲いていて川の水が遠くまで見えた。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
樹の花では合歓ねむの木。これも日本海岸の広い区域にわたり、海を見る磯山の端に茂っていて、同じころにやさしい花をつける。裾のさびしい上を向いた花だから、少し高みから眺めるのが美しい。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
くちばみいびき合歓ねむの葉陰かな
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
合歓ねむの木、ねもとは
ごろぜみ (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
合歓ねむの花眠れ
未刊童謡 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
いちど立ち上がった天堂一角は、また合歓ねむの木の下へ仆れてしまった。何か声をかけたが、お十夜は返辞も与えないで洞窟の前から駈け下りている。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
洪大尉の石碣せきけつを開いて一百八の魔君を走らせしも恐らくはこう言う所ならん。霊官殿、玉皇殿、四御殿など、皆えんじゅ合歓ねむの中に金碧燦爛さんらんとしていたり。
北京日記抄 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
合歓ねむの花ぞ、と心着いて、ながれの音を耳にする時、車はがらりと石橋に乗懸のりかかって、黒の大構おおがまえの門にかじが下りた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
綾瀬川の名物の合歓ねむの木は少しばかり残り、対岸の蘆洲あしすの上に船大工だけ今もいた。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ちかぢかと城の狭間さまより見おろしてこずゑの合歓ねむのちりがたのはな(白帝城)
白帝城 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「そういわれてみると、そんな風にも見えてくるなあ。——するとこの合歓ねむの木なんか、どう思っているんだろう」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いらかの黄色い紫禁城を繞った合歓ねむえんじゅの大森林、——誰だ、この森林を都会だなどと言うのは?
雑信一束 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
まだ顔を見せないで、打向った青行燈の抽斗ひきだしを抜くと、そこに小道具の支度があった……白粉刷毛おしろいばけの、夢の覚際さめぎわ合歓ねむの花、ほんのりとあるのを取って、なまめかしく化粧をし出す。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
綾瀬川の名物の合歓ねむの木は少しばかり残り、対岸の蘆洲あしずの上に船大工だけ今もいた。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私は更に俯瞰ふかんして、二層目の入母屋いりもやいらかにほのかに、それは奥ゆかしく、薄くれないの線状の合歓ねむの花の咲いているのを見た。樹木の花を上からこれほど近くしたしく観ることは初めてである。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
その側から、兵は、幕をひろげて、附近の松の木や合歓ねむの木の幹へ張りめぐらし、それのない所には、幕杭まくくいを打ち込んで、またたくうちに一囲ひとかこいの幕屋を作った。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)