三輪みわ)” の例文
兵馬の槍は格にった槍、大和の国三輪みわ大明神の社家しゃけ植田丹後守から、鎌宝蔵院の極意ごくいを伝えられていることは知る人もあろう。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そこには、お三輪みわ乙吉おときちが、預けられていた。そして常木鴻山つねきこうざんは、居所もさだめず、何かの画策かくさくのため、奔走ほんそうしているという。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、三輪みわすぎではないが、この前の木立ちを目に見ると素通りができなくてね、私から負けて出ることにしましたよ
源氏物語:15 蓬生 (新字新仮名) / 紫式部(著)
三輪みわは大国主命をまつるといはれてゐるが、その巨石群は大洲柳瀬やなぜ山に発見されたのと、ほぼ同一規模であるといふ。
南予枇杷行 (新字旧仮名) / 河東碧梧桐(著)
むかし神代かみよのころに、大国主命おおくにぬしのみこと幸魂さきみたま奇魂くしみたまかみさまとして、このくにわたっておいでになった大物主命おおものぬしのみことは、のち大和国やまとのくに三輪みわの山におまつられになりました。
三輪の麻糸 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
これは三輪みわやしろ大物主神おおものぬしのかみが、勢夜陀多良媛せやだたらひめという女の方のおそばへ、朱塗しゅぬりの矢に化けておいでになり、ひめがその矢を持っておへやにおはいりになりますと
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
いにしへにありけむひとごと三輪みわ檜原ひはら揷頭かざしりけむ 〔巻七・一一一八〕 柿本人麿歌集
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
久しぶりの半蔵が子まで連れて訪ねて行ったことは、亭主ていしゅの多吉やかみさんのおすみをよろこばせたばかりでなく、ちょうどそこへ来合わせている多吉夫婦の娘お三輪みわをも驚かした。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
紀伊の国三輪みわさきに、大宅おおやの竹助という人がすんでいた。この人は、漁業で大いにもうけた網元で、漁師たちも大ぜいかかえ、手広く魚という魚を漁獲して、家ゆたかに暮らしていた。
大和の三輪みわの神話と豊後の尾形氏の古伝とは、或いはその系統を一にするかとの説あるにもかかわらず、後者においては神は誠に遠慮勝ちで、岩窟がんくつの底に潜んで永く再び出でなかった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
くに三輪みわさき大宅竹助おおやのたけすけと云うものがあって、海郎あまどもあまた養い、はた広物ひろものものを尽してすなどり、家ゆたかに暮していたが、三人の小供があって、上の男の子は、父に代って家を治め
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そうして、むりに殯宮に入りこもうとした。このとき、そこを守っていた三輪みわという人が門をしめて、穴穂部を入れなかった。穴穂部は、それを憤慨して、物部守屋もりやをつかって三輪を殺させた。
そのわけは三嶋みしまのミゾクヒのむすめのセヤダタラ姫という方が非常に美しかつたので、三輪みわのオホモノヌシの神がこれを見て、その孃子がかわやにいる時に、赤く塗つた矢になつてその河を流れて來ました。
道行では団十郎のお三輪みわ、芝翫の求女もとめ、高助のたちばな姫。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
…………奈良なら旅籠はたご三輪みわ茶屋ちやや…………
桜さく島:見知らぬ世界 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
「三河屋のお三輪みわが、踊屋台おどりやたいの中で——」
なににつけてもしのばるゝはまたひとことなりしがおもひきやじようさま明日今日きのふけふのお物思ものおもいのちにかけておしたひなさるゝぬしはとへば杉原すぎはららうどのとや三輪みわ山本やまもとしるしはけれどたづぬるひとぞとかなしさ御存ごぞんければこそ召使めしつかひのれふしをがみてのおたのぢやうさま不憫いとしやとおもはぬならねどひとなんとして取持とりもたるべき受合うけあひては
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「えい、びっくりした」と、お十夜が睨みつけると、その血相にちぢみあがって、逃げだしながら、お三輪みわ乙吉おときち
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それではじめてお婿むこさんが大物主命おおものぬしのみことでいらっしゃったことがかりました。そしていと三輪みわあとにのこっていたので、その山をも三輪山みわやまぶようになりました。
三輪の麻糸 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
大和やまとの国、三輪みわの町の大鳥居の向って右の方の、日の光をきらって蔭をのみって歩いた一人の女が、それから一町ほど行って「薬屋」という看板をかけた大きな宿屋の路地口ろじぐち
ずっとけてから、人の寝静まったあとで行ったり、夜のうちに帰ったりするのであるから、女のほうでは昔の三輪みわの神の話のような気がして気味悪く思われないではなかった。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
騒がしく、楽しい町の空の物音は注連しめを引きわたした竹のそよぎにまじって、二階の障子に伝わって来ていた。その中には、多吉夫婦の娘お三輪みわが下女を相手にしての追羽子おいばねの音も起こる。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そうするとその夜のお夢に、三輪みわやしろ大物主神おおものぬしのかみが現われていらしって
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
大和の三輪みわ緒環おだまきの糸、それから遠く運ばれたらしい豊後の大神おおみわ氏の花の本の少女の話は、土地とわずかな固有名詞とをかえて、今でも全国の隅々すみずみまで行われているが終始一貫した発見の糸口は
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
今すぐに、あったかいのをこしらえてやるから、そのお客さんの火鉢へ、少しあたらして貰っていねえ。オイオイ三輪みわちゃん、紙をやるから、乙坊おとぼうはなをカンでやんな。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幸か不幸か、男の真三郎は冥土めいどへ行ったのにお豊だけはこの世に生き残って、大和の国三輪みわの里の親戚へ預けられている間に、京都を漂浪して来た机竜之助と会うことになってしまった。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
四か月も二階に置いてもらううちに、半蔵はこの人を多吉さんと呼び、かみさんをおすみさんと呼び、清元きよもとのけいこにかよっている小娘のことをお三輪みわさんと呼ぶほどの親しみを持つようになった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
葛城かつらぎ山脈を南へ越えてゆかれたものと想像され、紀州へ入ってからは、土地ところの宮方、三輪みわ西阿せいあ、真木定観じょうかん、貴志、湯浅党などが、前後を厚くおかこみして、山上の蔵王堂ざおうどうへと、一時
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
要は道者船どうじゃぶね取止とりやめの沙汰をはるかにきいて、弦之丞の多難を知り、松平左京之介さきょうのすけと計って、別な方策の打合せに急いで来たので、連れている姉弟ふたりの子供は、すなわちお三輪みわ乙吉おときちであった。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
初瀬の旅籠はたごを立って、三輪みわの追分の方へ行く三名の姿が見られた。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
乙吉おときちっていうの。姉ちゃんは、お三輪みわちゃん」
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)