鳥打帽とりうちぼう)” の例文
「山西じゃないか」と、横合よこあいから声をかけた者があった。わかい男は耳なれた声を聞いて足を止めた。鳥打帽とりうちぼうた小柄な男が立っていた。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
仕事しごと都合つごう二電車ふたでんしゃばかりおくれた父親ちちおやは、くろ外套がいとうに、鳥打帽とりうちぼうをかぶっていそいできました。むかえにているせがれつけると
波荒くとも (新字新仮名) / 小川未明(著)
鳥打帽とりうちぼう双子縞ふたこじま尻端折しりはしおり、下には長い毛糸の靴足袋くつたびに編上げ靴を穿いた自転車屋の手代てだいとでもいいそうな男が、一円紙幣さつ二枚を車掌に渡した。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
よごれたふく、まぶかく冠ったもみくちゃの鳥打帽とりうちぼう、そのひさしの下から、機械の油で真黒になった顔がのぞいている。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
普通の教師は学校以外の場所では中折帽なかおれぼうをかぶったり鳥打帽とりうちぼうに着流しで散歩することもあるが、校長だけは年百年中ねんびゃくねんじゅう学校の制帽せいぼうで押し通している
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
鳥打帽とりうちぼうしなびた上へ手拭てぬぐいの頬かむりぐらいでは追着おッつかない、早や十月の声を聞いていたから、護身用の扇子せんすも持たぬ。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と云うのは電柱の蔭に夫迄それまで身を潜めて居たらしい一人の五十格好の鳥打帽とりうちぼうにモジリを着た男が、素早やく私と肩を並べてあたかも私の連れの如くよそおい乍ら
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
グラノフォンはちょうどこの時に仕合せとぱったり音をってしまった。が、たちまち鳥打帽とりうちぼうをかぶった、学生らしい男が一人、白銅はくどうを入れに立って行った。
彼 第二 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
次郎はがっかりしたように答えて、玄関の壁の上へ鳥打帽とりうちぼうをかけた。私も冬の外套がいとうを脱いで置いて、借家さがしにくたぶれた目を自分の部屋へやの障子の外に移した。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
丁度上田万年うえだかずとし博士が帰朝したてで、飛白かすりの羽織に鳥打帽とりうちぼうという書生風で度々遊びに来ていた。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
その態度はもう、中学生だぞといわんばかりで、手には新らしい帽子ぼうしをもっていた。磯吉のほうも見なれぬ鳥打帽とりうちぼうを右手にもち、手織ておじまの着物のひざのところを行儀ぎょうぎよくおさえていた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
写真の方は、鳥打帽とりうちぼうに水夫服の、そまつなみなりです。
街の少年 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
そんなことをいっているところへ、鳥打帽とりうちぼうをかぶって、あしにゲートルをまいたおとこが、ステッキをついて、はらっぱをみんなのいるほうへ、あるいてきました。
赤土へくる子供たち (新字新仮名) / 小川未明(著)
其の鳥打帽とりうちぼう掻取かきとると、しずくするほど額髪ひたいがみの黒くやわらかにれたのを、幾度いくたびも払ひつゝ、いた野路のじの雨に悩んだ風情ふぜい
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
鳥打帽とりうちぼうからさげていたと云うんだ。両手に軍手をはめていたのはもちろんだ。だから指紋は一つも残っていない
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
露柴も、——露柴は土地っ子だから、何も珍らしくはないらしかった。が、鳥打帽とりうちぼう阿弥陀あみだにしたまま、如丹と献酬けんしゅうを重ねては、不相変あいかわらず快活にしゃべっていた。
魚河岸 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「そうか。やって見よう。」とわたしは唖々子をその場に待たせて、まず冠っていた鳥打帽とりうちぼうを懐中にかくし、いかにも狼狽した風で、煙草屋の店先へ駈付けるが否や
梅雨晴 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
伯父さんはいつも鳥打帽とりうちぼうであるが、葬式や婚礼のときだけ山高帽をかぶるのであった、ほていさんのようにふとってほおがたれてあごが二重にも三重にもなっている
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
それはよれよれの黒いインバを着て、雪を払ったであろう鳥打帽とりうちぼうを右の手に持っていた。
雪の夜の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
賃車ちんぐるまの運転手が着そうな、黒の詰襟つめえり服と、スコッチの古オーバと(その時分気候は已に晩秋になっていたので)目まで隠れる大きな鳥打帽とりうちぼうとを買って来て
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
緑いろの鳥打帽とりうちぼうをかぶった、薄い痘痕あばたのある物売りはいつもただつまらなそうに、くびった箱の中の新聞だのキャラメルだのを眺めている。これは一介いっかいの商人ではない。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と、こなたは何時いつか、もう御堂おどうの畳に、にじりあがっていた。よしありげな物語を聞くのに、ふところ窮屈きゅうくつだったから、懐中かいちゅう押込おしこんであった、鳥打帽とりうちぼうを引出して、かたわら差置さしおいた。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
立見の混雑の中にその時突然自分の肩を突くものがあるので驚いて振向くと、長吉は鳥打帽とりうちぼう眉深まぶかに黒い眼鏡をかけて、うしろの一段高いゆかから首をのばして見下みおろす若い男の顔を見た。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今度こんどは、鳥打帽とりうちぼうをかぶった小僧こぞうさんが、きいて、たまげていました。
真昼のお化け (新字新仮名) / 小川未明(著)
チビ公は鳥打帽とりうちぼうをぬいで一礼した。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
服装は、黒っぽい背広で、カフェにいる間、まぶかに冠った鳥打帽とりうちぼうを一度も脱がなかったといいます。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
立見たちみの混雑の中にの時突然とつぜん自分の肩をくものがあるのでおどろいて振向ふりむくと、長吉ちやうきち鳥打帽とりうちぼう眉深まぶかに黒い眼鏡めがねをかけて、うしろの一段高いゆかから首をのばして見下みおろす若い男の顔を見た。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
鳥打帽とりうちぼう眼深まぶかにかぶり、古ぼけた将校マントに身を包んだ、三十前後の下品な男だ。彼は鉄の箱を飛び出すと、草履ぞうりの音をペタペタさせて、走る様に表の薄暗うすやみに消えた。
運転手はゆるゆる車を進めながら、「初めから君子さんにちがいないと思っていたんですよ。忘れましたか。諏訪町すわちょうの加藤さんで二、三度おいしました。」と鳥打帽とりうちぼうをとり振返って顔を見せた。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼等は少しも知らなかったけれど、同じ列車の別の箱に、合トンビの襟を立て、鳥打帽とりうちぼうをまぶかに、黒眼鏡とマスクで顔を隠した老人が乗合わせていた。唇のない男! 蛭田嶺蔵だ。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
男も同じく絹はんけちに黒眼鏡、天鵞絨ビロード鳥打帽とりうちぼう、大嶋か何かの筒袖つつそでの羽織、着物は市楽いちらく風通織ふうつうおりにて、帯は幅広し。小指に金の見留印みとめいんの指環、黒八丈の前掛をしめ、雪駄せったちやらちやらと鳴して歩く。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
しまの着物に鳥打帽とりうちぼうの三十恰好かっこうの男がニヤニヤしながら寄り添って来た。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ネズミ色の背広に、ネズミ色のオーバーをきて、おなじ色の鳥打帽とりうちぼうをかぶっています。ひげのないツルッとした顔に、まんまるなめがねをかけているのですが、その顔が、なんだかへんなのです。
超人ニコラ (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)