いへども)” の例文
緑雨りよくうは巧に現社界の魔毒を写出しやしゆつせり。世々良伯せゝらはくは少しく不自然の傾きを示すといへども、今日の社界をる事甚だ遠しとは言ふ可らず。
将門傾国のはかりごときざすといへども、何ぞ旧主を忘れんや。貴閣且つ之を察するを賜はらば甚だ幸なり。一を以て万をつらぬく。将門謹言。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
伊太利に名どころ多しといへども、このアマルフイイの右に出づるもの少かるべし。われは天下の人のことごとくこれを賞することを得ざるをうらみとす。
法律はふりつてらしても明白あきらかだ、何人なにびといへども裁判さいばんもなくして無暗むやみひと自由じいううばこと出來できるものか! 不埒ふらちだ! 壓制あつせいだ!
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それから家老中泉撰司なかいづみせんしもつて、奉行所詰ぶぎやうしよづめのもの一同に、夜中やちゆういへども、格別に用心するやうにと云ふたつしがあつた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
歌の性質から見ても、冷やかに客観の出来た他人の手でなくては、人前に披露する事は、如何におほらかな古人といへども、能はぬ種類の歌さへあるではないか。
万葉集のなり立ち (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
時世の推移と共に変遷ありといへども、究竟清風明月を歌ひ神仙隠逸を詠じ放浪自恣なるに過ぎず、絶へて時代の感情を代表し、世道人心の為めに歌ふものあるなし。
頼襄を論ず (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
豪奢がうしや身分者みぶんしやにとつては、たとひミユンヘンといへども決して事を欠かせるやうなことはないのである。
南京虫日記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
れば園丁の云ふところ亦にはかに信ずるに足らず。余しば/\先考の詩稿を反復すれども詠吟いまだ一首としてこの花に及べるものを見ず。母に問ふといへどもまた其の名を知るによしなし。
来青花 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
專門せんもん工科こうくわ器械學きかいがくだから、企業熱きげふねつ下火したびになつた今日こんにちいへども日本中にほんぢゆう澤山たくさんある會社くわいしやに、相應さうおうくちひとつやふたつあるのは、勿論もちろんであるが、親讓おやゆづりの山氣やまぎ何處どこかにひそんでゐるものとえて
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
よばるゝものはおほしといへどもえらばるゝものすくなし。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ことば甚だぎやくに近しといへども、以て文明と戦争の関係を知るに足れり、戦争の精神、年をふて減じ行き、いつかは戦争なき時代を見るを得んか。
想断々(1) (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
逍遙子が實を記するはよしといへども、その記實によりて談理を廢せむとするはあしかりなん。烏有先生が理を談ずるは辯を好むに似たれども、その記實にあかず思へるは無理ならじ。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
その色彩目を奪ふといへども、こゝに寫し得たるは人間の美しさにして、彼石の現せるは天上の美しさなり。ラフアエロがフオルナリイナ(作者意中の人)は心を動すに足らざるにあらず。
酒は水に因つて体を成し、茶は水につて用を発す。灘の酒は実に醸醞の技の巧を積み精を極むるによつて成るといへども、其の佳水を得るによつて、天下に冠たるに至れるもまた争ふべからず。
(新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
思ふにゾロアスタル、釈迦シャカの如き文籍未だ備はらず考証未だまつたからざる、時代に属する人は之を置く、歴史以後の人、ソクラテスといへども、プレトーと雖、孔丘コウキウ老冉ロウゼン荘周サウシウと雖、之をイヱス
私如き者といへどもそれに異存は無い。
雷談義 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
今や往年の拿翁ナポレオンなしといへども、武器の進歩日々にあらたにして、他の拿翁指呼のうちに作り得べし、以て全欧を猛炎にする事、易々いゝたり。
「平和」発行之辞 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
沒却哲理は詩のすべからく備ふべき性なり。シエクスピイヤの戲曲いかでか沒却哲理ならざらむ。逍遙子理想といふ語を哲學上所見の義に用ゐむ限は、沒理想の名目、取除けずといへども可なり。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
アヌンチヤタは尋常の歌妓に非ずして、その妙藝は現に天下の仰ぎ望むところなりといへども、われいてこれに從はゞ、その形迹世の蕩子たうしえらぶことなからん。我友はこれを何とか言はむ。
斯の如き事たるもとより今の思想界の必当の運命たるべしといへども、心あるもの陰に前途の濃雲を憂ふるは、又た是非もなき事共かな。
国民と思想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
此厄は世々の貴人大官碩學せきがく鴻儒こうじゆ及至諸藝術の聞人といへども免れぬのである。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
余は八王子に一泊するを好まざりしといへども、老人の意見げ難く止むことを得ずして、俗気都にも増せる市塵しぢんうちに一夜を過せり。
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
しかしてかゝる気運を喚起せしめたるもの種々あるべしといへども、トルストイ伯の出現こそ、露文学の為に万丈の光焔を放つものなれ。
トルストイ伯 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
ヱマルソン言へる事あり、尤も冷淡なる哲学者といへども、恋愛の猛勢に駆られて逍遙徘徊せし少壮なりし時の霊魂が負ふたるおひめかへす事能はずと。
厭世詩家と女性 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
然り、人間の歴史は多くの夢想家を載せたりといへども、天涯の歴史は太初より今日に至るまで、大なる現実として残れり。
一夕観 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
馬琴といへども是に感染せざるを得ざるは勢の然らしむる所なるが、馬琴のうちには別に勧懲主義排斥論をして浸犯するを得ざらしむるものゝ存するあるなり。
情及び心、一々其軌を異にするが如しといへども、要するに琴の音色の異なるが如くに異なるのみにして、宇宙の中心に懸れる大琴の音たるに於ては、均しきなり。
万物の声と詩人 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
もし外形の生命をり来つて観ずれば、地球広しといへども、五尺の躰躯大なりと雖、何すれぞ沙翁をして「天と地との間をひまはる我は果していかなるものぞ」
各人心宮内の秘宮 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
そも人生といへる言葉には種々の意味あるべしといへども、極めて普通なる意味は、人間の生涯といふ事なり。
人生の意義 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
しかしてのちある義士ぎし一撃いちげきたほれたりとかば事理分明じりぶんめいにして面白おもしろかるべしといへどもつみばつ殺人罪さつじんざいは、この規矩きくにははづれながら、なほ幾倍いくばい面白味おもしろみそなへてあるなり。
「罪と罰」の殺人罪 (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
然りといへども、宇宙の人間に対するは蛇の蛙に於けるが如くなるにあらず、人間もた宇宙の一部分なり、人間も亦た遠心、求心の二引力の持主なり、又た二引力の臣僕なり。
頑執妄排の弊 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
俳士をして俗にぶるの止むを得ざるに至らしめたるものあるは、余といへども之を知らぬにあらねど、高達の士の俗世に立つことの難きに思ひ至りて、黙然たること稍しばしなりし。
秋窓雑記 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
草薙くさなぎつるぎは能く見ゆる野火を薙ぎ尽したりといへども、見えざる銃鎗は、よもや薙ぎ尽せまじ。
人生に相渉るとは何の謂ぞ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
三千年を流るゝ長江漫※まんばうたり、其始めは神委にして、極めて自然なる悖生ぼつせいにゆだねたり、仲頃、唐宋の学芸を誘引し、印度インドの幽玄なる哲学的宗教に化育せられたりといへどもすべての羣流ぐんりう
一種の攘夷思想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
之を以て余は敢て現存の大家に向つて直接の批評を加へざるべしといへども、もし余が観察し行く原質エレメントの道程に於て相衝当する事あらば、避くべからざる場合として之を為すことあるべし。
およかくの如きことは極めて平々坦々たるが如しといへども、其実は無量の深味あるなり。
実行的道徳 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
或は聖美なるもの、或は毒悪なるもの、或は慈仁なるもの、或は獰猛だうまうなるもの、宗教の変遷、思想の進達に従ひて其形を異にするが如しといへども、要するに二岐に分れたる同根の観念なり。
他界に対する観念 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
たとへば太平記、平家物語、などは高等民種のうちに歓迎せられたりといへども、平民社界に迎へらるべき様なし、かるが故に彼等の内には自ら、彼等の思想に相応なる物語、小説の類生れ出でたり
徳川氏時代の平民的理想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
もし悟るといふことを全然悟らざるといふ事に比ぶれば、多少は静平にして澹乎たんこたる妙味ありといへども、是も一種の階級のみ、人間は遂に、多く弁ぜざれば多く黙し、多く泣かざれば多く笑ひ
我牢獄 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
いかに深遠なる哲理を含めりとも、情熱なきの詩はきたる美術を成し難し。いかに技の上に精巧を極むるものといへども、若し情熱を欠けるものあれば、丹青の妙趣を尽せるものと云ふべからず。
情熱 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
わが来り投ぜしところは、都門を離るゝ事遠からずといへども、又た以て幽栖いうせいの情を語るに足るべし。これ唯だ海辺の一漁村、人烟稀にして家少なく、数屋の茅檐ばうえん、燕来往し、一匹の小犬全里を護る。
客居偶録 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
一人の自由を許すといへども、衆人の自由を認めず、而して日本の宗教的組織は主観的に精神の自由を許すと雖、社界とは関係なき人生に於て此自由を享有するを得るのみにして、公共の自由なるものは
秘奥の潜むところ、幽邃いうすゐなる道眼の観識を待ちて無言の冥契を以て、或は看破し得るところもあるべし、れども我は信ぜず、何者といへどもこの「秘奥」の淵に臨みて其至奥に沈める宝珠を探り得んとは。
心機妙変を論ず (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
吾人といへどもいさゝか万有的趣味を持たざるにあらず。
内部生命論 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)