階子段はしごだん)” の例文
きたな階子段はしごだんを上がって、編輯局へんしゅうきょくの戸を開けて這入はいると、北側の窓際まどぎわに寄せてえた洋机テーブルを囲んで、四五人話しをしているものがある。
長谷川君と余 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
隅の階子段はしごだんて空ざまに髯をしごいた。見よ、下なる壁に、あのひぐまの毛皮、おおいなる筒袖の、抱着いたごとく膠頽べたりとして掛りたるを——
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
窮屈な階子段はしごだんをややよろよろしながらのぼって、重い戸をあけようとすると外気の抵抗がなかなか激しくって押しもどされようとした。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
実直な大工の老夫婦が大家であるその家は、小さいなりに階子段はしごだんの工合などもよく出来ていて、すまい心地はわるくなかった。
杉垣 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
月のおもてに雨雲がもったりとかかった。章一の眼ははっきりめた。と、階子段はしごだんをあがって来る跫音あしおとがして、それが廊下のふすまの外に止まった。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
士分の弟子を取つて、あわよくば大名にでも見出されて、出世の階子段はしごだんを大手を振つて登らうと言つた由井正雪的な下心も充分だつたのです。
階下したではまだ子供が騷いで居る。そして姉の方が妹から追はれたと見えて、きやつ/\言ひ乍ら母を呼んで階子段はしごだんを逃げ登つて來ようとする。
一家 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
階子段はしごだんに向い合った頭の上の手摺てすりから、私の母の色の褪めた扱帯しごきが輪の形になってブラ下がっているのが眼に這入りました。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
階下したでは、老父母としよりも才次夫婦も子供達も、彼方此方あちらこちらの部屋に早くから眠りに就いて、階子段はしごだんの下の行燈あんどんが、深い闇の中に微かな光を放つてゐた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
足も立てられないような汚いたたみを二三枚歩いて、狭い急な階子段はしごだんを登り、通された座敷は六畳敷、すすけた天井てんじょう低く頭を圧し、畳も黒く壁も黒い。
非凡なる凡人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
炉の傍から二階へ登る階子段はしごだんがついてゐた。その段々の下の戸が開いて、食器のごた/\はいつて居るのが目についた。
伊良湖の旅 (新字旧仮名) / 吉江喬松(著)
「いらつしやいまし、」と云つて上るとすぐ階子段はしごだんを自分から先に立つて、二階へ案内したのが、お糸さんであつた。
二黒の巳 (新字旧仮名) / 平出修(著)
先年も大阪にいって緒方の家を尋ねて、この階子段はしごだんしただったと四十年ぜんの事を思出して、独り心の中で赤面しました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
折々間外まはずれな溜息ためいき噛交かみまぜの返答をしていると、フトお勢が階子段はしごだんのぼッて来て、中途からかお而已のみを差出して
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
清吉はなおも泣き止まないで、受持教師が便所から出て来るのを待って、戸の外に立っていると、他の生徒は彼処此処あちらこちらの窓や、階子段はしごだんの陰から覗いてののしっている。
蝋人形 (新字新仮名) / 小川未明(著)
だ無茶苦茶に三尺の開戸ひらきど打毀うちこわして駈出したが、階子段はしごだんを下りたのか転がりおちたのかちっとも分りません。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それから書きかけの原稿紙をつかんで、玄関の二畳から二階へ通っている階子段はしごだんを半分以上も昇りかけると、突然に大きい鳥が羽搏はばたきをするような音がきこえた。
火に追われて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
幅濶はばひろ階子段はしごだんを下りると、板をかけ渡して湯殿へ交通が出来るようになっている、その湯殿の入口に、古ぼけた暖簾のれんを懸けてあるのが、何だか宿場しゅくばの銭湯をおもい出す
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
と口癖のやうに呟きながら、しきりに天井を眺めて居たが、急に立ち上つて、階子段はしごだんを下つて行き、今度昇つて來た時には、栗饅頭を一つ手に持ち、一つ口にくはへて來た。
少年の死 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
これらのほか階子段はしごだんに腰かけて懐中よりふみ読む女のうしろに美しき少年の佇立たたずみたるあり。あるひは鳥居の見ゆる茶屋の床几しょうぎに美しき団扇売うちわうりの少年茶屋の娘らしき女と相対したるあり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
郊外の小ぢんまりした路角みちかどの家の茶の間で、赤ん坊はうつら/\かゝつてゐる。二十一になる細君は、ソツと用心深く取上げて、静かな二階に眠かさうと、階子段はしごだんを上つて行つた。
姉弟と新聞配達 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
と、言っているところへ、階子段はしごだんの下から小僧の声で、「お上さん、お上さん」
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
かえで あの夜階子段はしごだんの下の薄暗がりで、ねえさんが、いいものをあげましょうと言って何かしらくれました。私は廊下のぼんぼりの光で透かして見ました。あなたのお手紙なのでしょう。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
はばの広い階子段はしごだんをあがって二階へ通った。
岡田の声も聞こえなかった。自分は煙草を捨てて立ち上った。そうしてかなり急な階子段はしごだんを一段ずつ音を立てて下へ降りて行った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と言う処へ、しとやかに、階子段はしごだんを下りる音。トタンに井戸端で、ざあと鳴ったは、柳の枝に風ならず、長閑のどか釣瓶つるべかえしたのである。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
葉子は小娘のようにいそいそとそのあとについて、薄暗い階子段はしごだんにかかると男におぶいかかるようにしてこぜわしく降りて行った。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
兩人ふたりの病人を殘して夫婦とも何處へ行つたのだらうと一度昇りかけた階子段はしごだんから降りて子供の寢てをるへやのぞいて見ると
一家 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
お照を階子段はしごだんの上で殺して、手摺まで引摺つて來るうち、床の上へ足跡がうんと附いたに違ひあるまい。誰が見ても一と眼でそれとわかる足跡だ。
皆ながしばらく黙っているところへ、辰男は階子段はしごだんきしませて、のっそり下りてきて炬燵の空いた処へ足を入れた。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
「……どうしても一ツ足りねえと思うんだがナア……みんなは、おらが三人担いだというけんど、おらあ二遍しけあ階子段はしごだんを昇らねえんだがなあ……」
支那米の袋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
政雄は機仕掛ばねじかけの人形のようにきょとんとって、へやの外へ出るなり階子段はしごだんけあがった。二階では親切な老婆があかりを点けたついでに寝床をとってくれていた。
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それから書きかけの原稿紙をつかんで、玄関の二畳から二階へ通っている階子段はしごだんを半分以上も昇りかけると、突然に大きい鳥が羽搏はばたきをするような音がきこえた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
また、ええという声がし、階子段はしごだんの下で気配がするのに、なかなか上って来ない。
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
部屋は此通り余り好くはなかったが、取得とりえは南向で、冬暖かで夏涼しかった。其に一番尽頭はずれの部屋で階子段はしごだんにも遠かったから、の客が通り掛りに横目で部屋の中をにらんで行く憂いはなかった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
その階子段はしごだんの足音のやんだ時、若衆の為さんはベロリと舌を吐いた。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
うるさい下女だ、今ごろ何の用があるかと思うけれども、呼べば起きねばならぬ。れから真裸体まっぱだかで飛起て、階子段はしごだん飛下とびおりて、何の用だとふんばたかった所が、案に相違、下女ではあらで奥さんだ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
階子段はしごだんを下りて
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
素早く、階子段はしごだんの降口をふさいで、むずと、大手を拡げたろう。……影が天井へかかって、充満いっぱいの黒坊主が、汗膏あせあぶらを流して撫じょうとする。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
階子段はしごだんの途中で始まったこの会話は、あがくちの一番近くにある清子の部屋からもう聴き取れる距離にあった。津田はあんにそれを意識した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
葉子は、どしんどしんと狭い階子段はしごだんを踏みしめながら降りて行くその男の太い首から広い肩のあたりをじっと見やりながらそのあとに続いた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ほんの煙草二三服の後、先刻さっきの微光はよみがえりました。たぶん二階の階子段はしごだんの上のあたりから、泥棒龕灯どろぼうがんどうに風呂敷を被せてこっちを照しているのでしょう。
そして、座蒲團を丸めて、火を叩き消さうとしてゐるところへ、階子段はしごだんに氣立たましい足音がした。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
政雄は思いきって起きて階子段はしごだんけおりた。下には電燈がいていた。平生いつも点けっぱなしにしない電燈が点いているのは老人がもう起きている証拠だと思って政雄は心丈夫こころじょうぶに思った。
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
階子段はしごだんの下で、廊下をもどる、紫のコオトと、濃いお納戸にすれ違ったが、菊人形に、気も心も奪われて、ことばをかけるひまもない。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
此馬鹿見た様な挨拶が上下うへしたで一句交換されると、三四郎は部屋のなかくびを引込める。与次郎は階子段はしごだんをとん/\がつてた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
葉子は手に持ったハンケチを口に押し込むようにくわえて、震える手で壁を細かくたたくようにしながら階子段はしごだんを降りた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その跡にポカリと口を開いたのは何と人間が二人位樂々と通れるほどの大きな穴、しかも夕陽に照らされて、階子段はしごだんまでがありありと見えてゐるではありませんか。
そこへ、階子段はしごだんを踏む足音がしたが、妻のではなくつて、母親の靜かな足音だつた。
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
彼女は裏二階の階子段はしごだんをおりて便所へ往った。
料理番と婢の姿 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)