“郷(がう)” の例文
支那(しな)全國(ぜんこく)が道(だう)に分(わか)れ、道(だう)が州(しう)又(また)は郡(ぐん)に分(わか)れ、それが縣(けん)に分(わか)れ、縣(けん)の下(した)に郷(がう)があり郷(がう)の下(した)に里(り)がある。州(しう)には刺史(しし)と云(い)ひ、郡(ぐん)には太守(たいしゆ)と云(い)ふ。
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
着たるは一郷(がう)に往々(まゝ)ある事加之(そのうへ)女が死骸も他人にて白妙(しろたへ)に相違なし然らば惣内里では有まじサア有體(ありてい)に白状致せ左右(とかく)強情を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
屋(や)くの郷(がう)のうちに 宮内卿殿へ欲(ほ)しがられ候所にても 又いづくにても かうふく寺(光福寺)へ寄せたく候
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其(その)川(かは)幅(はゞ)最(もつと)も廣(ひろ)く、町(まち)に最(もつと)も近(ちか)く、野(の)の稍(やゝ)狹(せま)き處(ところ)を郷(がう)屋敷田畝(やしきたんぼ)と稱(とな)へて、雲雀(ひばり)の巣獵(すあさり)、野草(のぐさ)摘(つみ)に妙(めう)なり。
蛇くひ (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
着飾(きかざ)つた若い花見の男女を載(の)せて勢(いきほひ)よく走る車の間(あひだ)をば、お豊(とよ)を載(の)せた老車夫は梶(かぢ)を振(ふ)りながらよた/\歩いて橋を渡るや否(いな)や桜花(あうくわ)の賑(にぎは)ひを外(よそ)に、直(す)ぐと中(なか)の郷(がう)へ曲(まが)つて業平橋(なりひらばし)へ出ると
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
一生懸命郷(がう)に従つてもみたのだが
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
「癸未元日。忘老抃忻復値春。城烟山靄自清新。纔因椒酒成微酔。蘇得三冬凍縮身。」茶山は此「元日」に神辺一郷(がう)の最長者となつたのださうである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
呼び出すに付七右衞門は即(すなは)ち自身番へ罷出し所役人(やくにん)申ける其の方儀此度(このたび)山口惣右衞門の頼(たの)みに依(よ)つて嘉川藤五郎兄弟并に建部郷(がう)右衞門伴佐(すけ)十郎の人々を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
されば郷(がう)屋敷田畝(やしきたんぼ)は市民(しみん)のために天工(てんこう)の公園(こうゑん)なれども、隱然(いんぜん)(應(おう))が支配(しはい)する所(ところ)となりて、猶(なほ)餅(もち)に黴菌(かび)あるごとく、薔薇(しやうび)に刺(とげ)あるごとく、渠等(かれら)が居(きよ)を恣(ほしいまゝ)にする間(あひだ)は
蛇くひ (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
殺し盜(ぬすみ)などする者に非ず何か謂れの有さうな事と明暮(あけくれ)悲(かなし)み歎(なげ)き一向(かう)食事(しよくじ)も致さぬ故(ゆゑ)我等(われら)母(はゝ)を諫(いさめ)江戸(えど)へ參り樣子を承まはり申さんと云て大坂を立出昨日六郷(がう)の渡しを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
されば爰(こゝ)に忌(い)むべく恐(おそ)るべきを(おう)に譬(たと)へて、假(かり)に(應(おう))といへる一種(いつしゆ)異樣(いやう)の乞食(こつじき)ありて、郷(がう)屋敷田畝(やしきたんぼ)を徘徊(はいくわい)す。驚破(すは)「應(おう)」來(きた)れりと叫(さけ)ぶ時(とき)は、幼童(えうどう)婦女子(ふぢよし)は遁隱(にげかく)れ、孩兒(がいじ)も怖(おそ)れて夜泣(よなき)を止(とゞ)む。
蛇くひ (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
平野郷は城代土井の領分八万石の内一万石の土地で、七名家(しちめいか)と云ふ土着のものが支配してゐる。其中の末吉(すゑよし)平左衛門、中瀬(なかせ)九郎兵衛の二人が、美吉屋から帰つた女中の話を聞いて、郷(がう)の陣屋(ぢんや)に訴へた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)