逆落さかおと)” の例文
「それから取っ組み合いが始まったが、恐ろしく強い野郎で、その上匕首あいくちを持ってやがる。切尖きっさきけるはずみに、鼠坂ねずみざか逆落さかおとしだ」
たとえば、逆落さかおとしは、坂落しでいいのである。それを“逆落し”と誇張したから、ふつうの“坂”では物足らなくなってしまう。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まあどんなだとお思いになります? まるで天国から地獄の底へ逆落さかおとしにされたようなものではございませんか。
機密の魅惑 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
小舟は空を突くかと波の小山の頂上へ乗り上げ、次の瞬間には、暗闇の地獄の底へと逆落さかおとしだ。小山の中腹に突入すれば、上下左右ただ渦巻うずまく水であった。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いとも危うく身を遁れて、泰助は振返り、きっ高楼たかどのを見上ぐれば、得三、高田相並んで、窓より半身を乗出のりいだし、逆落さかおとしに狙う短銃の弾丸たまは続いて飛来らん。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
佐吉は絆纒はんてんをぬぎすてると、逆落さかおとしに川の中へ躍りこみ、ほどなく佐倉屋をかかえて上って来て、艫から差しだしている手へ佐倉屋の襟をつかませたが、フト
顎十郎捕物帳:14 蕃拉布 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そして二人ふたりで、両手りょうてあわせて一しん祈願きがんをこめてりますと、やがてどっと逆落さかおとしにたき飛沫しぶきなかに、二けんくらいしろ女性じょせい竜神りゅうじんさしい姿すがたあらわれて
「何をいかるやいかの——にわかげきする数千突如とつじょとして山くずれ落つ鵯越ひよどりごえ逆落さかおとし、四絃しげんはし撥音ばちおと急雨きゅううの如く、あっと思う間もなく身は悲壮ひそう渦中かちゅうきこまれた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
二十二でせがれの千きちみ、二十六でおせんをんだその翌年よくねん蔵前くらまえ質見世しちみせ伊勢新いせしん番頭ばんとうつとめていた亭主ていしゅ仲吉なかきちが、急病きゅうびょうくなった、こうから不幸ふこうへの逆落さかおとしに
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
貴様をスポーンとこの井戸の中へほうり込んだら、それこそいい音がするだろう、人間界から天上界とやらへ舞い上ったものを、スポーンと井戸の中の地獄へ逆落さかおとしにかけると
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いや、悪事ばかり働いたわたしは、「はらいそ」(天国)の荘厳しょうごんを拝する代りに、恐しい「いんへるの」(地獄)の猛火の底へ、逆落さかおとしになるかも知れません。しかしわたしは満足です。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「じゃ、上から逆落さかおとしかなんかで、バラバラと撃っちまえば、いいじゃないの」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
蛇のように小さくのたくっている梓川の本谷まで、私の立ってる山稜からは、逆落さかおとしに、まっしぐらに、遮るものなく見徹みとおされるので、私は髪の毛がよだって、岩壁を厚く縫っている偃松を
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
ただこの順境が一転して逆落さかおとしに運命のふちへころがり込む時、いかな夫婦の間にも気まずい事が起る。親子の覊絆きずなもぽつりと切れる。美くしいのは血の上を薄くおおう皮の事であったと気がつく。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
逆落さかおとしの大雨を痛い程体中に浴びなければなりません。
C先生への手紙 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「それから取つ組合ひが始まつたが、恐ろしく強い野郎で、その上匕首あひくちを持つてやがる。切尖を除けるはずみに、鼠坂を逆落さかおとしだ」
キャラコさんは、大きく呼吸いきを吸い込むと、池のほうへ逆落さかおとしになっている急傾斜をすべり降りはじめた。
又兵衛は両の手に手綱たづなを結んで、ひたと馬の背に胸を伏せると、逆落さかおとしに絶壁を乗り落した。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ゆうして、そこを下れば、地底の闇に、魑魅魍魎ちみもうりょううごめく地獄巡り、水族館。不気味さに、岐道えだみちを取ってけわしい坂を山越しすれば、その山の頂上から、魂も消しとぶ逆落さかおとしの下り道。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
虹の目玉だ、やあ、八千年生延いきのびろ、と逆落さかおとしのひさしはづれ、鵯越ひよどりごえつたがよ、生命いのちがけの仕事と思へ。とびなら油揚あぶらげさらはうが、人間の手に持つたまゝを引手繰ひったぐる段は、お互に得手えてでない。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
もし万一途中でれたと致しましたら、折角ここへまでのぼって来たこの肝腎かんじんな自分までも、元の地獄へ逆落さかおとしに落ちてしまわなければなりません。そんな事があったら、大変でございます。
蜘蛛の糸 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それが前に云った通りぬるぬるする。梯子を一つ片づけるのは容易の事ではない。しかもそれが十五ある。初さんは、とっくの昔に消えてなくなった。手を離しさえすれば真暗闇まっくらやみ逆落さかおとしになる。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ガラツ八は段々を二つづつ飛上がつて二階へ行きましたが、間もなく、凱歌がいかをあげて、逆落さかおとしに降りて來ました。
どこよりも低いせいか、地下室にも似たここの一かくは黒煙も余り立ちこめて来ない。その代りに焔は極めて強烈に櫓の中層から下へむかって逆落さかおとしに燃えひろがろうとしている。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
虹の目玉だ、やあ、八千年生延びろ、と逆落さかおとしのひさしのはずれ、鵯越ひよどりごえを遣ったがよ、生命いのちがけの仕事と思え。とびなら油揚あぶらあげさらおうが、人間の手に持ったままを引手繰ひったぐる段は、お互に得手でない。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
逆落さかおとしに私の膝へさっと下りて来たことです。
魔術 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と、え疲れた兵も、凄まじい勢いで、一方の沢を逆落さかおとしに突破した。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と見る見る頂から下り道、真鶴あたりの樹立こだちこずえ、目の下の森をさして、列車はさっ逆落さかおとし、風にあやあるあか、白、あお、いろいろの小旗の滝津瀬、ひらひらと流るるさまして、青海さして見えなくなる。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「魏勢が押し寄せてきたら、逆落さかおとしに一撃を喰らわせん」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここから真下の敵へ逆落さかおとしに斬り入ってゆく自分のうしろには神があるとする強味——神こそはいつも正しきものに味方し給うものという強味——むかし信長が桶狭間おけはざまへ駈けてゆく途中でも熱田の宮へぬかずいたことなども思い合わされて
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)